<Your NAME>





ふわ、とリーヤは椅子の上で伸びをする。こきりと首を鳴らしてから、ひょいっと飛び降りた。
「終わったー」
「俺もだ」
机をリーヤに譲って、ベッドの上で本を読んでいたラウロも、いくつかのページに紙を挟みこんで立ち上がる。
「反省文で済むならさー、あんなに頑張る必要なかったよなー」
「……お前全然反省してないんだな」
先日の魔法の実習で、リーヤは的を見事に炎上させた。
ついでにその下にクレーターも作った。あと火の粉と言うにはちょっとばかりお転婆な炎が周囲を襲った。

「ったく、トビアスがいなきゃ先生まで黒こげだ」
部屋を出ながらラウロが言うと、俺悪くねーもんと口を尖らせる。
どう考えてもリーヤが悪いのだが。
「コントロールコントロールって、俺は無理なの! いーじゃん、盗賊捕まえんのに火力調整の必要とかねーもん!」
「あるだろう。お前そのうち「うっかり」で人殺すぞ」
「う」
「反省文で済むのも教授お気に入りのトビアスが指導を名乗り出てくれたからで、でなければ今週末はみっちり追試だ」
「うう」
反省文を書きなぐった紙で顔を隠しながら、俺悪くねーもんと往生際の悪いリーヤを軽くはたいてから、ラウロは目的の人物の部屋の扉をノックする。

「トビアス」
コンコン、ともう一度繰り返すが返事がない。
返事がない場合でも勝手に入っていいとは言われているので、おっじゃましっまーすと軽く挨拶してノブを捻った。
「トビアスー?」
いんのー? と入っていくが、案の定というかなんというか、トビアスはいなかった。
無人の部屋だか二人は容赦なく踏み込み、ついでに容赦なくリーヤは部屋の中を歩き回る。

「せっかく来たのにー」
早く外いきてー、と口を尖らせたリーヤは、そもそも反省文を食らったお前が悪いんだろう? というラウロの視線は無視して、反省文をバサリとトビアスの机の上に置く。
紙で起きた風によって、ふわりと机に乗っていたものが床に落ちた。
「う?」
拾い上げてもとの場所に戻そうとしてから、リーヤはことりと首をかしげる。
何やってるんだと待つ間読む本をトビアスの本棚から物色していたラウロが近づいてくる。
リーヤは手にしている封筒をもう一度眺めた。それから眉を寄せる。
「んー……」
「どうした」
「なーなー、ここの封蝋の家紋、フェイアット、だよなー?」
「見せてみろ……ああ、フェイアットだな」
「フェイアットってさー、デュナンの貴族だよな? てかこの封蝋あってる?」
「先日の教養の授業で一覧表が…………ちょっと待ってろ」
ラウロは本棚にとって返すと、背表紙をざっと眺めてそこからすっと一冊の本を取り出す。
歩いてきながらぱらぱらと捲って、あったなと言ってそのページを差し出した。
「この一覧がいわゆるデュナン名家の一覧だ。フェイアット家、たしかにここに乗ってるな」
「……トビアス、フェイアット家の関係者なのかなー?」
つまるところそういう結論に達する。
リーヤの手にしている封筒に視線を落としてから、まあその可能性もあるだろうと返してラウロは本を本棚に戻した。
「ちょ、ラウロ軽っ」
「俺としては現在ちゃんとこの国に存在するフェイアット家の関係者よりは、謎の不老不死面子が家族のお前の方が存在としては珍しいと思う」
「そりゃそーだけどさ!」
「聞いたことなかっただろうが」
「え、なにが?」
「トビアスの家の事情だ。お前、トビアスに兄弟がいるかどうか知ってるか?」
「し、しらねーけど……いねーんじゃねーの?」
「どうだろうな。本人が言ってないことを詮索するのはどうかと思うぞ」
「……うん」
それはわかる、と呟いてリーヤは封筒を元の場所に置く。
封蝋は伏せておいて、そうするとトビアスの名前が書かれたあて先しか見えない。

