<趣味が高じて>
その日クロスは何かの本と真剣に向き合っていた。
クロスもルックほどではないが本を読む。
しかし、今までそんなに真剣に読んでいる姿を見た事はなかったので、ルックは少し気になったのだ。
しかし残暑で参っていたルックは、ソファから起き上がってその中身を覗く気力もなく、目だけでその様子を追っていた。
ふとクロスは本から視線をあげて、ルックを見た。
視線に気付かれたかと思ったが、クロスはルックを通して何か違うものを見ているように、ぶつぶつと何かを呟いている。
「……いいよね、やっぱりいいよね……」
「なにが?」
ルックの問いに、クロスははっとしたように首を横に振った。
「ううん、なんでもない。ルック、何か飲む?」
「冷たいものがいい」
「あんまり冷たいものばっかり飲んでるとお腹壊しちゃうよ? アイスティーでいいかな」
「うん」
苦笑しながらクロスは腰をあげて台所へ入っていく。
きっとクロスのことだから、冷えすぎない程度のものを持ってきてくれるだろう。
さっきまで読まれていた本はソファの上に閉じた状態で置かれていた。
カバーでどんな本かは分からなかったが、ルックにはそれよりもクロスの持ってきてくれるアイスティーに意識がいっていて、確認なんてしなかった。
だからその時クロスがどんな本を読んでいたかなんてすぐに記憶の片隅に押しやられていて、それを思い出したのは全てが終わってからだった。
「…………」
「着てくれるよね」
満面の笑みで目の前にひらりと翳された布地の裾が曲線を描く。
落ち着いた色で作られたそれは、クロスの手作りだとすぐに分かる一品だ。
細い胴の部分から肩にかける細い紐が二本出ていて、その止める部分には大ぶりのボタンがついている。その下にも飾りボタンが。
そして下部はやや短めのスカートだった。
そう、スカート。
「…………」
ルックはじり、と一歩後ろに下がった。
しかしここは部屋の中。すぐに壁にぶつかってしまうのは明白だった。
クロスはじりじりと距離を詰めてくる。
その目は輝いていて、今回の作品がかなりの力作であると知れた。
ルックはクロスの服が好きだ。
丁寧に作られているのがわかるし、着心地もいい。
何よりルックに似合うようにクロスが考えてくれるのが嬉しい。口には絶対出さないが。
だがしかし。
「ぜったい、にあうとおもうんだ……!」
「ズボンならともかくなんですスカート……!?」
クロスが作るルックの服はとにかく女性向けのものが多かった。
クロス曰く「ルックに似合うものを作ろうとしているだけで女性用のものを作っているわけじゃないよ」というのだが。
ルック自身がゆったりとした上着を好むので、ある程度は必然かと思って今まであまり気にしないようにしてきたのだが、これはさすがにルックにとってアウトだった。
ルックの最大の疑問に、クロスはずばっと本音を吐いた。
「似合うから」
「その腕にかかってるブラウスはなに!?」
「似合うから」
あ、だめだこの人会話通じない。
泣きそうな顔で首を横に振るルックに、クロスは満面の笑みのまま詰め寄っていく。
「……テッド、僕は時々クロスがドSなんじゃないかって思うんだ」
「……そんなこと俺はとっくに知っていた」
「見てないで助けろぉぉぉぉぉぉぉ!!」
幸か不幸かドアの先に現れた来客二人にルックは絶叫した。
この際どんな借りを作ることになろうとも、ここから逃げられるならば文句は言うまい。
しかし幸運の女神はやっぱりルックには向いてくれなかった。
「シグール、いらっしゃい」
「やっほうクロス、新作の打ち合わせしにきたよー」
「今ルックに着せるとこ」
「ほらルック早く着てよね。モデルが着て初めて作品が完成するんだからさ」
「……な、んのこと?」
「あれ、クロスまだ話してなかったの?」
「なかなか切り出せなくってねー」
「今度からクロスの服、僕のとこのプロデュースで売り出すことにしたんだよー。で、その女性物のモデルがルック」
「…………」
「クロスがルックでないとイメージ湧かないって言うからー」
「…………」
「もちろん男物のモデルもいるんだけどさ、これが――」
しゅん
シグールの言葉を皆まで聞かずにルックは逃げた。
いつかは塔に戻らなければならないので、テレポートはただの問題の先延ばしなのだが、今はそれでもとにかくあの悪魔共から逃げたかった。
「……うわ、どうしたのルック。一人でくるなんて珍しいね」
「……しばらく、匿って」
逃げた先はハルモニアだった。
いきなり現れたルックにササライは驚いたようだったが、憔悴した様子のルックに、すぐに眉を潜めて椅子を薦めてくれた。
「なにかあったのかい?」
「……あったもなにも……!!」
肩を震わせてルックは言葉を詰まらせる。
あれは絶対口にしたくない。末代までの恥だ。
ササライはあえてルックの理由を聞く事もなく、「話したくないのならそれでいいけれど」と言った。
「今から来客がくるんだけど」
「あ……ごめん、邪魔なら」
「僕は構わないけど……」
その時風が室内にふいて、眩い光があたりに満ちた。
光が消えた後にいたのは。
「あ、ルックここにいたー」
「まぁ塔から逃げ出す先って言ったらここくらいしかないだろうけどねー」
「…………」
「!?!?!?」
声にならない叫びとともに立ち上がろうとしたルックの肩を押さえる手があった。
ササライだ。
「サ、サライ……?」
「OKササライ、そのままルック押さえておいてねー☆」
「双子で男女ペアルック……似合うよねっ、萌えるよねっ」
「クロス落ち着け。あとルック、諦めろ」
顔を青くしてルックはササライを振り向く。
ササライは苦笑とも失笑とも取れない表情をしてみせた。
尋ねるのが恐ろしくて、けれど尋ねないわけにはいかなくて、ルックはこわごわと口を開いた。
「……ササライ、まさか」
「すみませんルック。けど、貴重な外貨獲得手段を逃すわけにはいかないんですよ」
「〜〜〜〜〜っ!!」
はめられた、とルックが理解した時には、クロスの手がしっかりとルックの手を取っていた。