<親子の対面>





ニューリーフ学園に行っている次男から手紙が届いた。
この間の長期休暇で顔を見せられなかったから、という律儀な出だしの文章に苦笑する。
しかし、そうでもなければ筆不精の子供は手紙など書かないだろう。

とりあえず元気にやってます、勉強も楽しいよ、と簡潔に書かれただけのいつも通りの文面の終わりがけに、面白い友人が二人できたと付け足されていて、ユルバンは珍しさにもう一度その文を読み返した。
友達ができたとは書くものの、個人の名前など書いてきた事のない子供が初めて手紙にしたためた名前。
余程気の合う友達ができたのかと、思わず頬が緩んだ。

その上機嫌が仕事にも表れてしまっていたらしく、仕事の小休止の時に王佐に突っ込まれた。
「なにかいいことでもあったのかい?」
「……そう見えますでしょうか?」
「いつもより眉間の皺が緩いからね」
自分の眉間を指で軽く押して王佐は笑う。
王も同じ事を感じていたようで、にこにこと笑顔でお茶請けの饅頭を割りながら口を開いた。
「ユルバンがにこにこ笑ってるのは珍しいよね」
「笑ってましたか」
「まぁ、笑顔ってわけではなかったよ。表情が柔らかい程度かな」
まだまだ顔が固いからねえと付け足す王佐に、ユルバンは曖昧な相槌を打つ。

デュナン王国の宰相になってからまだ五年程しか経っていないので、毎日顔を突き合わせて仕事しているとはいえ、この空気に慣れていないのは確かだ。
王であるセノと、王佐のジョウイ。
二百年以上前にデュナン王国を打ち立てた英雄とその親友として歴史書に名前を残すほどの有名人が実は生きていて今も政権を握っているなどと知ったのは数年前だった。
当時の宰相に目をかけられて、次の宰相になるのは確実だろうと周りにも言われ始めた頃、突然宰相に連れられて王の執務室で顔合わせをさせられたのが初対面だ。
前任者がユルバンをとっとと宰相に就かせてとっととトンズラしたかったのだと知ったのは、彼がその直後にユルバンに跡目を譲ると宣言して電撃引退をした時だった。
あの時はマジメにどうしてやろうかと思った。今も少し思っていたりする。

「なにかいいことがあったなら教えてよー」
机の上に体を乗り出して言う王に、自然とユルバンの眉が下がる。
「いえ、個人的なことですから……」
「僕も知りたいなあ。言いたくないなら無理にとは言わないけど」
「いや、本当に大したことではないのですが」
「いいからいいから」
笑顔を振りまいて先を促す王に、息を吐いてユルバンは次男から届いた手紙の話をした。
単に息子に仲のいい友達ができたのだという事が分かって嬉しかったのだという、話してしまうとなんとも親バカな内容なのだが。
「ユルバンの息子かぁ……いるとは聞いていたけど、詳しく聞いたことはなかったね。次男ってことは、二人兄弟?」
「いえ、四人です。上が男の双子で、それから娘が二人いるのですが……」
「双子かぁ。そっくり?」
「いえ、あまり似ていませんね……片方はどちらかといえば大人しい方で、もう一人は自分でニューリーフ学園に行きたいと言ったくらいですから」
「ユルバンに似てる?」
「いえ、どちらかというと母親に……」
「見てみたいなあっ」
目を輝かせて言う王に、思った以上に話題に食いついてこられたユルバンは内心驚いていた。
最近仕事ばかりで娯楽性に長けた出来事がなかったから退屈していたのかもしれない。
外見相応で扱うと失礼だと思って接してきたのだが、そういえば前任の宰相が、精神年齢と外見年齢はあまり違わないと言っていたのを今更に思い出した。
「でもニューリーフ学園にいるってことは、長期休暇にならないと会えないんだよね」
「まぁ……そうですね。あまりトビアスは家に戻ってこないのに、私がニューリーフ学園へ行くこともできないので、それこそ年に数回しか。その上筆不精なので、向こうでどう過ごしているのかさっぱりわからなくて。それで今回、つい喜んでしまいました」
「そうだねー、嬉しいよね」
 王の言葉に、ユルバンは浮かんだ笑みのまま頷く。
「ええ、どうやら仲のいい友人ができたようでなによりです。リーヤ君とラウロ君というらしいのですが」
「…………」
「…………」
「……へえ」
「リーヤクントラウロクン、カア」
それぞれ微妙な表情をして微妙に視線を動かす。

ユルバンは他人の家族の話をされて困ったのだろうと、照れ半分で顔の前で手を振った。
「ええ。ああ、親バカな話をして申しわけありません」
「いやいや、子供を大切に思うのはいいことだよ」
「そうそう」
にこにこと書類を整えながら、ふと何かを思いついたように王佐が言った。
「そうだユルバン。今度、時間取れるかな」
「と、おっしゃられますと」
「知り合いで、今度たまにはご飯でも食べようかって話になってたんだけど、よかったらユルバンもどうかなって」
「……そのような席に私がご一緒しても?」
「もちろん」
「ジョウイ?」
「ほらセノ、この間シグールが言ってたじゃない」
「この間……あ、あーあーあーあー!!」
含むような物言いをする王佐に、王は何かを思い出したように唐突に叫んだ。
そしてユルバンを見て、楽しそうな笑みを浮かべて言い切った。
「うん、ユルバンもぜひ! っていうか絶対!」
「で、ではお言葉に甘えまして……」
ここまで言われて断わる事などできるわけがなく、笑顔の二人に一体何が楽しいのだろうかと疑問に思いながらも承諾した。