元々封筒はこうして置いてあったのだ。
だとすればトビアスにしてみれば、余り知られたくないことなのかもしれない。
リーヤにだってラウロにだって、詮索されたくないことの一つや二つはある。

しんとなった部屋だったが、生憎その沈黙は長くは続かなかった。
ガチャリと音を立てて扉が開いたのだ。
「お? 来てたのかー」
かぶっていた帽子を取りながら、トビアスはいつものように笑いながら二人に近づく。
「早かったな。リーヤ、反省文ちゃんと書けたかー? ラウロは本読み終わったんならヤマかけよろしくなー」
そう言って机の上からリーヤの書いた反省文を取ったトビアスに、リーヤとラウロは声をそろえた。
「「トビアス」」
「な、なんだ?」
反省文に目を通しかけていたトビアスは、驚いて顔を上げる。
彼の前では早速二名による言い争いが始まっていたのだが。
「ラ、ラウロ聞くなつったー!」
「どうかと思うとしか言ってない」
「ず、ずっりー! んなの屁理屈!」
地団太を踏んだリーヤをラウロは鼻で笑ってから、思いっきり指差した。
「そういうお前はわかったとか言いながら早速聞いてるだろうが」
「だって、トビアスが俺に隠し事とかねーし! そんなのヤだし!」
「はあ? どういう勝手な理屈だ」
「いーの! いーよなトビアス!」
唐突に同意を求められて、はあとトビアスは気の抜けた返事を返す。
二人が何でもめているのかわからない以上、正常な反応である。
「あのなー、あのなー……トビアス、苗字なんてゆーんだ?」
「…………」
僅かにトビアスの目が細まる。反省文を掴んでいた指も微動した。

少しだけ口角が下がって、少しだけ、本当に少しだけ表情が険しくなる。
「あ、ご、ごめん!」
慌てたリーヤが頭を下げ、ラウロもすまないと短く謝る。
触れてはいけないことに触れてしまったかと怯えていた二人からトビアスは視線を逸らし、机の上に置かれていた封筒で止まった。
「あー……封筒見たのか」
「ご、ごめん! ほんとごめん!」
「俺もすまなかった。その……偶然落ちて」
頭を下げ続けている二人は、同時にぺしとたたかれる。
驚いて顔を上げると、にこにこ笑顔のトビアスがいた。
「二人ともデュナン出身じゃないのに、ラウロはよく覚えてたし、リーヤは良く気ぃついたなー」
「「え」」
「偉い偉い。正解、これはフェイアット家の家紋です。試験に出るかもしれねーからラウロはちゃんと覚えとけよ?」
「トビアス、その、プライバシーを探るようなことして」
「いーって。こんなん出しっぱの俺が悪ぃんだし。てっきり家の誰かが来たのかと思ったぜー、心臓とまったー」
あはは、と笑ったトビアスにリーヤが思いっきり抱きつく。
「トビアスー!」
「どーしたリーヤ」
「お、おれ、トビアス怒らせたかもって、思って」
「はあ? 何で?」
「だ、だって、プライバシーだし」
「んなことで怒んねーって。ちゃんと話しておかなかった俺も悪いよな。そういや家のことあんま話してねーし、不安にさせたかもな」
悪かったなー、と笑顔で頭を撫でられて、リーヤは顔をぎゅうぎゅうとトビアスの胸に埋める。
ぴこぴこ動く髪の房ごと頭を撫でて、トビアスは立ったまま動かないラウロに反対側の手を伸ばす。
「ラウロも気にしてたよな」
「……事情があるだろう、とは」
「あんまねーんだよそれが。変に気ぃ使わせてごめんなー?」
まったくだと呟いて、ラウロもトビアスに近づく。
笑顔のトビアスにぐしゃぐしゃと頭を撫でられて、視線を落とした。
「怒って……ないな」
「ねーって。んじゃあせっかくだし俺の家族のこと話そーかな」


聞いてくれるか? と尋ねられて、二人で揃って首を縦に振った。
何度も振った。