<綺麗>





グリンヒルの街中を、リーヤは一人、特に目的もなくふらついていた。
ラウロは最近新しく取った授業の関係で、休日なのに補習講座を受けている。

部屋に一人でいると時間が経つのが酷く遅く感じて、町に降りてきたまではいいが、特に買いたい物もなければ用事もない。
休日はラウロと一緒に過ごす事が当たり前のようになっていたから、こうして一人でいるのはつまらない。
隣がすかすかしている気がして、リーヤは口を尖らせると呟いた。

「ひ、まー」
古本屋はもうかなりの時間立ち読みをしたし、紋章屋もさっき覗いて無駄話をしてきたし。
特に不足している雑貨もないし、特にお腹も減っていないし。
やっぱり学園に戻って、図書室で本でも読んでいようか。
せっかくのいい天気だからと思って外に出たけれど、最初からその方が時間を忘れられてよかったかもしれない。

大きく息を吐いて、リーヤは学園へ戻ろうと踵を返し ――角にある小さな店が目に入った。
「わー……」
ステンドグラス製の看板が、陽光を透かしてきらきらと光っている。
惹かれて中に入ってみると、中は所狭しと雑貨が積まれた、こじんまりとした店だった。
町にはよく出てくるが、こんなところにこんな店があったなんて今まで気付かなかった。
看板部分から透け入る光が室内にうっすらと色をつけて、不思議な空間ができている。
「いらっしゃい」
奥から声だけが投げられる。

他に客のいない店内で、古めかしい棚の上に並べられた品物を、一つずつリーヤは見ていく。
大きな鳥の羽を使った羽ペン、古ぼけてほとんど読めない謎の地図、人の頭より大きいガラスの玉……どれも奇妙で不思議な物ばかりだが、この店の雰囲気に合っている気がした。
手に取ると壊してしまいそうで、ぐっと顔を近づけて見るだけにしていたら、後ろから声がした。
店内に入った時にかけられた声と同じものだ。

「どうぞ、手にとってやってくださいな」
「え、いーの?」
「ええ」
微笑んだ老婆は棚の横の椅子に腰を下ろす。
リーヤは礼を言って、落とさないように注意しながら、目に付いた物を持ち上げては、上から見たり下から見たり、手触りを楽しんだりしつつ棚を一つずつ制覇していった。
塔やシグールの屋敷にも色々と不思議な物が置いてあるが、そこでも見た事のない物がこの店には沢山あった。
中には何のために使うのか不明な物もある。
老婆に色々と尋ねながら店内を歩き回っていたリーヤは、奥の棚にそれを見つけた。
射し込む光にほのかに光るそれを、手を伸ばしてそっと掴み取る。

「……うわぁ」
リーヤは感嘆の声を漏らす。
それは何かの結晶だった。
水晶のようだが、綺麗な水色に色付いている。
面によって違う大きさでカットされている結晶は、角度を変えるときらきらと手の中で光る。

じっと見つめているリーヤに、老婆が「気に入ったのかい」と教えてくれた。
「それは天国の石と言うのよ」
「天国の、石……」
「綺麗でしょう」
「……うん」
この、空を淡くしたような色は、天国の色なのだろうか。
くるりとまたひとつ手の中で石を回しながら、リーヤはふっとその色からラウロを連想した。
銀の髪と深い青い眼をしているけれど、リーヤの中の彼のイメージは透き通った綺麗な蒼だ。
この石のような、きらきら光る綺麗な蒼。
「きれー……」
ラウロも、こんな風に綺麗だ。
これを見せたら、なんて言うだろう。笑ってくれるだろうか。綺麗だなと、言ってくれるだろうか。
そう思ってほしい、自分がそう思ったから。
「ばーちゃん、これ、いくら?」
「おや、それに決まりかい?」
「うん、ひとめぼれー」
「まあまあ」
手に掴んだ結晶を差し出して言ったリーヤに、老婆は和やかに微笑んだ。
   
