<夏の日の夜>





――それはこんな風に蒸し暑い日の出来事でした。
肝試しをしよう、と言い出したのは誰だったか、言うまでもないでしょう。
突拍子もない話でしたが、暑くて昼間ほとんど動いていなかったら僕らの体力はまだ余っていました。
それに、夏のイベントとして肝試しはうってつけのものでしょう。
結局のところ全員が参加する事になりました。

怖い話をして気分を盛り上げた僕らは森へと向かいました。
そこは薄気味悪い森でした。
普段人のあまり立ち入らない森は真っ暗で、細い道が頼りなく暗闇に向かって伸びていました。
僕らは二人一組になって、ランプひとつを頼りにして森を通り抜けるのです。
森には仕掛けられた罠が沢山ありました。
生温かい風が汗を浮かべた肌を撫でていきます。
嫌な予感を覚えながらも僕らはゆっくりと歩き始めました。
怖くないと自分に言い聞かせながら、森の中をゆっくりと、道を確かめながら歩きます。

案の上、森には卑劣な罠がそこかしこに仕掛けてありました。
そのどれもが心穏やかに話せるものではありません。
しかし本当の恐怖は別にあったのです――





「えーっと、本物が出たとか?」
「まぁ、シグールが立案している時点で普通の肝試しじゃないだろうな」
「的確なツッコミをどうもありがとう……」
その通りだよ、とジョウイは溜息を吐いて顔の下に置いていたランプをどけた。
暑いから何か背筋が寒くなるような話を聞かせろというから話してみたが、やはりと言うべきかこの程度では怖がらないか。
「で、結局どうなったのー?」
「セノは本物相手に普通に話すし、クロス達はゾンビに遭遇するわで散々だった」
「すげー」
「しかし、どうしてそんなに本物が出るんだ? たしかに森は普段人が入らない分そういった類のものが出てきやすいのかもしれないが」
首を傾げて言ったラウロに、よくぞ聞いてくれましたとジョウイは薄い笑みを浮かべた。
しょせん今の話は前座……それ以前の時間稼ぎでしかない。
二百年あまり昔の実体験だが、話を聞いただけで怖がるような子供じゃないのは百も承知だ。
ついでにこの二人は「あの」話をまだ知らない。

「ジョウイ、話終わった?」
「クロス、ちっとも怖くねーよ」
「そう言うと思った。それじゃあ二人とも、行こうか」
「どこに?」
「その森にだよ」
にこりと笑ってクロスはリーヤの手をとった。
なんとなく嫌な予感がしたラウロが辞退を申し出る前にジョウイの手が背中を押し、押し出されるようにラウロも連れて行かれる。
「やっほーぅ」
「来たね」
「準備はできてるぜ」
「……姿が見えないと思ったら」
森の前には全員が集合していた。リーヤもラウロもここまでこれば今から何が始まるか予想はついていた。
つまるところ二百年前に行った肝試しをもう一度やるというわけだ。
「また罠が仕掛けてあるんですか」
「うん、そう」
あっさり頷くシグールに、ラウロは溜息を吐く。
これで二百年以上生きているというのだから。
……精神年齢というものは肉体の成長が止まるとストップしてしまうものなのだろうか。

「本物出るかなー」
「二人とも霊感があれば見られるかもしれないね」
クロスが苦笑して、リーヤに棍を、ラウロに双剣を渡す。
「?」
「なにかあったらこれで叩きのめすんだよ」
「あとこれ、どうしても無理だと思ったら使いな」
更にルックから瞬きの札を手渡されて、リーヤとラウロは顔を見合わせた。
「俺らそんなに怖がるように見える?」
「それはこれから怖がってもらいます」
はいここに立ってねー、と入り口のところに立たされた二人の前にテッドがどこから持ちこんだのか小さな椅子を置いて座り、いい笑顔を向けた。
「出かける前に俺からひとつ怪談話だ」
「「?」」
首を傾げた二人にテッドは目を細くして話し始めた。
「まだここが赤月帝国だった時代の話だ。ある貴族がいた。彼は狩猟が大好きで――」


話が終わった後、二人が無事に森を通り抜けられたかは、二人の名誉のために伏せておく。