<酔い癖>
じゃーん、とその晩リーヤとラウロを呼び出したトビアスの部屋に行くと、瓶を突きつけられた。
細長い瓶に貼られたラベルを読んだラウロがげんなりとした声をあげる。
「……酒じゃないか」
「おう!」
元気に瓶を頭の上の高さまで掲げての返答。もう酔っているのか。さすがにそれはないか。
だとすればこれは素のテンションである。恐ろしい。
「どーしたんだ? それ」
「この間町で見つけてさぁ。買ってみた」
「……そうか」
時々突拍子もない事を言い出す友人は、二人を部屋に引き入れてしまう。
すでに室内には氷やらグラスやらも準備されていて、トビアスは最初から三人で飲むつもりだったようだ。
別に酒を飲んではいけないという法律があるわけでもないし、ハルモニアの寮ではそんな規則もあるのかもしれないが、ここはササライの自宅なので問題はない。
しかも今夜は泊まりだとかでササライは不在だ。
「二人とも、酒飲んだ経験は?」
「……一度だけ」
「舐めるくらいなら、けっこー前からシグールとかに付き合わされてたけど」
「…………」
彼らがどの程度飲むかを見た事のあるラウロは、果たしてリーヤの言う「舐める」がその範疇に収められる量なのか気になった。
気になったが本人が舐める程度と思っているならそれでいいのかもしれない。
「あんま飲ましてはくんなかったけどー、うまかった」
あの家で出る酒なら美味いものには違いない。
もともと酒が飲める口らしいトビアスは上機嫌だ。まあ、そもそも飲めないなら酒を飲もうなどとは言い出さない。
「ラウロは飲めるか?」
「いや、あるにはあるが……」
ラウロが十五になったあたりで、シグールに。
確かグラスの半分くらいの量をぐいっと飲まされた。そして記憶はそれっきりない。
後はただ気持ちが悪いという記憶しか残っていなかったが、次の日にシグールがこっぴどくテッドに叱られていた。
しかも珍しく真顔で。
「ラウロはすっげー下戸だから飲ませるなってテッドが言ってた」
「そうか」
トビアスはあっさりと引き下がる。
「ならどうする? 割る用に水とかは用意してるけど」
「……水でいい」
酒を飲むつもりもないが、なんとなくこの二人で飲ませておいて一人だけ自室に戻るのは仲間はずれのようで気に喰わない。
憮然とした顔で言い切ったラウロに、リーヤとトビアスは顔を見合わせて笑った。
「かんぱーい」
チン、と軽い音がする。
トビアスが用意した酒瓶は十二本あって、聞けば「試飲うまかったし、ダースのが安かったから」と軽い返答が戻ってきた。
「そんなに飲みきれるのか」
「別に今日で全部飲まなくてもいいしさー。ササライさんが気に入れば渡してもいいし」
今日は帰ってこない家主の名前をトビアスはあげる。
しかし、そもそもササライが泊りがけの仕事で不在の時を選んで酒を持ち出したのは、多少ハメを外そうという魂胆もあるのだろう。
「あ、うまー」
「だっろー」
くぴくぴくぴーっと簡単にグラスを干して言うリーヤに、トビアスは上機嫌だ。
二人があまりに美味しそうに飲むので、ラウロもグラスを借りて一舐めしてはみたが、どうしても口の中に残る独特の苦味が好きになれなかった。
「好き好きは人によるしなぁ」
「無理して飲まなくってもいーんじゃね?」
「酒が飲めなくても死にゃしねーって。ただ、酔っ払い独特のテンションについていけなくてつまらねーかもしれねぇけどさ」
「……そういうものか」
「そーいうもんさ」
トビアスの言葉は、それから一時間もしない内に理解できた。
大人しく二人で飲んでいるのを見ていたのだが、だんだんとリーヤの様子がおかしくなってきたのだ。
「へへへへへへへへへ」
「リーヤ、夜中だから静かに」
「んー? わーかってるってーぇへへへへへ」
楽しそうに笑っているリーヤは、しかし何を理由に笑っているのかいまいち理解できなかった。
両手でグラスを持って、ひたすらけらけらと笑っている。
「リーヤは笑い上戸かー」
そう言うトビアスは、顔は少し赤いが、目の焦点もしっかりしているし、それほど酔ってはいないようだった。意外に強いらしい。
「研究室のじーさん達と結構前から飲んでたからなぁ」
「そうなのか」
「飲み会とか結構あって。それなりに飲めたから、面白がってどんどん注がれてさぁ」
「研究室というと、グリンヒルの頃からか?」
「はは、一応内緒な」
ニューリーフ学園に在学中、学園内での飲酒は一応禁止されていた。
黙認されていた部分もあるが、教授連中が率先して生徒に飲ませるのはアウトだろう。
「へへへへー」
「リーヤ、危ない」
二人の会話の間も一人で笑い転げていたリーヤは、こてんといきなり横になった。
床に置きっぱなしだった瓶が何本か倒れそうになって、ラウロは慌てて瓶を押さえる。
その膝に、尻尾のついた丸いものが乗った。
手に持っていたグラスが空だったからいいものの、入っていたら床と膝が酒浸しになるところだ。
……ついさっきまで、自分で注いだ酒がなみなみと入っていたはずだったが、それはもう胃に入ったのか。
落としかねないとグラスを取り上げて後ろに置く間に腰をホールドされて動けなくなった。
リーヤは猫のように顔を腹にすり寄せてくる。
「リーヤ」
「んー……あははー」
「笑い上戸に加えて甘え上戸か」
けらけらと笑ってトビアスは手酌する。
トビアスの後ろにも、リーヤの周りにある数と同じくらいの酒瓶があるのだが、こちらはまだまだ平気そうだ。
「こんなんだと、シグールさん達と飲む時になったら大変そうだな」
「からかわれるのは必至だろうな」
「たしかに」
少し笑って、つまみとして用意されていたナッツを手に取る。リーヤがくっついているので取りにくい。
それを見て取ってトビアスが皿ごと寄せてくれた。
「リーヤ、動きにくい」
「ふへー」
「…………」
リーヤの頭をぺしんと軽く叩いてみても変な笑い声をあげるだけだったので、ラウロはもう諦めた。