不眠不休で実験室に閉じこもったルックが解毒剤を持って来たのは翌日の事だった。
どうやら、先日のシグールとクロスの行動がかなり効いたらしい。

「ただ、問題があるんだよね」
ちゃぷんと手にした液体を揺らし、ルックが全員の前で言う。
「この間みたいに薬ぶちまけると、また互いに入れ替わるだけなわけ」
「……だよな」
「だから、二人ずつやらざるをえないんだよね、二人なら確実でしょ?」

ああそうだね、と五人が頷く。

「クロスとジョウイはいいけど、問題はそこの三人でさ」
これね、と瓶を目線の高さまで持ち上げる。
「一回入れ替えると数日間効果なくなる」
「…………」

まあ詳しい所はやってみないとわかんないけどね、と呟いたルックはとりあえず確実な所からやろうかと言ってクロスとジョウイを小さな個室へ押し込む。
「この皿の中の液体にこっちの瓶のヤツ混ぜて」
「で、煙吸って昏倒」
「そ」
布団敷いといたでしょ、と確かにルックの指示で予めクロスが布団を敷いておいたが……。

「……わかった」
「もし戻れなかったらどうなるんだよ」
ジョウイの問いに、ルックは目を細めた。
「それはない」
「なんでわかるんだ……」
「クロスと僕で試した。入れ替わりの時間は煙吸った量による。ほんのちょっとなら一時間くらいで戻るよ」
で、二度目は効かなかったと、なるほど。
「ちゃんと煙吸わないと、戻らないからね」
「……了解」

んじゃ行ってきますと二人が部屋へ閉じこもる。
二十秒も待たずに、何かが倒れる音がした。
さらに三十秒ぐらい間を置いてから、ルックが口元を布で覆って扉を開ける。

「たぶん成功……クロス、戻った?」
「ジョウイージョウイー」
セノ(外見テッド)が駆け込んでいってジョウイの体を揺すると、ううんと呻き声がして、青い目が開く。
「セノ……?」
「ジョウイっ!」
よかったーと笑顔で抱きついてきたセノを、ジョウイは抱きしめ返す事は……できない。

「…………」
セノの背後で死神が猛っていた。

「いやシグール、アレ俺じゃないから」
どす黒い殺気を感じたテッドが慌ててシグールを止めようとする。
右手が疼くのはなんででしょう。
ソウルイーター発動させなきゃいけない理由なんてないよねシグール君?
「…………」
「おいルック止めてくれ……って……おーい」

無言でぎゅっとクロスに抱きついたルックを、クロスも抱きしめ返して現在キスの真っ最中。
おぉいと遠い目になったテッドだったが、シグールの扉を一発殴る音で全員そちらへと視線が向いた。

「次、テッドとセノ」
「ええっΣ( ̄□ ̄|||)」
「うっさい黙りやがれジョウイ」
一喝してきょとんとしたセノとテッドを部屋の中に残し、残り三人を蹴るようにして外に出した。


無事入替ったのはいいのだが、おかげで恐ろしいモノと元に戻ったメンバーは付き合う羽目になった。
セノinシグールでシグールinセノなので、見た目と中身のギャップが甚だしい事この上ない。
「じょーういv」
「……シグールサン」
「何言ってるのジョウイ、あっちがシグールさんだよ?」
ジョウイの膝の上に腰かけているセノが笑顔で、クロスとなにやら喋っているシグールを指差す。
「イヤアノホントスミマセンダカラヤメテ……」
「いやだ」
笑顔で切り捨てて、シグールはジョウイの首に腕を回して御悦満だ。

「テッド、止めなくていいの」
「……俺にあれが止められると思うのかお前は」
静かなクロスの声に、顔を引き攣らせたテッドが返す。
「ってゆーか、嫌じゃないの」
「いや、別に……」
黒いオーラ全開でジョウイの膝の上で微笑むシグールを見ていたテッドの心の声は唯一つ。

関りたくねぇ。

だが本当に今にも口から泡を吹いて倒れそうな様子のジョウイにセノが眉を顰める。
「……テッドさん」
「ん?」
「お願いします、ジョウイ、助けてあげて……?」
「…………っ」

哀しそうな顔でテッドの袖を引き、小首傾げてお願いする純粋な顔の「シグール=マクドール」(ココ重要)
「かっ……」
「蚊?」
「可愛いっ、あーもー俺の原点はここだよここっ」
感極まってセノ(外見シグール)を抱きしめ、可愛い可愛いと連呼するテッド。
寒い目でそれを見ていたクロスとルックだったが、しばしの沈黙の後顔を見合わせて溜息を吐いた。

