<研究者魂2>





試験も終了し、ラウロは机に上半身を投げて、のでーっとしていた。
彼にしてはとても珍しい事なのだが、こうならざるをえなかった。
うっかり選択する科目をミスったせいで、難度の高い筆記試験が重なってしまったのだ。

「ラウロお疲れ〜」
リーヤの声も少しだけ小さい。疲れているラウロを気遣っているのだろう。
「俺もトビアスももう終わってるからさー、町行って美味いもんでも食おうぜー」
「ああ……」
「そーいやー今回もトビアス攻めたらしいぜー。二徹だってー」
「ああ……」
「トビアス彼女できたってー」
「ああ……」
「結婚するってー」
「ああ……」
「……ラウロ、寝る?」
「ああ」
そこだけはきっぱり返事をすると、ラウロは机からずるずると動いてベッドに横たわる。

こりゃだめだと言いたげに肩を竦めて、リーヤはラウロが先程まで座っていた椅子に腰かけ、足を前後に揺らした。
「トビアスと町行くけど、ほしいもんある?」
「…………」
「寝ちゃったかぁ」
そっとしといてあげるかなー、とリーヤは立ち上がる。

そーっとそーっとと呟きながら扉を開け……ようとした瞬間、勢いよく内側に開いた扉がリーヤの顔面を直撃した。
声もなくリーヤは顔を押さえて蹲る。

「リーヤ! ラウロ!!」
「〜〜〜っ! ってーよトビアス!」
「あ、悪ぃ」
「それにラウロ寝てっから! すっげー疲れてたから休ませてあげよーって」
「面倒な問題解いてて気付いたんだ。あの転移術の問題点はさ」
「ラウロ寝てっからね!?」
「真の紋章、それも風じゃなきゃ転移はできないらしーじゃんか。でさー、考えたんだ。これ見てくれ」
ぴらっと目の前に出された紙には、問題がびっしりと書いてある。
思わず半目になってリーヤはトビアスを見上げた。
「トビアス……これ、試験問題じゃね?」
「試験中に思いついたからメモ用紙がそれしかなくてな」
「試験は……?」
「で、要は属性と出力の問題なわけだろ」
余程興奮しているのか、リーヤの言葉が全く耳に入っていない。
こうなったトビアスは止まらない。
目を輝かせて、身振りも交えながらどんどん続ける。

「属性はもうしょうがねぇと思う。で、風の紋章の上位の旋風の紋章なんだけどさ、どんなに質のいいやつでも出力が全然足りねーんだ」
「あの、トビアス、ラウロ寝てっから……」
なんとかトビアスを部屋の外に押し出そうとしたリーヤだったが、ぐいぐい押しても彼より上背のあるトビアスは動かない。
困り果てたリーヤの後ろから、声が聞こえた。
「起きてる。いいから続けろ」
上半身を起こしたラウロは、体を枕に凭れかけさせていた。
いつの間にやら起きたらしい。

「んでこないだぜんぜん違う分野の論文読んだの思い出してさ、紋章を直列にするって意味わかるか? 全然出力がちげーんだよ、もちろんそれなりの魔力ぶちこまねーといけないけどさ」
「それには幾つもの紋章がいるだろうが」
「んー、それはネックだなー。旋風の紋章を幾つも使う研究なんてあっかなー」
じゃなきゃ研究費用ぶん取れねーじゃんかととんでもない事を言い放って、トビアスはリーヤの手からひょいと問題用紙を取り上げ、ラウロに渡す。
「いけそうじゃん?」
「相当の魔力の持ち主と、相当数の旋風の紋章が要るが。それに……」
「え、問題あった!?」
「前々からの問題だが、かなり精密なコントロールが要求される。俺には無理だ」
トビアスの言葉を引き継ぎ、さらりと言ったラウロに、トビアスはうーんと首を傾げる。
「ルックさんに協力を頼めねーかなーと」
「ルックも無理じゃね? 出力は余裕でも、精度そこまであっかなー」
「げ、マジ? うーん……じゃあしょーがねーなぁ」
リーヤの言葉に残念そうにトビアスは溜息を吐く。
「ってゆーかトビアスさあ、これできる奴探すのが先じゃね? 理論ばっちしでも実現不可能じゃ意味ねーじゃん」
「あー……まあそーだなぁ」
ガリガリと頭を掻いたトビアスを追い詰めるようでちょっぴり心が痛んだリーヤだったが、研究の将来を考えると今の内に考えておくべき事だろう。
ふむ、とラウロはもう一度手元の紙に視線を通し、それをトビアスへ返した。
「旋風の紋章で、切裂き十発を五センチくらいの幅に全発命中……くらいの精度が必要だな。確かにルックにも無理そうだ」
「そっかー、じゃあしょーがねーな、俺がやるしかないか」
「え……トビアスできんの?」
まーな、と返してトビアスは紙を眺める。
「これくらいなら練習すればなんとかなっかなー。ただ、実際人を転移させるとなると、補助が必要そーだけど」
その研究もセットでやるかーと言いながらトビアスは紙に書かれた文字をなぞり、口の中でぶつぶつと呟きだす。

完全に研究へ意識が向いた事を悟って、リーヤはぽんとトビアスの肩を叩いた。
「トビアス……とりあえず飯いこーぜ」
「ん? あ、ああ」
そーだな、と言って顔を上げたトビアスだったが、すぐに視線が紙へと落ちる。
「…………」
トビアスの手からラウロは紙を奪う。そのまま自分のズボンのポケットに捻じ込んだ。
「ラウロ、それ」
「食べたら返す」
苦笑してトビアスは背中を伸ばした。
「わーった。じゃあ久しぶりに南の店に行くか」
「俺甘いもんが食いたいから西の喫茶店の方がいい!」
「おっけー、ラウロもそれでいいか?」
「ああ」
そうしていつものように三人でがやがや騒ぎながら、部屋を出てグリンヒルの町へと下りていった。