<遺跡探索〜デュナンで課外授業編〜>
ひゅうひゅうと風が吹く。
ぎらぎらと太陽が照りつける。
「いい天気だなー」
棒読みしたトビアスを、いい笑顔のリーヤが振り返った。
「早く行こーぜ!」
そう言うが早いか、たったと奥へ駆けていってしまう。
おざなりにある門と、そこでのんびり煙草をふかしている門番は本当にこの陽光を堪能しているようだった。
「なんでこんなことに……」
げっそりした顔で呟いたラウロは、日除けのための薄い布を頭に被っている。
もちろん帽子という存在は知っているが、それはさっき水辺で遊んでいたリーヤのせいで水に落ちた。
「入っていいってー!」
入場申請を終えたリーヤが嬉しそうに言う。
腰の短剣を確認して、トビアスはコキと肩を回した。
「んじゃ、行くかなー、ラウロ」
ラウロも溜息を吐くと、腰の双剣をカチャリと鳴らして、まだ少し濡れている帽子を被る。
「ああ」
二人は入口近くに記念碑のように置かれた石に、たいして丁寧でもない字で刻まれている文字をもう一度見る。
あまりにおざなりというか適当なその文章は、一応警告文だった。
『モンスターでます。よいこははいっちゃいけません』
子供向けの警告文だ。その程度の場所らしい。
一応警告文を見て余計に入りたがる子供や、たいした護身術を持っていない人が入ってこないようにと門番が常駐しているようではあったが、転寝したりしているあたり本当に適当な番人だ。
「油断するなよトビアス」
一歩足を踏み入れたラウロが、抑えた声で言う。
「へ? 危険なのかやっぱ」
「ああ。特に研究価値もないんで放置されているが、ここのモンスターは結構強い」
言いながらラウロは早速剣を抜く。勝手に走って行ったリーヤの目の前に、ひょいっとモンスターが出現していた。
「なら、なんであんなおざなりな警告文と門番だけ?」
トビアスも短剣を手の中に収める。
二人が会話を続け、足を速めないのは、リーヤが単独でふらりと出てきたモンスターを一方的にボコったからだ。
モンスターは哀れにもあっという間に塵化したので、手助けは必要なかった。
「普通の研究者はこんなところには来ないし」
「し?」
「……セノがまだ王様になる前にジョウイとここに来たことがあるらしいんだが、「こんなに弱いなら適当な警告文でも平気だよね」と」
「……英雄クオリティで言われてもなー」
たははと苦笑いして、トビアスは頭を掻いた。
三人が「課外授業」として来ているのは、デュナンにある遺跡のひとつだった。
特に際立った由来もないこの遺跡は、ひっそりとここに佇み、堂々と風化し続けている。
「あそこの壁とか、今にも崩れそうだぜー……」
トビアスが指差した壁は、一応石でできているようなのだが、ぼっろぼろである。
というかツタだのなんだのが絡みついていて、人工物全体が非常に緑化された空間になってしまっていた。
「トビアスー! ラウロー! はーやーくー!」
嬉しそうなリーヤの声に、ラウロが苦い顔で首を横に振った。諦めたらしい。
「しかたない。行くぞトビアス」
「へいへい」
二人で早足に歩いてリーヤに追いつく。
すでに一運動した彼は頬を上気させ、楽しげに奥の方を指した。
「あっちいこーぜ!」
「こら、一人で行くな。複数に囲まれたらさすがに危ない」
「へーい」
ラウロの制止に振り返ったリーヤは、まだ構えていた剣を器用にくるりと回し、鞘に納める。
「じゃあ早くいこーぜ!」
「わかったわかったって」
楽しくてしょうがない、といわんばかりのリーヤに、トビアスも笑って歩き出す。
短剣をしまいながら数歩歩いていくと、青い瞳と緑の瞳が向けられた。
「お前は俺達の後ろに隠れていればいいからな」
「そーだぜー! トビアスは俺達の後ろなー!」
「はいはい。頼みますよ前衛二名」
肩を竦めて、トビアスは荷物の中に突っ込んでおいたもうひとつの武器を取り出した。
「ぶっちゃけ俺はちょいと不安だからなー」
ひょい、と肩にかけられたのは、軽い木でできた弓と矢筒だった。
「トビアス、鳥でた、鳥っ!」
「へいへい」
すでに新たなモンスターに遭遇していた二人に呼ばれて、トビアスは笑いながら弓をつがえた。
ずんずん奥へ進んでいく。途中あった幾つかの謎な仕掛けはリーヤとラウロがてきぱきと解除していく。
そしてトビアスは本当に大人しく二人の後をついていくだけだった。
これで単位がもらえるならば、なんとも楽な課外だ。
まあそれで済むとはさらさら思ってなかったが。
「なんか、陽ぃ傾いてきてねー?」
空を見上げてリーヤが呟く。彼の言うとおり、空はほのかにオレンジがかかってきていた。日暮れが近づいているのだろう。
「陽が暮れきったら面倒だな。どうする?」
そう言いながらラウロはすり抜けの札を取り出す。彼としてはここで帰る事を推奨しているのだ。
もちろんそんな推奨に耳を貸すリーヤではないのだが。
「俺は続行したい! だってさー、こんなに深くまで来たんだぜ!?」
「俺はもちろん引き返したい。陽が落ちたらどんな凶悪なモンスターが出てくるかわからん」
「そんなのいねーって!」
「セノがここに立ち入ったのは二百年前で、しかも昼間だけだろうが!」
言い争う二人は、ぴたりと口論を止めてトビアスを振り返った。
「「トビアス」」
「はいはい」
自分に決めろと言っている二組の視線に肩を竦め、トビアスは空を仰いだ。
