<裁縫趣味>





怪我も癒え(九割方旧知の知り合いの精神攻撃せい)一人で日常生活を送ってもよろしいとテッド先生からのお達しをもらったルックは、ようやっと自室から居座り続ける怪我させた張本人sを追い出す 事に成功し、現在溜息を吐いてベッドの上に腰かけていた。
吹き込んでくる風は穏やかで、床に模様を描く日光は鮮やかで。
ここの空間が好きだったなと、一人しんみりするのも束の間。
いいかげん病人じゃなくなったのだから、服を寝間着以外に着替えようとクローゼットを開き。

「―――っ、クロス!!」

 叫び声が塔に満ちた。



怒り沸騰のルックが真の紋章を振りかざしクロスを追いかけるのを横目で追いつつ、シグールが傍らで嘆息しているテッドに問う。
「何があったわけ?」
「……ナナミの結婚式覚えているか」
「うん、たしかルックがブーケ受け取っちゃったりとか」
懐かしいなあと笑う彼に、テッドは苦笑めいたものを浮かべる。
「あれ以来――というか特にルックがいなくなって以来――クロスが暇さえあれば針と糸を使ってたのを知ってるか」
「え、そうだったの?」
相変わらずというか、自分の事以外は大して興味がないらしいシグールの発言にテッドはがくっとくるが、まあそれが彼だからと話を続けた。

クロスは元々家事全般が得意で、料理も裁縫もお茶の子さいさい。
そんな彼が、ここ五年くらいちまちま作り溜めていたものとは。

「なんでっ、僕のクローゼットの中身が全部あんたの手製の服に変わってるんだ! しかも女物!」
「女物じゃないよ、ルックの体形に合わせたし」
「そういう問題じゃないだろう!」

……うん、そういう問題じゃない。
そうなんだけど。

「いいじゃん、似合うよそのワンピースもキャミソールもドレスも七分丈のズボンも!」
「僕は男でしかも三十路だ!」
「どんなに頑張ってイメチェンしても、見かけ十代半ばで変わんないんだから我侭言わないの! 適所適材!」
「意味が違う!!」
ドタドタドタ
「平和だなぁ……」
遠い目でその様子を見るテッドは、のほほんとシグールの隣に座って、ぱらぱらと本に目を通していた。
ルックがハルモニアから持ってきた(パチってきた)本だ。
ちなみにその他の隠れ家にあった諸々の私物はセラの了解の下、隣でセノとジョウイが整理中。
シグールは適当に引っ掻き回して面白そうなものを引っ張り出すばかりなので、整理しているとは言えない。

あ、とセノが言って奥の方から引っ張り上げた物があった。
「あ、可愛い」
「Σ( ̄□ ̄|||)」
「あははっ、何ソレっ」
「……クロス……」
以上、上からセノ・ジョウイ・シグール・テッド。

セノの手の中にぶらんとぶら下がっていたのは、かなり色褪せた人形。
……それが、なんで私物箱(しかもルックの)中に。
それだけでも十分衝撃的だが、その人形がよく見知った人物にそっくりなのだから、笑える。
「クロスさんの人形、ですねー」
「……ああ」
「何コレっ、もしかしてルック後生大事に持ってたわけっ?」
「……ま、捨てたくても捨てれないだろうが……」
順不同。

セノから人形を受け取ったシグールが、くるくるっとひっくり返して一通り見終えると、ジョウイに満面の笑みで手渡す。
「…………?」
「よく見てみなよ」
そう言ってから、顔をテッドの膝の上に伏せて大爆笑を始めるシグールを不思議に思い、三人がその人形をよくよく見る……と……。
長い間使って綻びたのだろう、所々ほつれたり破れたりしている個所は、全て丁寧に縫い直してあった。
なまじルックとクロスの家事が上手いばかりに、そちら方面は何もしないで少女時代を過ごしたセラの裁縫がたいして上手くない事は全員の知るところであったから。
……彼女がこんな細かいところを直せるはずもなくて。
つまり。
「「あーっはっはっはっは」」
シグールと同じく笑い崩れた三人は、四人で笑いの波をざばんざばんと立てながら、その場に崩れ落ちる。
さすがにクロスとルックも気付いたようで、何してるのとクロスが尋ね、腹筋を麻痺させるジョウイが「それ」を空に掲げた瞬間。

