<焼餅>
なぜか客間はたくさんあるのに、一つしかベッドのない部屋を割り当てられても、何の文句も疑問も(いまさらなので)言わずにとっとと滑り込む。
先にルックが入っていたベッドに入ったクロスは、暗闇の中手を伸ばして彼の頬に触れた。
「るーっくん」
「……それヤメロ」
押し殺した声で返して、伸ばした手も叩き落としてくるが、狭いベッドの上、彼に逃げ場があるわけでもなくて。
「……クロス」
「んー?」
引き寄せて抱きしめれば温かい。
生きてるっていいなーとぼんやり本能の底で思う。
「シグルドっての、さ」
「うん」
「……どんな奴?」
「気になるのー? やっぱり妬いてるんだ」
「……から」
「え?」
クロスの腕の中で溜息を吐いて、ルックは片目を開けて睨む。
「気になるからっ、言え」
はいはい、と笑って答えて、クロスは昔に思いを馳せる。
「優しくて、丁寧で、よく気がついて。僕は幼くて、たくさん迷惑をかけてしまったよ。精神的に不安定なことも多かったし……」
そこで黙り込んだクロスの顔はどこまでも穏やかで、ルックはしばらく黙り込んだが、軽い舌打ちと共に口を開いた。
「悪かったね」
「なにが?」
「正反対で」
「……いやあ」
自覚あったんだなあという思いと、ちょっと気まずくしちゃったかなあという後悔と、彼でも謝るんだなあという驚きと、色々一緒くたになって複雑な表情をしたのだが、どうも正確に
捉えてもらえなかったらしい。
不機嫌な顔でぐいっとクロスを押しやって、くると背中を向けるとふてた声が返ってきた。
「どーせ僕は意地悪で粗雑で皮肉屋で餓鬼で迷惑かけたさ」
「ルック、どうしたの」
真面目に心配になって、クロスは起き上がる。
卑屈になるなんてルックらしくもない。
彼なら鼻で笑って、「お生憎様」くらいを言いそうなものなのに。
「別に」
「いや、別にってことは……」
熱、ではないだろうし。
別に酒を飲んだ様子もなかったし。
「るっくん?」
「……煩い」
「ルック、僕なにか――」
「――悪かったね、僕がその人みたいじゃなくて」
ああ、これは。
どうしよう、すごく嬉しい。
思わず緩んでしまう口元を押さえて、クロスは暗くてよかったと思った。
たぶん今の自分の顔は、とても赤い。
「別に僕は、ルックにシグルドと同じものを求めてなんかいないよ?」
そう言って、また横たわって、手の届く範囲にあるルックの短い髪を撫でる。
彼は無反応で、身動ぎ一つもしない。
「シグルドはシグルドで、ルックはルックで」
全然同じじゃないし、代わりがほしかったわけでもないし。
求めている物も、全然違う。
「そのままのルックでいいよ?」
不器用で脆くて、高い高いプライドで自分を支えなくてはいけない彼を。
自分は、たとえ彼の心情に反しても、崩れるのを見たくないほどに、好きなのだ。
「僕は今のルックが好きだよ」
そう再度声をかけても動かない彼を見て、ミスったと思って溜息を吐いた。
それほど、気にするとは思ってもいなかったのだ。シグルドは過去の人だし、ルックと出会ったのも昨日今日の事ではない。
テッドに話してもらったのは、ただ自分より客観的だろうと思っただけで、吹っ切れていなかったわけではない。
思ったより繊細、というタイプでもないだろうが、この領域はおそらく彼には未知数なのだろう。
恋人に、昔の恋人の話を――それもかなり褒めちぎった――をされれば、面白くもない事は、予想できたのになぜか普通に語ったら褒めちぎってしまったと言う、自分の失態を今更詫びても無駄らしい。
作戦変更。
クロスはがばと後ろから抱きしめて、ルックの耳元に囁いた。
「しよ」
「……アンタ、ね」
怒りをこめた視線と声で反応をされたが、純粋に腕力勝負となればまずルックが勝てるはずもなく。
組み伏せられたルックは、クロスを見上げて口を開いた。
「そう、聞こうと思ったんだけど」
「何?」
「どっちが上だったの?」
「……終わったら教えてあげよう」
***
……ごめんなさ(逃
(一番綺麗に落ちたんだもん……)
ルックは基本として「あんた」呼ばわりですが、クロスをたまに名前で呼ぶこと希望。
ル「で、どっちなの」
ク「プラトニック」
ル「はあっ!?」
ク「プラトニック」
ル「嘘だ、絶対嘘だ、聞いてくる」
ク「テッドは罰の紋章喰らいたくないだろうからなあ」
ル「……卑怯者……」
ク「なんか言ったかなあ?(笑顔)」