<告白>





山と積まれた仕事を脇によけ、シグールは机の上に突っ伏していた。
昨夜来たクロスが言いたい事は分かっていたけど、部屋から出て行く勇気がない。

「テッド……」
「ん、なんだ?」
「!?」

背後からいきなり響いた声に、驚いてシグールが振り返ると、そこには窓から顔を出しているテッドがいた。
ちょっと待って、ここマクドール家本家、シグールの書斎、地上四階。
「な、何して」
「命がけロッククライミング」
「なんでっ、危ないよっ」
慌てて窓辺へ駆け寄ると、よっという掛け声と共に部屋の中に入ってきた。
いやー疲れたーと笑ったテッドは、床に両手を置いて足を前に投げ出し、同じく床に座り込んでいるシグールを見る。
「寝てるか?」
「……なんで、来たの」
「いや、部屋から出てこないし入れるなとか使用人一同に言い渡してるし、こりゃ誰にも会いたくないんだろうなとはわかってたから数日は辛抱してたんだが」

嫌だろうけど心配だったからな、本当は様子だけ見て帰るつもりでさ。
そう言って少し照れくさそうに笑うテッドの、いまだ床に付かれたままの手をシグールは引っ張った。
「……っ」
大きい手は所々切れてて、汚れてて。
無理もない、外の城壁をよじ登ってきたのだ。
「泣くなよシグール」
「呆れてるだけだよっ」
ぎゅっと自分の手を握って俯いていたシグールに声をかけると、むきになって返される。
いつも通りのやり取りに安堵して、そんじゃまと言って立ち上がろうとする。
「俺は帰るか」

恐怖がシグールを貫いた。
思わず彼の手にすがりそうになって、ふっと理性が割り込む。
元々自分が会いたくなくて閉じこもって、テッドはただ気を遣ってくれているだけで。

「あ、うん……」
「なんて言うわけないだろ、どーした」
くしゃりと髪を撫でてテッドはシグールの顔を覗き込む。
グレミオが死んだ事に対してのシグールの傷が一朝一夕に癒えるとは思っていないが、あの晩彼はテッドに縋って泣いて、明日からは笑えるといったのだ。
それが、朝になってみればいきなり本家にすっ飛び閉じこもっていたのだから訳が分からない。

「…………」
何でもないと言うべきなのだ。
本当の理由を話したらきっとテッドは軽蔑して、そうでなくとも傷つける。
だから、何でもないと言って、笑っていつもの自分を装えばいい。
本当に大切なのだから、傷つけたくないのだから、そうするべきなんだ。

何でもないと呟いて、顔を上げて笑って見せれば、テッドは心配そうだった顔を一転させ、厳しい顔つきになってから、ふいと背けた。
「テッ……?」
「……頼むよ……」
しわがれた声はまるで彼のものではなくて。
「頼むよシグール……何年一緒にいると思ってんだ、お前の嘘は全部わかるよ……」

まるで死刑宣告を受けたかのようだった。
それはつまり、今までの自分の事も。
あの偽りも、全て。

「なんで俺に隠し立てするんだよ――支えてやる、お前のためにならなんだってしてやるからっ」
抱き寄せた身体は腕に丁度納まるほどに小さい。
「言っただろう、俺はお前のために戻ってきたんだ」
「……テッド」
「なんだ」
「ごめんね……恋人、やめていいから」
「……は?」

思いもよらなかった言葉を受けて、テッドは腕を緩めシグールを解放し、無表情のその顔をまじまじと見つめる。
突然何を言い出すんだという困惑と、もっと深い驚きと。
そして、それを彼に言わせた原因がなんとなく分かって罪悪感が湧き出た。

「ごめんねっ、本当にごめんねテッド」
「どういう――ことだよ」
無感情なその声に、ああやっぱりとシグールは自嘲する。
これは当然の報いだ、長年一番大切な人を騙してきた、罰。
「僕は――――」

言えない。
言わなくてはいけない事が分かっているのに言えない。
嫌われるのが怖くて、去られるのが怖くて。


「僕、は」
ぽたりと床に涙が落ち、赤のカーペットに吸い込まれる。
俯いたシグールの頬から、次から次へと流れてくる――
そんな幻影を、テッドは見ていた。
本当は、彼はちっとも泣いていなくて、ただ心の中で涙を流している。
「僕は」
「うん」
言いやすいようにと相槌をうって、テッドはシグールを見つめた。
その穏やかな視線のせいかそれとも罪悪感のせいか恐怖のせいか、シグールはぐっと拳を握って震える唇で伝える。

「僕は、テッドに、離れてほしくなくて」
そのためになら、どんな事でもできた。
「僕の側にずっと居て欲しくて、離れていくのが怖くて」
彼がずっと自分を見ているように、側にいるように、縛る呪文を唱えていた。
「親友じゃ、親友じゃだめだったからっ」

絆が浅かったのかもしれないと、思った。
グレミオは帰って来たのに、テッドは帰ってこなかった。
小さい頃からずっと側にいてくれたのはグレミオだったからそれは当然なんだろうけど、なんでテッドが帰ってこなかったのか。

絆が浅かったんだ。
十何年も付き合ってきたわけじゃないのだから。

「こい……恋人になったら……ずっと側にいてくれると思って」

必死だったのだ。
テッドをずっと側に置いておくために、一番確実な方法がそれだった。
セノとジョウイはそのために国を捨て、クロスとルックはそのために互いの手をとった。
「……それで?」
静かな声に、シグールは黙する。
怒っているのか軽蔑しているのか、声からは全く分からなくて、ゆっくりと恐る恐る顔を上げてみれば、目の前には微笑むテッドがいた。
「僕は――騙してたんだ……」
テッドを、自分も。


「好きなのも、嘘なのか?」
聞かれた声に答えられない。
「シグール、聞くぞ。お前が俺を好きだって言うのは嘘なのか?」
「……うそ、だよ」
「そうか、まあ普通男が男を好きになることはないしなあ」

当たり前だよなあと言ってテッドは立ち上がる。
反射的に立ち上がったシグールの、左手を掴んで引き寄せ、抵抗させる暇すら与えず抱きしめた。

「ばかやろうっ!」
耳元で怒鳴られ、びくっとシグールの体が震える。
「嘘をつくなって言っただろうがっ、わかるんだよお前の嘘はっ……」
「だってっ……」
テッドの上着を握り締めて、シグールは声を上げて泣き出した。
まるで幼い子供のように、喚いた。
「だって、好きだなんて言えないよっ!! テッドの事が好きだなんて言えないよっ、どんな顔して言えっていうんだよ、そうだよおかしいし身勝手だし僕は本当に嘘をついて自分のためだけにテッドを独占しようとして、最低だったんだよ……今更どんな顔して……どんな顔して好きって言えって……」

「知ってたよ」

耳元に囁かれた言葉に思わず顔を上げようとして、それができない事を悟る。
背中に回されたテッドの手は温かくて、抱きしめる力は強かった。

「最初から知ってたよ」
「ほ……ほん」
「ほんとに。それでも俺はよかった。お前の側にいる事ができるなら、お前が俺を必要とするなら、何でもよかった」


腕を緩めて、抱え込んだシグールの、涙に濡れた顎に指を当て持ち上げる。
「そんな顔して、言えばいい」
「うっ……うああああああああんっ」

大声を上げて、テッドに縋りつき、涙をボロボロと流すシグールを受け止めて、テッドは小さくその黒髪に口付けを落とした。

 

 

 

 



***
書いてて楽しいけどひたすら痛い気がする。
坊ちゃんヤケクソ告白ですか。テッド返答してないね
……。