それは他愛ない子供の夢
叶う事はないと大人達は知っていて
期待に目を輝かす幼子の
未来が平穏であるように祈る





<未来の夢>





――テッド編――

太陽が傾き始めた頃合、もうしばらく遊べそうなのにと思いながら、少年は帰宅する。
夕食の支度をしていた母親が振り返って、微笑む。
食卓には、同じ村の女性が座っていた。

「おやテッド君、こんにちは」
「こんにちは」
「テッド、お茶でも飲む?」
「うん」

頷いて隣の椅子を引いて腰かける。
母親が支度をしている間、中年の女性は柔らかく微笑んだ。
「テッド君幾つになったんだい?」
「七つ」
「そうかい、早いねえ」

私の息子もついこの間まではこれくらいだったのに、もう二十だからねえ。
そう笑った彼女は、笑みを浮かべたままテッドを見やる。
「テッド君は大きくなったら何になりたいんだい?」

「勇者!」

薄茶の瞳を瞬かせて、テッドは答える。

「ボク、勇者になるんだ! モンスターたおして、みんなを守るんだ!」
「まあまあ、じゃあお母さんも守ってくれるのテッド」
「もちろんだよ」
頼もしい事、と笑って母親は茶器をテーブルに置く。
「おじいさんを呼んで来てちょうだいな」
「はーい」

椅子から飛び下りて、おじーちゃーんと呼びながら走っていくテッドを見送って、女性は笑う。
「息子もアレくらいの年は似たようなことを言ってたねえ」
「町へ出てるんですって?」
「そうなんだよ、しけた村だからねえ、ここは」
守っているものがあるのだけどね。
言外にそう言って、女性はお茶を飲む。
相変わらずあんたのお茶は美味しいねえと言って、茶器を置いた。

「勇者か……勇ましいじゃないか」
「・・・平穏に、戦も何もない世界を、生きてほしいものですね」
せめて仮初の平和だろうとも。
我子の生きる間だけでも、どうか。
「子供の夢はいいねぇ」
「そうですね」

どちらからともなく呟いて、顔を見合わせて笑う。



「ほうほう、テッドは勇者になりたいのか」
茶を飲みながら老人は笑う。
「そーだよ、それでね、こーんなモンスターも一撃でたおすんだ!」
幼子は目を輝かせて、できる限りの大きさを両手を広げて表す。
「そうかそうか、じゃあじーさんも楽しみにしとるよ」
「うん!」
楽しそうに笑ったテッドの頭をなでて、老人は僅かに目を細めた。

彼は分かっていない、分からなくてもいい。
それほど強大な力など、代償無しに手に入りはしないという事を。

そんな力など、ない方が幸せに生きられるのだから。
「……テッドや」
「なにー?」
「……力は、大切な人のために使うのじゃ」
「・・・?」

「勇者はのう、守りたいものがあるから強いのじゃ」
「うん、ボクお父さんにお母さんに、じーちゃんにこの村を守るんだ」
「そうかそうか」

皺の刻まれた顔をくしゃくしゃにして老人は笑う。
ふわりとした茶色の髪を撫でる。
不思議そうな顔をして見上げてきた孫から、少しだけ視線を逸らした。










――クロス編――

前の夜抜け出した事は内緒だよとスノウに言われたのだけど、夜外を歩いていたのがさすがに響いたのか、翌朝僅かに寝坊した。

「……あ」
とっくに起きてしかるべき時間に寝ていたのだが、いつもの起床時間が早すぎるくらいのきらいがあったので、ぎりぎりセーフだろうかと思いつつ半身を起こす。
コツンと頭に何か当たって、それが昨晩握っていた薪だと分かる。
これを振り回して深夜のラズリル裏通りを徘徊していただなんて知れたら、主人にはたいそう怒られる事だろう。
彼一人ならともかく、スノウまで一緒だったなんて。

「クロス、クロス、起きてますか?」
「あ、はいっ」
使用人の一人に声をかけられて、クロスは寝床から飛び出し慌てて着替え――るまでもなく昨晩のままで寝てしまっていた――厨房脇から飛び出す。
「何をしていたんです」
「すみません」
ぺこりと頭を下げておいてから、小走りに掃除道具を取りに行く。


玄関先を掃いていると、先日から屋敷に滞在している取引相手の人がいた。
「おや」
「おはようございます」
「おはよう。君がクロス君だね」
穏やかな風貌の男性はその目を細める。
クロスはぺこりとお辞儀をした。
「僕の名前をご存知なんですか」
「……ああ、よく働いてくれるとフィンガーフート卿からね」

もったいないお言葉ありがとうございますと返して、クロスは掃除を続ける。
だが、相手に話しかけられ、自然手が休まる結果になった。

「君はいつからここに?」
「ずっとです、生まれてすぐに拾っていただいて」
「ご子息の……スノウ君だっけ、仲はいいのかい?」
「はい、スノウはぼくにすごくよくしてくれます」
そうか、と頬を緩ませ客人は重ねた。
「私にも同い年くらいの子供がいるんだ、女の子だけどね」
いいですね、と答えるクロスの大きな目には何も映っていない。
返答は機械的で嫌味なほどに流暢で、口調も淡々としている。

