<やっぱり友は類を呼ぶ>





夏休みに入って早々知り合いの家の手伝いに駆り出される事になった二人が、トビアスが休みの間寮に残る事を知ると、一緒に行かないかと誘ってきた。
トビアスとしては特に予定もなかったし、実家には休みの終わり頃に少し顔を出せば十分だと思っていたので、二つ返事で了承した。
なにかにつけて不思議に思っていたリーヤの親類縁者に興味があったという事も否定できない。

「迎えはどこに来てるんだ?」
「町の外にいるってー」
「馬車かなにかで移動するのか?」
リーヤ達の知り合いの家がどこにあるのか聞いていなかったトビアスが尋ねる。
「馬車なんて使ったことねーけど」
「へ? じゃあいったいなにで」
「それは――」
「まあトビアス楽しみにしてろ」
リーヤの言葉を遮ってにやりと笑ったラウロは、リーヤの耳にこそりと話しかける。
「どうせだから黙っておいた方が楽しいだろう」
「……ラウロ、自分が驚いたの、まだ根に持ってんの?」
「…………」
微妙に図星を突かれてラウロはさっと視線を逸らした。
「なんだ、教えてくんねーの?」
「すぐにわかるって」
「そろそろルック来てるかも。暑い中であんま待たせっと、ルック不機嫌になるからさー」
「それはまずいな」
「機嫌悪いルックこえーもんなー」
言葉を交わしながらも、二人の歩調が早くなる。

迎えに来ているのはルックというらしい。
リーヤに「怖い」なんて言わせるとはどんな人間だろう、と少し面白そうに笑ったトビアスの前で、リーヤが目当ての人物を見つけたのか大きく手を振った。
そのままダッシュで人影目がけて駆けていく。
それほど良くないトビアスの視力でその人物の顔を視認できる距離に近づいた時には、すでにリーヤはひとしきり感動の再会を済ませたようだった。

「……へえ、あんたがトビアスか」
追いついたラウロとトビアスに視線が向けられる。
細められた目に、トビアスはうっと気圧された。
美人という表現が何よりも似合う顔だ。
今までに見てきた中でもおそらく一二を争うような。

「は、初めまして……トビアスです」
「リーヤがいつも世話になってるね」
「ああ、いえこちらこそ……」
この人がリーヤの親族なのか、と勝手に推測してみる。
トビアスは、リーヤの家族の話をあまり聞いた事がない。
以前、話の流れでトビアスの家族について軽い説明をした事はあるが、全般的にお互いの家族についての話をした記憶はない。
そもそも、トビアス自身あまり身内の話を好まないから当たり前か。
「お久しぶりです」
「また随分と背が伸びたんだね」
「ええ、まあ」
ラウロの返事に涼やかな声でルックは笑う。
さらりと揺れた薄茶色の髪と細められた翠目にうっかり見とれていたトビアスは、ぐいとラウロの首に手をかけて、耳元でぼそぼそと話しかけた。

「なあ、あの人リーヤのねーちゃんなの?」
「いや。育て親だ」
「……親? まじで? 俺達とほとんど年齢変わんないように見えるんだけど」
「それについてはおいおいわかる。ついでに言うと、ルックを女性呼ばわりすると殴られるぞ」
「……え?」
「ルックは男だ」
「…………」
「聞こえてるよそこの二人」
ジロリと睨みも利かされつつ鋭く指摘されてトビアスは背筋を正した。
なるほど、リーヤが怖がる気が分かった気がする。美人が怒ると怖い。
そして、リーヤやラウロが妙に面食いな理由も分かった。
こんな人を見ていたら、面食いにもなる。
それが男性であるとしても……男性としては非常に残念だと思う。
体の線も細いが、ひらひらとした裾の服を着てロッドを持っているのが、余計に華奢な印象を与えるのだろう。

ルックは軽く鼻を鳴らすと、リーヤとつないだままの手とは反対側をトビアスに突き出した。
「シグール達が待ってるから行くよ」
「えーっと、馬車とか馬とかは?」
ルックの服装を見るに、馬に乗ってきたような恰好ではない。
どこかに馬車が止めてあるのかもしれないが、そこまで連れて行かれるにしても、手をつないでもらうような歳ではない。
「トビアス、手を」
「はあ」
ラウロがルックの手を取って、反対側の手でトビアスの手を掴む。
ルックがそれを確認すると、ふっとトビアスは自分が浮くような感覚に陥った。
足下がぐにゃっと曲がったかと思うと、周りの空気が変わる。
視界が歪んで何だろうと瞬きを繰り返している間に、トビアスは自分が見覚えのない場所にいる事に気付いた。

さっきまで後ろにあったグリンヒルの街並みがすっかりなくなっていて、代わりに目の前にはどでかい屋敷がある。
ミューズの街中にあるトビアスの実家と比べても桁違いだ。
ニューリーフ学園よりもでかいんじゃないだろうか。