「もしかしてアレが、昔のシグールなのかな」
「……だとしたら、わかるような」
何がって、色々と。

「こっちはこっちあっちはあっち……」
付き合ってらんないねと言うルックの頬に指を滑らせ、クロスは微笑んだ。
「僕たちもいちゃつくー?」
「…………」
「じゃあ僕の部屋いこうか」
無言のルックは肯定と捉えて、クロスは立ち上がると柔らかく微笑んで彼の手を引いた。










「…………」
「ジョウイ、ジョウイー」
しゃがみこんだセノがぺちぺちと頬を叩くが、全く動く様子はない。
「ジョウイーおきなきゃ、もう夕食の時間だよー?」
「…………」

「完璧死んでるな。ほんっとお前って容赦ねぇ……」
殴ったわけでも魔法吹っかけたわけでもなく、ただ言動を見せるだけでこれだけのダメージが与えられるとは。
ある意味感心してテッドは死人のジョウイを見下ろす。
「ん……だって……ええと、あっ、うん、自業自得!」
「……悪い、どこがだ?」
そもそも、テッドの外見だったセノがジョウイに抱きついたのは、セノの責任では?
「見てなかったの? いっちばーん最初に薬品倒す羽目になったのは、僕のバンダナをジョウイが本の間に挟んだまま置いたからなんだよね」
「…………」

お前、それたった今思い出してたった今口に出した理由だろう。
テッドはそれが分かったが、強いてそう言うほど愚かではなかった。

「ところでテッド、僕の中に入ってたセノは可愛かった?」
「昔のお前みたいで可愛かった」
「それってさー、今の僕は可愛くないの? 昔の僕の方がいい?」
「ばーか、俺は今が一番いいよ」

いつもより小さめの背の彼の柔らかい髪を撫でて、テッドは目を細める。
嬉しそうに笑って、シグールは床に倒れたジョウイから視線をテッドへと向けた。



***
……何が書きたかったのか分からない。
相変わらず映像を想像してはいけない話です。










あまりにジョウイが不憫なのでオマケ↓


彼方から名前を呼ばれ、ジョウイの意識はゆっくりと浮上する。
「ジョウイー」
「っ!?」
がばり、と飛び起きたジョウイの傍らには、心配そうな表情のシグール。
大丈夫? と聞かれてああそうか未だ悪夢は継続中なんだと微妙にガックリしたが、とりあえずセノがいてくれた事が純粋に嬉しい。
「ありがとう、大丈夫だよ」
「心配したんだよ?」
「ごめん」
微笑んでその体を抱きしめる。
たとえ相手がシグールに見えようと、中にいるのはセノなのだから、これに打ち勝ってこそ愛ではないか。

苦しいよジョウイと笑い混じりのセノに言われて、腕をほどくと苦笑する。
いつもならココでキスに持ち込むところだが、流石にシグール相手では躊躇われる。
「ジョウイ……」
きゅっと上着を握り締めて、目を潤ませて見上げてくるセノは、暗い部屋の中の唯一の光源であるランプのせいか、まるで他人のように見えた。
「セノ……」
頬を持ち上げ、腰に手を回し、セノの腕が首の後ろに回される。

「ジョウイ」

呟くセノの唇を封じようと顔を傾けて、微妙な違和感に一瞬動作を止める。
何もおかしい事はない、強いて言うなら外がもうとっぷり暗い事だが、それは自分が昏倒していたせいだろう。
「ジョウイ?」
いつまでたっても期待していたものが来ないので、怪訝な顔をしたセノに声をかけられ、もう一度集中しようと目を閉じ――……。

何か。
何か僕は、間違えているような。
いや、別に何もおかしくはないはずなのだけど、何か。

ガコッ

その答えを知る前に、ジョウイはなぜか大変馴染み深いもので殴られた感触を覚えてベッドに沈んだ。



「セノ、遅い」
そう言ってベッドからシグールが飛び下りる。
たった今ジョウイを沈めた張本人であらせられるセノは、片手に持っていたトンファーをくるりと回す。
「すみません、ちょっとどこまで行っちゃうか見てみたくて」
「でも止まったな」
部屋の影で様子を覗っていたテッドがセノの後ろに歩み出る。
「っつーか殴ることはないだろ……」
「でも、僕が「こっちがシグールさんだよ」とか言ったらまた気絶しそうで」
「そりゃそーだろーけど」
「手加減したからたぶん今晩中に目を覚ますと思いますけど」

ジョウイが昏倒してから既に二日が経っていた。
ついさっき元に戻ったシグールがセノに持ちかけた悪ふざけ。
……ちょっと、危なかった。
「でも愛を感じたねーテッド」
「そうだな、あれだけ添え膳状態でも何かを察知して止まってたな」

「んもーっ、シグールさんにテッドさんっ。それは当たり前ですよっ」
誇らしげにそう言ったセノの言葉を聞く機会を、ジョウイは綺麗に逃がしていた。