<疎通>
あれからどれくらい経ったのか。
落ち着いたシグールを寝室まで引き摺って、半ば強引にベッドに入れた。
まだ日は高いが、泣いた直後という事を差し引いても明らかに悪い顔色からして、ろくに睡眠を取っていなかったのだろう。
立ち上がろうとしたテッドの袖をシグールの手が掴んだ。
気が緩んだのか、今にも閉じそうな目を必死で開けながらテッドを見上げる目には不安の色がありありと浮かんでいて、テッドは思わず笑みを零した。
無理に笑顔を作られるよりもこの方がずっといい。
離しそうにない手を見て苦笑すると、テッドはベッドの端に腰かけた。
くしゃりと髪に手を入れて梳いてやれば気持ち良さそうに目を細め、そのまま眠りそうになる。
けれど眠るのが嫌なのか、目を擦って眠気をやり過ごそうとする。
「寝てないんだろ?少し寝ろ」
「……テッドは?」
袖を引かれる力が強くなる。
シグールの言わんとする事に気付いて、テッドは柔らかな笑みを浮かべた。
「起きるまでここにいるから」
「絶対?」
「ああ」
だから寝ろ、と瞼に掌を翳すと、シグールは頷いて目を閉じた。
瞼を閉じた途端に急激に強まった眠気にうとうとしながら、シグールは傍らにいるテッドからまだ返事をもらっていない事を思い出した。
自分でも気付いていなかった子供じみた独占欲も身勝手さも全て知っていて、受け入れてくれていた。
自棄のような告白をした自分をテッドは抱きしめてくれたけれど、彼は自分をどう思っていたんだろうか。
今聞かないとタイミングを逃しそうで尋ねようとしたのだが、閉じた瞼は開かず、意識は遠のいていく。
テッドは、本当に僕が好きなんだろうか。
意識が完全に眠りに落ちる瞬間、聞きたかった答が聞こえた気がした。
上着の裾を握りしめたまま寝息を立て始めたシグールを優しげな目で見つめながら、テッドは呟いた。
シグール自身分かっていたのかいないのか、夢うつつの問いは確かに言葉になっていた。
「側にいるさ」
たとえ紋章の制約がなくとも、この世界に戻ってきた時からずっと決めていた。
テッドからしてみればシグールの側にいられればそれでよかったので、シグールが自分との関係をどう思おうとあまり関係がない、と思っていた、のだが。
考えてみれば、状況に甘えていたのは自分の方だったのかもしれない。
紋章の制約があればシグールと離れなくて済むと安堵して、離れたくないと思う感情に気付かなかった。
三百年生きてきて、肝心な事に気付けないなんて間抜けじゃないか。
まだ涙の跡の残る頬に触れて、微笑む。
「愛してるよ、シグール」
誰よりも。
その感情は、きっとシグールよりも前から持っていたかもしれないもの。
「おはよう、お二人さん」
食堂に行くと、クロスとルックが二人を出迎えた。
おはようと言っても今は夜で、夕飯の時間はとっくに過ぎている。
「何か食べる?軽い物でも作ろうか」
頷くシグールにクロスは席を立って厨房へ向かう。
そもそもこんな時間まで食堂に残っている必要はないわけで、おそらく最初からそのつもりだったのだろう。
彼にも随分面倒をかけてしまった。
「……・クロス」
「あ、リクエストある?」
「ありがと」
あとグラタン食べたい、と照れ隠しのように付け足したシグールに、クロスはただ笑って奥に消えた。
そのやり取りの間ルックは視線を上げる事もなく本に目を走らせ。
その様子に完全に見透かされていたようで、なんだか気恥ずかしかった。
***
夜中の三時にベッドの中で書いたもの。
おかげで次の日見直して血を吐きまし……眠い時は恥ずかしい事もザクザク書ける。
↓ボツにした終わり方その二。しんみりとしたままで終わりたい方にはお薦めできません。
反転でお願いします。
シグールが寝付いたのはよかったが、ここで一つ問題が浮上していた。
「……トイレ行きたかったんだけどな」
行こうとしたらシグールに引き止められ、ここにいると言ってしまった。
言った手前離れるわけにはいかない、が。
「少しくらいなら……でも起きたら拙いし」
上着は脱いでいけばいいが、万が一目を覚まして自分がいないのを見たらシグールがどうするか。
戻ってきた時の惨状を思ってテッドが身震いし、どうしたものかと頭を抱えた。
……すいませんでした(逃