<幻影>





もう一眠りしてくると食べ終えたシグールが立ち上がり、テッドが続いて腰を浮かせると大丈夫だよとそれを制して笑う。
片づけ終えたクロスが、ヤボ用があるからるっくん先に休んでてと言い出て行くと、真実部屋の中はルックとテッドだけになった。
本家にいる数多くの使用人は如何したのかと問えば、なんでもここ一棟分をクロスが完全に借り切ったらしい。
よーやると聞いた時は呆れたが、シグールの事を思えば親しい人間で周りを固めた方がいいだろう。

「それで?」
「あっはい――え?」
沈黙を保っていたルックにいきなり聞かれて、テッドは驚き思考を戻す。
「天の岩戸は破れたね」
「あ、ああ」
「……それで?」
問いしか投げかけてこないルックに、テッドは居心地悪そうに視線を逸らす。
常々思っていたが、彼はいかにも他人に興味がない素振りなのに、相手の一番痛いところを突く。

「もう平気だと……」
「あんたは?」
「俺?」
質問してるのは僕だよと返され、テッドは苦笑して指を膝の上で組む。
「俺は――平気だし、特に心配してもらわなくてもいいぜ」
「……心配してもらってるって思う時点で大丈夫じゃないと思うけどね」
僕眠いんだと暗にとっとと言えと迫られ、テッドは溜息を吐いてさすがにアレの相手を長年やってるだけあると呟いて、口に出すべき言葉を選んだ。

シグールの嘘を見抜いていて、それをあえて指摘しなかった理由。
「お前に言っていいのかわかんねーけど……俺は生きてないんだよな」
怪我すれば血が流れる、食事も摂る、髪も伸びる、けれど。
「俺はシグールにとって本来「過去」なんだよ。その俺にしがみ付いていて本当に幸せか?」
その一言に思いを全て乗せて、テッドは苦笑した。
「でも俺は、それをシグールに言わなかった。離れていくのが嫌だったんじゃない、本当にあいつの過去になるのが嫌だったんだ。思い出になるのが、嫌だったんだよ」
それがなんと呼ばれる感情なのか知らない。
彼の幸せは嬉しいけれど、それはずっと変わらないのだけど、その幸せの果てにあるのが自分の存在の忘却であるのが嫌だと自覚したのはいつだろう。
だけど過去にしがみ付いているのは、シグールによくないのは分かっていて。
――まだ、いいよな。
その思い一つでずるずると、ここまで来てしまったのだ。

黙ったテッドにルックは溜息を吐く。
テッドもシグールも口に出すのと頭で考えるのと心で感じているのと全てちぐはぐな人種だから、自分の思考に陥ってしまう。
もう少し思っている事を口に出せばいいのに、やたら高い矜持が災いしている。

「あのさ」
クロスにテッドの話を聞いてあげろと言われたからそうするように努めたが、ルックには向いていないらしい。
「どれが幸せなんてそれこそ当人でもわからないものじゃないの」
遠い昔、きっと自分はそれを履き違えていた。
それに気付かせてくれた仲間だから、知っておいてほしかった。
「それに僕らはどうせ、同じところをぐるぐる回っているだけだし」

寝る、と言って立ち上がったルックは、そのまま部屋を出て行く。
視線だけでそれを見送ったテッドは、彼の言葉の真意に気付いて目を見開いた。
 同じところを回っているという事は、過去は今へ未来へなるという事。
「解りにくいよお前……」
片手で額を押さえてくっくとテッドは肩を揺らした。
今まで何を悩んでいたのかと思う。
言えばよかった、初めから。

吹っ切れた気持ちで立ち上がって、テッドは口元を緩めたままシグールの部屋へと向かう。
彼がそれを望むなら、自分がそれを望むなら、きっとそれもまた一つの道。
 

 



***
リーダー(英語)万歳。(内職モノ

私はルックにアドバイスさせるのが好きだと気付いた。
悩んでるテッドも好きだけど、テッドはもっとギャグしてる方が光ってる、きっと。