それが気に入らなくて、客人は僅かに眉をひそめる。
見た感じであれば七つか八つ、この年頃の子供は我侭を通すのに喚いたり、妙に大人ぶったりと、喜怒哀楽が激しい時期だ。
「幾つだい?」
「七歳です」
……たった七つの少年が。
「……君は、ここで幸せかい?」
するっと滑って出た質問に、なんら動じずクロスは答える。
「はい、フィンガーフート卿は素晴らしい方です」

「……大きくなったら、何がしたい?」


その質問に、クロスは瞬きをした。
大きな目が見開かれて、唇が固まったまま動かない。

長いようで短い沈黙の後。
「……スノウを、ずっと支えて……彼に仕えられたら、いいと、思います」
途切れ途切れに言ったその言葉を言う時だけ。
白い頬に赤みが差して。
唇が僅かに綻んだ。

「ぼくが、少しでも、スノウの助けになればいいと思い、ます」
「……そうか」


時間を取らせて悪かったねと。
客人はそう言って中へと入る。
それを見送っていたクロスに、彼は足を止め、僅かに頭をこちらへ巡らして、言った。
「君と彼の道が違えないように」

子供らしかぬ無表情で感情を捨て去ったような彼が、生気に溢れた顔で語れるその相手と。
ずっと一緒にいられたら、きっとそれは幸福なのだろう。

「…………?」
小首を傾げてそれを見送ったクロスは、はっと我に返ったように自分の仕事を続けた。










ー―シグール編――

「おとうさまーっ」
とたとたと駆けてきた幼子を両手を広げて受け止めて、テオは相好を崩す。
七つになったばかりの息子は、妻と同じ黒髪黒目で、よく似合う赤い服を着ている。
「今日はね、三つも本をよみました」
「おお、すごいなシグール」
そう言って褒めて頭をなでると、嬉しそうにえへへと笑う。
「坊ちゃん、お待ちください」
「グレミオ」

ここ一年でずいぶんと馴染んだ家人の名を呼ぶと、ああテオ様と柔和な笑顔が返ってくる。
シグールは小さい割に足が速いので、毎日追いかけるグレミオが大変そうだ。
「坊ちゃん、午後は剣の稽古しか入っておりませんから、お昼はテオ様といただけますよ」
「ほんと? おとうさま、お食事いっしょでいいですか?」
「ああ、丁度お父様も仕事がもう少しで一段落するからな」
嬉しそうに微笑むシグールから手を離し立ち上がる。
まだ小さいシグールは、名残惜しそうにその手を見送ったあと、表情を切り替えた。

「毎日剣の稽古に勉強に……辛かったらそう言いなさい、シグール」
穏やかな父親の眼差しを向けられて、シグールは少しだけその目の色を強くする。
「ボクは、はやく大きくなって強くなって、おとうさまのお役にたちたいんです!」
だからお勉強も剣も全部がんばるんです。
そう言われて、テオは愉快そうに笑う。
「そうかそうか……お父様のお役に立てるように頑張ってくれているのか」
「はい」

ありがとう、シグール。
そう言われて幼子は照れくさそうな表情になる。
脇に控えていたグレミオの手を引っ張った。
「ボク、グレミオにも、おとうさまにも負けないくらい強くなる!」
「……ああ、楽しみにしているよ」

柔らかく頭を撫でてくれたその手は、大きくて温かくて強くて。
シグールはそれではお仕事おわるの待ってますと言って、たたたと走っていってしまう。
「ああっ、坊ちゃん!」
慌ててグレミオが後を追うのを見守りながら、テオは微笑んだまま呟いた。

「きっと時は早いのだろうな」
あの子が育って、自分を追い越していくのは、そんなに遠い未来の事ではないのだろう。
自分を越えてゆく息子の姿を見るのは、きっと誇らしくて嬉しくて、ほんの少し寂しくて。
「あの子が育つのは……早いのだろうな」
まだ七つ。
もう七つ。
妻が死んでから七年も月日が過ぎた。
すくすくと育つあの子に、いつか妻との思い出を語る日がくるといい。
「……きっと」

大きく育って。
自分の後を継がなくともいい、好きな事を見つけて、愛する人を見つけて、家庭を築いて。
いつかこの腕に、彼の子供が抱けたら。


「……遠い夢だな」
妻に知れたら笑われそうだと、テオは一人苦笑した。



 

 


***
問題児六人組の年上三人。
一人目と二人目と三人目の間にそれぞれ百五十年ぐらい挟まるとか考えると恐ろしい。
お年は全員そろえます。

……ジョウイとルックどっちが先なんだろう(悩