<日常と友人:テド坊編>
暇を持て余していたのか両手を空に上げて暇ーと叫ぶ。
呆れ果てたテッドはシグールを小突いた。
「暇なら庭仕事しろ」
「僕ここの主人なのに?」
「主人なのに」
ハイ強制連行ーと言いながらテッドはシグールの襟首を掴み持ち上げる。
ぶうと膨れたシグールは、その手を振り払って背を向けた。
「やーだ」
「シグール」
「だって、せっかく今日は暇なのに! 遊びに行こうよ」
「だーめ、今日はジョウイとセノが庭仕事しにきてくれてるんだから俺らは今から手伝うの」
たびたび居候するメンバーの中で、まったく何の良心の呵責も感じず長期滞在する図太い神経の持ち主はルックのみである。
その他のメンバーはなんだかんだで家事系統の何かを手伝う。
セノとジョウイに課せられるのは大抵が庭仕事であった。
「いいじゃん、あの二人はあの二人で。テッドは僕が大事じゃないの?」
そう言って見上げてみれば、華々しい溜息を吐かれた。
「……あそ、じゃあ中にいろ軟弱モヤシ」
「は?」
なんかものすごく低レベルな貶し言葉を聞いた気がして、思わずシグールが問い返したが、テッドは無言で部屋を出て行き、ちえと呟いてソファーに座る。
最近テッドは庭に出ている事が多い。
そりゃ、特にすることもないだろうしシグールは午後は仕事が入っている場合が多いから仕方のない事なのだけど。
……たまに暇になったのだから、構ってくれてもいいのに。
そう思ってふて腐れていると、外から笑い声が聞こえてくる。
窓辺からレースのカーテン越しに外を垣間見ると、花壇の横に座ってなにやら掘り返している姿三つ。
「あははっ、テッドさんこれー!」
「うおっ、でかいミミズっ」
「うわセノっ、掴んじゃだめだよっ潰すっ!」
「…………」
しばらくじっとその様子を見ていたシグールは、ふいと視線を逸らすと中へ入る。
横目で窓辺の人影を覗っていたテッドは、ふうと溜息を吐いて立ち上がった。
「テッドさん?」
「ん?」
「シグールと喧嘩でもしたのか?」
「……相変わらずだな」
無駄に聡いなお前らと言い捨てて、テッドは肩を回す。
ばきっと嫌な音がして、眉を顰めた。
老人か俺は、いや老人だけど。
「謝った方がいいですよ?」
「俺悪くねーし」
「……意外に頑固だよなテッドって」
ジョウイの言葉に意外とはなんだと聞くと、だってテッドはシグールには甘いからと答えが返ってきた。
「甘やかしてるつもりはねーけど」
「甘やかしてるって言うより、なんだろう……」
考え込んだジョウイとセノの内、先にあ、と手を叩いたのはセノだった。
「テッドさんは、シグールさん悲しませるようなことしないですよね」
「…………」
「そういえばそうだな、怒らせはするけど」
「僕達結構長い付き合いですけど、一回もないですよー?」
だから仲がいいんだーとほのぼの笑うセノに、ジョウイは首を傾げる。
それって仲がいいって事なんだろうか、そりゃ自分もおさおさセノを悲しませるような事は言わないが。
もしかして、とセノはテッドに問う。
「テッドさんって、言葉にする前に頭の中で回る人ですか?」
「……は?」
「セノ、言ってる意味がわからないよ」
苦笑したジョウイに言われ、セノが説明する。
「シュウに言われたことあるんですけど、「貴方は言葉を口に出す前に一回頭の中で回すべきだ」って」
「……ああ、そういうことか」
飲み込んだテッドは苦笑する。
つまり口に出す前に言うべき事を考えるかどうか、という事らしい。
「……そうかも、しれねー、な」
微笑したテッドはふいとその視線を空へと向ける。
「あ゛ー……まずったかねやっぱり……」
ジョウイとセノがここにしょっちゅう来るのは、グレミオの料理が美味しいとか言っているがなんだかんだでシグールを好いているからだとテッドは知っている。
その彼らをあっさり切り捨て、テッドだけに外出をねだった彼の態度に、少し怒っていた。
怒っていたからこそ、あんな言動をしてしまった。
最近、シグールの仕事の方が忙しくあんまり一緒にいられてないなとか、分かってはいたのだけど。
暇、と彼が言う時はテッドにかまってほしいというのも分かっていたのだけど。
「なーに空見て黄昏てんのっ、テッド」
元気な声が響くのと同時にどんと後ろから押されて、テッドはおわっとバランスを崩しそうになり踏み止まる。
「シグールさん」
やあセノにジョウイと言ってシグールは長い袖を捲り上げる。
「お前、なにし」
「庭弄りーv あとウサギ探しに」
ウサギ? とジョウイが尋ねるとウサギだよと答える。
「昼ごはん」
「……なぜ」
見つからなかったら抜きって事ですか。
セノが尋ねるとシグールは笑顔で首を振る。
「見つかんなかったらニンジンのスープにニンジンのソテーにニンジンの」
「はりきって探しますっ!」
直立したジョウイが茂みが多くある方へと走っていき、セノがその後を追っていくのを笑いながら見送っていたテッドに、シグールは後ろから飛びついた。
「おうわっ」
さすがに耐え切れず尻餅をついたテッドの首から前へ腕を回す。
「シグール……?」
「ごめんね」
「?」
「……ちょっと、寂しかった、だけだから」
自分と遊ぶよりジョウイとセノとの仕事を優先すると、あっさりテッドが言った事に。
つきんと胸を刺される思いがした。
テッドがジョウイとセノも大事にするのは当然なのに。
「わかればよろしい」
「うん……で、テッドはどうする?」
「なにが?」
「え、だから昼ごはんウサギとニンジンフルコースどっちがいい? ちなみに僕はウサギがいい」
「自己捕獲ですか」
「だからよろしくv」
しゃーないなぁとテッドは立ち上がると、花壇横に転がっていたナタを取り上げる。
「どーするのそれ?」
「三百歳の放浪生活の賜物見せてやろう。ウサギ数匹くらい余裕だ」
たのもしーと笑ったシグールも立ち上がるとテッドの後をついて歩きだす。
「あの悪魔ーっ! 絶対絶対僕にニンジン食べさせる気だー!!」
「ジョウイ落ち着いてっ、ほらほら、あそこにウサギいるよウサギさん!」
「つかまるわけないだろーっ!! だいたいテッドもテッドだ止めろー!」
「三匹でいいよ」
「……だな」
顔を見合わせて笑った二人は、ジョウイの喚く方向とは別方向へと向かった。
***
マクドール家の庭はでかいです。
ニンジンフルコースは私も食べたくありません。
ナタは罠作りに使うそうです。ナタで捕獲じゃないんだってさ。