<問い掛け>
「死んだらどうしてほしい?」
クロスの言葉にシグルドはグラスに水を注ぐ手を止めた。
質問も質問だが、それをわざわざこの状況でするのもどうなのか。
シグルドは下はズボンを穿いているが上はシャツを引っ掛けただけ。
クロスに関してはシーツに包まっている。中はまぁそういう事で。
シグルドは一瞬僅かに眉を潜めたが、半分ほどまで水で満たしたコップをクロスに差し出しながら、海葬ですかね、と呟いた。
クロスはコップに口をつけて中身を一気に飲み干す。
先程までからからに渇いていた喉に潤いが戻って、はふぅ、と一息ついた。
ベッドの端に腰かけた相手を見て更に尋ねる。
「墓とかじゃなくていいの?」
「手入れしてくれる人がいませんからね」
群島諸国では埋葬も行われるが、海賊などの海に関わる生業の者は海に葬られる事を望む者が多い。
海へ還るという概念があるからというのもあるが、海賊の場合ほとんどが身寄りがない者なので、墓を作っても世話をする人がいない。
ただ朽ちるだけなら海へ、と考えるのだろう。
「僕がいるんだけど」
シグルドの言葉に少しむっときて、クロスは言い返した。
彼が死んだ後もそうそうすぐに死ぬとも思っていなかったので、時々墓参りに行ってもいいと思っていたのに。
当てにされていないのかと拗ねたように枕に顔を埋めるクロスに、シグルドは苦笑交じりに髪に触れた。
取っ掛かりのない髪をゆっくりと梳きながら囁く。
「俺は貴方を死んだ後まで束縛する気はないんですよ」
生きる時間はどれだけ頑張ったところでクロスの方が格段に長い。
その後再び共に生きる相手を見つけられたのなら、自分を忘れてもらっても構わないのだと。
「ただ時々海を見たら思い出してくれると嬉しいんですけど」
笑顔で言われて、クロスは何かを口にする代わりに、少し乱暴にその肩口に額を寄せた。
おそらく泣きそうになっている顔を見られたくなくて。
シグルドは優しい。
触れる時、言葉ひとつ取っても人の事を優先するその姿勢は、嬉しくもあり悔しくもあった。
どれだけ大人びた所で彼には敵わない。
「……あのさ」
「はい?」
ちゃっかりと抱きしめられた格好のまま、クロスはシグルドだけに聞こえるように呟く。
この部屋にいるのは二人だけだから聞かれることはないけれど。
「たぶんシグルド以上の人は見つけられないと思うんだけど」
万が一他の誰かを愛する事があったとしても、彼以上の人など考えられないし、いるとも思えない。
頭上で漏れるような笑い声が聞こえて顔を上げると、キスが降ってきた。
間近で見る顔は本当に嬉しそうで、思わずクロスも頬が緩む。
「あぁでも、生きている間は束縛させてくださいね?」
付け足すように言われて、クロスは笑いながら頷いた。
「あの言葉って分かってて言ったんだかなぁ」
共に生きられる相手を再び見つける事ができるようにと。
半ば信じていなかったけれど、今その相手を見つけているから予言だったのかもしれない。
百年以上経っても自分の上を行くなと笑みが零れる。
今こうやって誰かを愛している事を、彼は喜んでくれるだろうか。
「海なんか見なくても忘れないよ」
広がる青を見る時、波の音を聞く時、常に心のどこかには彼がいる。
愛しているのはルックだけれど。
ルックと同じだけど違う愛が、シグルドにもまだあり続ける。
遠い海を想いながら、クロスは小さくありがとうと呟いた。
***
クロスとシグルドだと物凄く怖い取り合わせだったのかもしれません。
書けそうで書けない、ネタはあるのにっ(それもどうなんだ