<嫁選び2>





それはハルモニアには珍しく、雲がまばらに浮かぶ晴天の日の事だった。
「結婚したいなあ」
ぼそりと彼方を見て呟いたトビアスの言葉に、少し離れたベッドの上で本を読んでいたリーヤと、机に向かってペンを走らせていたラウロが同時に振り返った。
なお、リーヤにいたっては、読みかけだった本をバタンと閉じた。

「なんで!?」
「いや、やっぱ嫁さんが家にいるっていいじゃん。あなたお帰りなさい〜とかさ」
窓辺に座り、窓の外を眺めているトビアスの目はうっとりとしている。
ラウロとリーヤは思わず視線を交わした。大丈夫かこいつ。

「いやさぁー、今師事してる先生の知り合いが昨日研究室に来たんだけどさ。とにかく惚気てくるわけだよ」
「嫁さんがいいって?」
「そーそー。勝気な人らしいんだけどさ、それがまた可愛いって延々言うからさー。一人身の俺としては羨ましいわけですよ」
まとめたトビアスがようやく室内の二人の方を見る。
眼鏡の奥の目を細めて、俺達は縁がないなあと他人事のように言った。
「付き合ったことくらい、俺にだってあるし!」
「だいたい、結婚を考える歳でも……あるか」
あるな、と溜息を吐いたラウロに、そーだろそーだろうとトビアスは言う。
「まー、俺の兄貴も婚約したらしいし。兄貴っつっても双子なんで、俺もそういう歳かなぁと」
思うわけですよ、と結んだトビアスは軽く肩を竦める。
結んだのだが、でもさーぁとリーヤが半目になって足をぶらぶらさせながら続けた。
試験明けの休みだ。三人とも暇なのだ。

「なんかこー、思いつかねーけどさー、勝気な嫁さんっていーのか?」
「リーヤは大人し系が好みなのか? 意外だな」
「ちげーって。俺あんま女の知り合いいねーし。勝気ってどんな女? ラウロのねーちゃん?」
「やめてくれ」
うんざりというよりはげっそりした顔で呟いたラウロはリーヤの言葉を否定する。
「アレを勝気と言うと世の中の勝気な女性に失礼だ。アレはもっとなんていうかこう……人災だ」
「そんなに強烈なのか?」
話には聞いてるけどさ、と会った事のないトビアスが身を乗りだすと、答える気力もないらしいラウロをリーヤが補足する。
「そーそー。現象ってカンジ。なんてーかこっちがなにをしても無駄、みてーな」
「でも結婚してんだろ、旦那がいるってことは」
「義兄はまるで海だ。大地だ」
「……えーと、それは強烈ですね」
コメントに困ったトビアスは苦笑して、眼鏡を外すと服の端でレンズを拭う。
そこで一度会話が途切れ、三人は陽の光が射し込む部屋でしばしまどろんだ。

だが話はここでは終わらない。
きゅっきゅとレンズを拭きながら会話を元に戻したのはやはりトビアスだった。
「まあそれで、教授と一緒にどんな女性がタイプかって話になったんだけどなー」
「教授は結婚してないのか」
「うんや、孫までいる。んでその後別の人と夕食摂りながら究極の選択とかしてたなぁ」
「きゅーきょくのせんたく?」
おもしろそーじゃん、と言い放ったリーヤは目を輝かせてぴょんとベッドの上で跳ねる。
対照的にこの手の話題を好まないラウロはいい加減渋い顔になったが、ノりだしたリーヤとトビアスを止めようとはしなかった。
「んー……そーだなあ、この面子でいうと……えーっと、ああ、レックナート様とシエラさんとルックさんなら誰がいい? みたいな」
「俺ぜってールック。他二人はぜってーヤ」
即答したリーヤの横でラウロが溜息を吐く。
「同じく。その面子なら絶対ルックだな」
「え、マジ? 俺ならシエラさんだけどなあ」
美人だしちょっと気ぃ強いところもかわいーじゃん、と言い切って笑ったトビアスは大物だなと二人は心底思う。
首から血を吸われといてよく言える。
「んなの勝負になんねーよ。だってレックナート様は料理も家事も裁縫も子育てもしねーじゃん」
「シエラもほぼ同じだ。迷うことがあるか」
「わかってねーなぁ」
指を振り、トビアスは声を少し潜めた。
「シエラさんはそこがいーんだろ。家事をするのが嫁さんの役割じゃねーもんよ。色気もあるし」
「おま……シエラに聞かれたら雷落とされるぞ」
さしものラウロは絶句したが、リーヤはそんな事は意に介していなかったらしく、んなことねーもんと元気にトビアスに反論する。
心底羨ましい。
「ルックだって色気あんじゃん」
「あー、たしかにあるなぁ。手首も細いし色も白いしー」
「それにルックは料理もできるし家事とかもできっしー。まー家事はクロスが一番だけどさ」
でもルックだってすげーんだもん、と養い親を擁護するリーヤに、そーだなぁと笑って同意するトビアス。
結局ニ対一対零で、ルックが優勝となるのだろうか。
そういう目的なのかはさておき。

大事な事に気付いていないのか、わざと無視しているのか。
ちっとも触れずに終わろうとしている二名に、ラウロは真面目に突っ込んだ。
「ルックは男で、シエラは既婚者だからな」
「「ラウロ細かい」」
同時に突っ込まれ、ラウロは大事なところだろうがと憤慨して鼻を鳴らし、机に向き直った。
ちなみにレックナートも結婚しているようなものなのではないかとは、誰も突っ込まなかったわけなのだが。