「……ええ、と?」
「お、きたきた」
「おかえりリーヤ。いらっしゃいラウロ。トビアス君には初めまして、だね」
門の横で待っていた青年二人が近寄ってくると、三人から荷物を受け取る。
灰茶の髪の方の青年に、リーヤが嬉しそうに飛びついた。
「クロスー!」
「また大きくなったね」
「ラウロもでかくなったなあ。そろそろ抜かれるか?」
「シグールはー?」
「あいつなら、今部屋で死んでる」
「……そんなに忙しーのか?」
「この間別邸で火事があってなあ」
「……なんとなく俺達の仕事がわかった気がする」
「察しがよくて助かるよ」
明るい茶髪の方の青年が、いい笑顔で親指を立てた。それからトビアスに快活な笑みを向けてくる。
「よく来たな」
「……どうも」
「思ったより動揺とかしてないね? てっきりラウロもリーヤもなにも説明してないと思ってたのに」
「説明はしてないぞ」
「動じないタイプか」
「……いや、一応驚いてはいます」
驚いているというか、事態に追いついていけてないというか。
リーヤとラウロがトビアスの実家の名前を知ってもそれほど驚きもしなければ態度も変えなかった本当の理由は、彼らが慣れていたからだった。
門に彫られている家紋は、その出自であるトラン以外でも多く見かけるマクドール家のものだ。
そしてこの規模と先程の会話からして、ここがその本邸なのだろう。
そりゃあ、一貴族ごときで驚かないわけだ。
それよりも、今の移動手段はもしかしてもしかすると。

「……ひとつ質問しても?」
「なんだ?」
「今の移動って、もしかして転移術ですか」
「そうだけど」
さらっと答えたのはルックで、てっきり驚いたものだと思っていたのに、トビアスは目を輝かせて声を張った。
「転移のメカニズム、完成してたんですか!?」
「いや、これは自前」
「自前って……研究とかしたわけじゃなくてですか」
「そう」
「そうなんですか……ってそれってどういう!?」
「……トビアスの驚きのポイントがわかんねー」
「むしろ、これだけテンションの落差の激しいトビアスを見たのが初めてだ」
「やっぱりお前らの友人だな」
からからと笑うテッドに、ラウロとリーヤは微妙な表情を浮かべて顔を見合わせた。

このままルックに詰め寄りそうなトビアスをひとまず引き摺って六人は屋敷へと入る。
荷物は玄関に控えていた召使に渡してそれぞれの部屋へと運んでもらう事にして、とりあえずシグールの仕事部屋へと向かう。
我に返ったトビアスは、少し気まずそうに頭を掻いてルックに謝っていた。
「すみませんでした、いきなり」
「別にいいよ」
「それにしても、転移は早々できるものじゃないはずですよね。研究が完成したなんて話も聞かないですし」
「それは紋章のせいだろうね」
薄い笑みを乗せてルックはトビアスを見る。
ほとんど変わらない背丈なのだが、なぜか見上げているような感覚に襲われた。

「リーヤの育て親がこんな若い外見なのも不可解なんでしょ。顔に書いてある」
「……まあ、そのへんの詮索はしないでおこうと思ってたんですけど」
「リーヤがここに連れてきた時点で、話してもいい相手だと思うけどね」
ちらり、と少し前を歩いているラウロが後ろを振り返った。
ルックと視線を合わせて、何か言いたげではあったがすぐに前を向いてしまう。
リーヤは先頭でクロスと楽しげに会話をしているので、こちらの話には耳を向けていないようだ。

「この家がどこかはわかってるよね」
「……マクドール家ですよね。トラン屈指の貿易家の」
「その当主の名前は知ってる?」
「シグール=マクドール。初代からずっと変わらない当主の名前に、代々襲名しているのだとか実はずっと同じ人物が当主をやっているんだとか、色々な噂がありますけど」
なんだか妙な話の流れになってきたと、トビアスは眼鏡のつるを押し上げる。回りくどい謎かけのようだ。

ルックが耳に髪をかけ直す。
そういえば、ルックもテッドもクロスも、夏だというのに手袋をしている。
どこかに出かけていたというわけでもないのに。
「その噂の真相も、僕がどうして転移ができるのかも、原因は同じものなんだよ」
察しのよさそうな坊やなら分かるだろう、と楽しげに微笑まれて、トビアスは引き攣った笑みを浮かべた。

同じ人物が何百年も生きられるわけがない。
なんの準備も研究もなしに転移術なんてできるわけがない。
常識から外れた、永遠ともいえる命の長さ。
膨大な魔力の容量。
これらに共通するものは、トビアスの知識の中にはひとつしか当てはまるものがなかった。

リーヤが家族について話したがらないのは、話すにしてはあまりにも特殊すぎる環境だったから。
それ以上に他言しないようにと言い含められていたのかもしれない。
確かに、そんなぽんぽんと話せるようなものではないだろう。

がりがりと頭を掻いて、天井を見上げる。
屋敷の規模が規模なだけあって、天井はとても遠かった。
長く息を吐き出して、トビアスは弾き出した結論を口にする。
「……本当に存在してたんですね、真の紋章って」
「あるところにはあるんだよ」
くつりと笑ってルックは足を速めた。いつの間にか先頭と随分と間隔が開いている。
慌ててトビアスもその後を追った。

リーヤ達に追いつくと、そこはもう目的の扉の前で。



ノックの返事も待たずにリーヤが開けた部屋の中には、二百年に渡ってシグール=マクドールの名前を持つ少年が待っていた。