ザッ

文字通り、一瞬でその場に現れたルックはジョウイの手から人形を引ったくり笑い転げる四名に一発ずつ蹴りを叩き込み、脱兎の勢いで上階へと上がっていってしまった。

「……大丈夫?」
もろ鳩尾に入ったジョウイをとりあえず心配して、クロスが苦笑と共に全員に声をかけると、全員が笑顔に崩れた顔で大丈夫大丈夫と返してくる。
「セラが昔クロスさん人形とルック人形持ってたのは知ってましたけど」
「ルックまで持ってるとは思いませんでしたよー」
「なにアレ、楽しすぎ、傑作」
「自分でちゃんと直すとはなー、愛されてるなクロス」
もちろんあのクロス人形、製作者はクロス本人である。(自分もルック人形保持)
「いいでしょー、皆にも作ってあげようか?」
「「よろしく」」

一斉にぐいっと親指を突き出し、いい笑顔で四人は答えた。
当分これで、ルックをネタにして遊べる事請け合いだ。










その頃。
白い頬を赤く染めて、ぎりぎりと歯を噛む魔法使い。
「あい、つ、らーっ」
もちろん、自分の私物が整理されていたのに気付かないルックが悪かったのかもしれない。
だけど。
「……うう」
今後何を言われるか、もう既にこの間の件だけでさんざん遊ばれてるのに、これ以上ネタを増やしてたまるものか。
なんだか、別れていた月日の間に、彼らはたくましくなってしまった気がする。
自分が丸く常識人になったのかもしれないとはけして思わないルック三十二歳。

自室の床に扉を背にしてへたりこんだルックは、手にしていたクロス人形を立てた膝の上に乗せた。
「ボロボロ、だな……」
ちょんとつつくと、ふらっと揺れる。
こまめに虫干ししたり洗ったりしていたのだが、手垢と埃でずいぶんと汚れて色褪せてしまった。
もらった当初はこんなもんどうしろってんだとか、むしろ作るなよ自分で、とか色々突っ込んだものだが、ほとんど手ぶらで塔を抜け出す時に持っていった数少ない私物。
セラの方といえば当然の如くと言わんばかりに持ってこなかったので、彼女にすら隠れ、毎晩眺め話しかけていた。
一回ユーバーに見つかりそうになって、真顔で切り刻みかけたのは内緒である。

そんなこんなで、特にクロスと離れていた間はずいぶんと世話に――
「くーろす」
呟いて人形を日の光の中に掲げ、ルックは薄く笑った。
額に巻いてある赤い布を、今度換えてあげよう、だいぶ薄れてきたし。

その日からルック自室の本棚の片端に、ちょこんと真新しい布を頭に巻いた人形が腰かけている。







***
書いちゃいました。
だって、可愛かったんだもんクロス人形!
私もほしい……あ、受験終わったら作ろう。
(大きくして抱き枕用途ってのも考えましたが、絵だと割合小さかったんで)





シグール「ねえクロス、グレミオも作って」
クロス「いいよー、他にリクエストは?」
セノ「ナナミも」
テッド「っつーかクロス、ルックがクロス人形持ってたって事は……」
クロス「僕もルック人形持ってるよー? 着替え三十点セットで」
ジョウイ「…………」
テッド「…………」
シグール「今度やらせて!」
クロス「だめ」
セノ「えーっ、なんでですか?」
クロス「ルック脱がしていいのは僕だけv」
シグール「……じゃあテッド人形着替え十点セット」
セノ「ジョウイ人形着替え十点セット」
クロス「了解♪」
ジョウイ&テッド「…………」