空にはまだ青が残っているが、すぐに暮れるだろう。
この地域は夜はそれなりに冷え込むが、この季節ならば凍えるという事はあるまい。
午前中には遺跡の中に入っているから、かれこれ半日歩き詰めでここまで来た事になる。
ここで引き返すというのは確かにちょっとばかり癪でなくもない。
「う〜ん……」
「トビアス、課外で怪我なんてしゃれにならない。帰ろう」
「え、や、やだ! トビアス、もっと先行くよな! だって一度引き返したらまたここまで歩いてくるんだぜ!?」
「路はわかっているし仕掛けも解除できてるだろうが」
「仕掛けはなんかしらねーけど、外に出ると元にもどっちまうの! だから同じこと繰り返さなきゃいけねーの! 俺そんなのヤだぁ!」
叫んだリーヤがトビアスの手を掴んで引っ張る。
「なー、行こうぜトビアス」
傾きかけたトビアスを、ラウロは掴んで引き戻す。
「帰るぞトビアス」
「う〜ん」
両腕を引っ張られながらしばらく唸ったトビアスは、うんと頷いて手を打った。
「よし、こうしよーぜ。とりあえず奥に歩く」
「トビアス!」
「トビアスッ!」
「まあまあ落ち着け。野宿すんなら水がないといけないだろ。だから、飲み水のあるところを見つけられたら、野宿。陽が暮れるまでに見つからなかったら、すり抜けの札で帰る。これでどうだ?」
言われてリーヤもラウロもこくりと頷く。
どうせ水場が見つかったらラウロが、見つからなかったらリーヤが、それぞれ煩く言うのは分かりきった事だが、その場しのぎにはなる。
「早く探そーぜトビアス!」
「へいへい」
「ラウロもー!」
「わかったわかった……そんなに都合よく見つかるわけがないだろうが」
ラウロが折れる形で、三人は奥を目指し続ける。
だがその歩みは今までとは違い、静かだ。
テクテクテクと先を歩くリーヤと、左右を見ながら歩くラウロは口を利かない。
疲れているのか、それとも先程の言い争いが尾を引いているのか。
そんな二人を交互に見ていたトビアスは、困ったような顔で肩を竦めたが、それ以上何かを言うわけではなかった。
「――音が聞こえる!」
叫んだリーヤが突然走り出した。
ラウロの制止の言葉も聞かず、目の前に現れたモンスターは適当に蹴り飛ばして、なお走っていく。
「待て、リーヤ! ……くそ。走れるかトビアス」
「大丈夫だって。元気だなぁ、あいつは」
去っていったリーヤを見てトビアスは目尻を下げ、「よっこらせ」と言いながら矢筒を肩にかけなおす。
ラウロも荷物を肩に担ぎ直して、二人は小走りに進み出した。
「ちょっと意外だったな」
「なにがだ」
「ラウロが引き返すって言い出すからさー。てっきりリーヤと一緒に奥に行きたいって言うかと思ってなー」
「…………」
リーヤの耳は正しく、結局水場は見つかった。
そこで簡単な夕食を作って食べた。リーヤの料理は大味なので、これはラウロとトビアスの役割だ。
そして。
パチパチと音を立てて燃える炎の横で、荷物を抱えてこっくりこっくりトビアスは舟をこいでいる。
「やっぱ疲れてんのかなー……」
時々鼻から滑り落ちそうになる眼鏡にヒヤヒヤしながら、リーヤはトビアスの顔を覗き込む。
「だから戻ろうと言ったんだ」
「う」
膝を抱えてリーヤは眉を下げる。気付いていなかったらしい。
「だって……トビアス、疲れたって言わねーし……」
「トビアスが言うわけないだろうが。だいたい、剣術も体術もほとんどやってないんだ、俺達と基礎体力が違う」
「俺、年下だけど平気だぜー?」
「お前とだけは一緒にするな」
きっぱりと言い切られ、リーヤは困ったような顔をする。
「トビアス……怒ってねーよな?」
心配そうにラウロに何度も尋ねる。ラウロは近くにあった木の枝を炎の中に投げ入れて答えた。
「まあ、大丈夫だろ」
「だ、だよなー」
ほっとした様子のリーヤに、「悪いと思ったら明日はもうちょっと気を遣えよ」とラウロは呆れる。
もちろんリーヤは意味が分からなくて首を傾げるのだが。
「なにが?」
「……進むの速いし、飛んでる敵は全部トビアスに任せてただろうが」
「だって、トビアス弓だし」
「あのな、お前の速度に合わせて戦闘するのは至難の技なんだ……いいか、トビアスは、本当は課外授業の単位はいらないんだぞ」
「え、そーなの!?」
驚いたリーヤの様子に、知らなかったのかとラウロは眉を寄せた。
「教員免許取得のための下級生指導で代用できるんだ。なのに俺達の課外授業に去年も付き合ってくれただろうが」
「うん……」
「なのにお前は無茶ばっかりするし。今晩はベッドで寝かせてやりたかったってのに」
「ごめん……」
「だから明日はちゃんとトビアスに気を遣え。前衛じゃないんだからな」
「うん、ごめん。気をつける」
こくりと頷いたリーヤは、膝を抱えたままころんと転がってラウロの肩に頭を乗せる。
三歳という年齢差分だけの体格差があるので、リーヤの体重をかけられてもラウロの体が動く事はない。
「なーラウロ」
「なんだ」
「……ラウロはさー、十八になったらどーすんだー?」
「さあ。まだ決めてない」
「俺さー、別にさー、最後までグリンヒルにいよーとか思わねーからさー」
少し頭を動かして、額を擦りつけてリーヤは言った。
「だからさー、どっか行くなら俺も連れてってー?」
「……断わる。その年になったら自分でなんとかしろ」
「えー」
冷てーの、と口を尖らせてリーヤは笑った。