その日のリーヤとラウロは上機嫌だった。
なんでも知り合いとの食事会に呼ばれているらしい。
「あれ、トビアス。なんでぼーっとしてんだ?」
「外泊届けは出したのか? もう迎えが来るぞ」
「……は?」
外泊用らしい小さな鞄を持った二人が、トビアスを見て不思議そうに言った。
それにぽかんとしていると、ラウロが溜息を吐いてリーヤの頭を軽く小突く。
「おまえ、トビアスに言ってなかったのか」
「だってラウロが言うかなって」
「自分で言うと言ってたじゃないか」
「え、なに、俺も行く予定だったの?」
「だったの」
にぱっと笑って頷くリーヤに、トビアスは笑うしかない。
二人の知り合いという事は、以前の休みに会った彼らの誰か……か全員なのだろうが、まだ一度しか面識のない自分までついて行ってどうするのか。

その疑問が顔に表れていたのか、ラウロが外泊届けの紙を用意しながら言った。
「この間会えなかった人達もいるんだ。ついでに今回は面白いことになる」
「……は、あ?」
「今回はトビアスを連れて行くと事前にリーヤが向こうに言ってしまっていてな。まあ諦めろ」
「なんでお前そんな楽しそうなの」
「あんな思いをしたのが俺一人だけだというのは釈然としないからな。これで今度こそトビアスも道連れだ」
にやり、とどこか底のある笑みを見せられて、なんとなく嫌な予感がした。
話を事前に聞いていなかったのだし、行かないと突っぱねる事もできるはずなのに、二人は断わられない事を前提に話を進めている。というか断われる流れじゃない。
歌い出しそうなまでに上機嫌なリーヤに断わる気力もなくなって、トビアスはラウロから外泊届けを受け取った。

「あ、やべっ! ルックもうきてんじゃん」
門の外側に人影を見つけて、リーヤがだっと駆けていく。
振り向いた姿は相変わらず美人だ。
「遅いよ」
「悪い。リーヤがトビアスに言うのを忘れていて、支度に手間取った」
「またお世話になります」
「もう皆待ってるから行くよ」
「トビアス、手」
片方をルックと握ったままのリーヤが、反対側の手を差し伸べてくる。
その手を掴むと、まだ数回しか経験のない、しかし一度経験したら忘れないような感覚に襲われて、あたりの景色が歪む。
そして気付けば屋内にいた。やっぱり便利だ転移術。
「…………」
この間のマクドールの屋敷ではなさそうだときょろきょろと室内を見回し、壁にかかっている旗を見てトビアスは軽く固まった。

暖炉上の壁にかけられているのは国のシンボルを縫い留めた旗だ。
トビアスの実家にもこれと似たようなものがあるが、これを家に飾っていいのは、宰相とか一定の役職以上に就いている者の家だけだったような。
「……リーヤ、ラウロ、ちょい説明を求む」
「半分くらいは察してると思うが、デュナンの王宮だな」
「…………」
トビアスは無言でラウロを見た。が、ラウロは何が楽しいのか薄い笑みを浮かべながら見ているだけだ。
「……リーヤ、今日の会食って、誰となんだ?」
「ん? 俺の知り合い」
「リーヤ、知り合いの中にデュナンの偉い人がいるのか」
「セノが王様でジョウイが王佐だけど」
「……あ、そ」
「なんだ、思ったより驚かないね」
つまらなさそうにルックが言う。
内心は驚いているんですが表面に出ないだけです。
ラウロが何も教えようとしなかったのは、これを見せて驚かせようと思ったからなのか。心なしか不満そうだ。
「ああ、おかえりルック。三人ともよく来たね」
かちゃりと扉を開けて顔を覗かせたのは、金色の髪を後ろで束ねた青年だった。
白い服の胸元に旗と同じ紋章を見つけてトビアスは居住まいを正す。
「君がトビアス? いつも父君にはお世話になっています。王佐のジョウイです」
「いつも父がお世話になっております……」
「なんだ、ずいぶんと反応が普通だ。リーヤ、ラウロ、先に教えちゃったの?」
「なんも言ってねーよ」
「ラウロの時はすごく驚いてたのにね」
「…………」
憮然とした表情のラウロにくすくすと笑って、ジョウイは扉を大きく開ける。
どうやら転移した先の部屋から食事を摂る部屋にそのまま通じていたようで、すでにテーブルには色々な料理が取り揃えられていた。
席に座っていたのはリーヤの知人達と、それからトビアスにとって、とてもよく見慣れた男性だった。
何が起こっているのかと呆然としている父親に、どうしようかとしばらく考えてから、トビアスは笑って言っておく事にした。
「お久しぶりです父さん。前手紙で書いたと思うんだけど、俺の友人で、こっちがリーヤでこっちがラウロです」