補習を終えて自室に戻っていたラウロのところに、リーヤは走って飛び込んだ。
人の部屋に入る時はノックくらいしろと言うのも言い飽きてきたのか、最近はあまり煩く言われなくなった。
「ラウロ、ただいまー!」
「町に行ってたのか?」
「おう!」
「一人でか、珍しいな」
首を傾けて言われ、リーヤは後ろ手に持った石をぎゅっと握りしめる。
「あのな、ラウロ」
「なんだ?」
「これ、見て」
薄く柔らかな布に包んでもらったそれを、机の上に置く。
包みをふわりと解いて現れた石を見て、ラウロの眉が僅かに動いた。
「珍しいものを買ってきたな。天国の石か」
「知ってんの?」
「名前だけは。見たのは初めてだ――綺麗だな」
ふわりと笑ったラウロに、リーヤはうんっと強く頷く。
「だろ? ラウロみてーにきれーだろ?」
「は?」
何を言うんだという目で見られても、リーヤは気にせずに続けた。
「俺、ラウロの髪も目の色も好きだけど、ラウロの色はこれだなーって思うんだ」
手を伸ばしてしまうような、いつまでも見ていたい色。
陽に光るのが一番綺麗な色。
あの店で初めて石を見た時に感じた事をそのまま伝えて、リーヤは笑う。
「だから買ってきた!」
「……そ、そうか」
戸惑うような表情をして、ふいと顔を逸らしたラウロに、リーヤは慌てた。
「ラウロ?」
「あ、いや、別に……」
顔半分を隠すように手を当てて、ラウロは小さく呟く。
「……恥ずかしい奴」
「なにが?」
「お前が」
「なんで?」
「……そうくるか」
もういい、と首を振るラウロに、リーヤは「よくなーい」と抗議して、座っている彼の後ろから抱きついた。
少し前のめりになるラウロの首に腕を回して、肩越しに石を眺める。石は机の上できらきらと光っている。

「ラーウロ♪」
「……なんだ」
「きれーだよなっ」
そう言えば、わしわしと頭を撫でられた。
「まあ、綺麗だな、石は」
「ラウロもきれー」
「……だから、そういうことは大声で言うなって」
恥ずかしいだろうと文句を言われて、リーヤはんなことねーもんと噛みつく。
だって石もラウロも綺麗だと思うのだ。それを素直に言って何が悪いのか。
凄いと思えばそう言いたいし、綺麗だと思うからそう言っているだけなのに。
「だいたい、俺のなにがどうすると綺麗になるんだ」
「…………」
問われて、リーヤはどう言えばいいか考え込んだ。
ただ、印象でなんとなくそう思うだけなのだけど。それだけ言っても、きっと納得してもらえないだろうし。 
「髪の色とかー、目の色とか、好き」
でもきっと、ラウロの髪の色や目の色が違っても、きっと透明で綺麗だと思うだろう。
どんな色をしていたって、きっとラウロなら好きだから。
「けどやっぱ、俺の話聞いて、一緒にいてくれるところが、好き」
「いや、それ理由になってないし」
「あれ?」
いつの間にか自分の中で話題がすり変わっているのに気付いて、リーヤは首を傾げる。
ええと、綺麗だから好きで好きだから綺麗で。
「あ、わかった」
「なんだ」
「ラウロが好きだから綺麗だと思う!」
「……わかった、もう、いい」
がくりと項垂れたラウロは両手で顔を覆って呟く。
「ラウロ?」
「いや、もう、ホント、お前の常識の無さが変わっていなくて泣けるよ俺は……」
「泣いてんの!?」
慌てて首に巻きつけていた腕を離して、リーヤはラウロの顔を正面から見ようと回り込んだ。
でも泣いているようには見えなくて、顔を覆っている指の隙間から見える肌の色は、赤みがかかっている。

もしかして。

「ラウロ、照れてんの?」
「照れるわ! 臆面もなくあんなこと言われたら!」
がばっと顔を上げて怒鳴られ、リーヤは「なんで?」 と首を傾ける。
「あんなことって?」
「ああもう! お前の一言一言にまともに返した俺がバカだった。いいからもうその口閉じてろ」
頭ごなしに怒鳴られても、リーヤには理由がよく分からないので、大人しく従う理由はない。
だいたい、そんな変な事を言った覚えもないし、どうしてラウロが照れているのかも分からない。
「やーだ。理由いわねーと黙らねーもん」
「…………」
代わりに黙ったラウロが睨んでくるが、リーヤは気にせず机の上の石を手に取るとくるくると手の内で転がす。
「な、きれーだろ?」
「あのなリーヤ。男が綺麗って言われても、あまり嬉しくないんだ」
諦めたように頬杖をついたラウロに投遣りに言われ、リーヤは驚いた。
「え、ちげーの? だってクロスがよくルックに」
「あそこを基準にしないでくれ」
苦い顔でそう言われては、リーヤも少し反省せざるをえない。
綺麗なものは好きだから、褒め言葉だと思うのだけれども。
「でもー、俺はきれーだと思う時は言いてーんだけど」
「……じゃあ俺が、「綺麗だなリーヤ」とか言ったら嬉しいのか?」
「うん」
即答したリーヤに、ラウロは何を思ったのか、それきり無言で机に突っ伏した。