<学校へ>





「学校、いれたらどうだ?」
相変わらず唐突な訪問客を出迎えた時に、珍しく一人だなとは思ったのだ。
それはまあ、シグールのお使いのついでに日も暮れそうだったから泊めてくれというものだったのだが。

テッドにさんざっぱら相手をしてもらったリーヤは、風呂に入ったらすとんと眠ってしまった。
残りの三人が寝るにはまだまだ早い時間だったので、クロスの入れたお茶で机を囲む。
言いだしっぺがいないので、酒は出ない。

とはいえ特にこの三人で話す話題というのもあまりないわけで、とりあえずシグールが最近死んでるとか、レックナートが相変わらずニートだとか話していたところに、冒頭のテッドの切り出しだった。
「学校ってリーヤを?」
「お前らが学校に行く歳か?」
「外見的にはいけるよ」
「行くな。確実に学級崩壊が起こる」
「……リーヤの話じゃなかったの」
ルックに突っ込まれて我に返った。

溜息を吐いて、ルックは足を組みなおす。
クロスは首を傾げた。
「すごい今更感だよね」
「必要を感じないような気もするけど。行かなきゃいけないわけでもないし」
「……感じたんだよ」
よく考えてもみろ、と前置きして、テッドは「現状」を説明した。


リーヤが塔に連れてこられてから二年が経った。
大体しかわからないが八歳くらいになるが、クロスも言うように、学校は義務ではない。
普通の村落では読み書きや簡単な計算こそ、村の大人が教えるものの、後は個人の自由でしかない。
家庭の事情然り。本人の意欲然り。

その点、この塔はルックやレックナートの性癖のおかげで本の揃えは尋常ではないし、周りに聞けばたいていの事はわかる。
一般教養はクロスが、読み書きなどはルックが。面白いからとシグールが経済やら交易やらを教え込むし、紋章や武器も最近ではマジで教え込んでいるらしい。
リーヤが教えるだけ吸収するから面白いのだとシグールが言っていた気がする。

そこまではいい。本人にも意欲があるのだし、知識と実践を踏まえて覚えるならいいと思う。
思っていた。思っていたのだが。

「このままだと、まっとうな生活送れない気がする」
叩き込まれる知識が深い上に広すぎた。
歴史とかいらないところまで覚えている。確実に。
ついでにこの間、リーヤの一般常識が極端に欠けている事をひょんな事から知ってしまった。
「このままだと、一般人としての生活ができなくなる」
「ぼくらが育てる時点で一般人になれるわけないだろ」
「可能性を否定するな」
こめかみをほぐすようにもみながら、テッドは溜息を吐いた。
ここまでが第一の理由だ。
第二の理由もあるにはあるのだ。

「リーヤ、俺達以外の人間をほとんど見てないだろう」
「……そうだね?」
塔からほとんど出ない上、クロス達はそこそこ外界と隔離された場所に住んでいるから、人と接する機会は他の四人よりも少ない。
「リーヤの知り合いの中で、リーヤだけ不老じゃないんだよ」
この二年で背も伸びた。これからも、一人だけ成長していく。
その事実に気付いた時に、周りが真持ちしかいない状況が続いていたら、リーヤはどういう反応をするのか。
……すんなり受け止めてくれればいいが、そうは考えにくい。

「でもセラは入れなかったじゃない」
「状況が違うだろ」
セラの時は宿星が生きていてちょくちょく会っていたし、グレミオというストッパーがいた。けれどリーヤはそれがない。
塔にくる前の砂漠での生活は数年で、大人は数年で大きく変化はしないだろう。
ましてやそんな変化を気にかける環境でもない。
「このままだといつか取り返しのつかないことになる」
「…………」
黙り込んでしまった二人に、テッドは小さく肩を竦めた。
「いつか人の輪に帰すなら、社会性も養ってもらわないといけないしな。こればっかりはここじゃ無理だ」
「……僕らには社交性が欠けてるって言いたいんだね?」
「ご明察」
わざとらしく皮肉を言ったテッドは、少々重くなりすぎた場の空気を変えようとしたのだろう。
それに乗って、クロスが力なく笑みを浮かべる。

かたり、とたてつけの悪いドアが傾く。
ひょこりと顔を覗かせた子供を見つけてクロスが席を立った。
「どうしたの?」
「喉渇いたー」
「はいはい」
こっちだよ、と眠たげに目を擦るリーヤの手を引いてクロスが奥へと引っ込む。

残された二人は、すっかり冷めてしまったお茶に手をつけた。
「別に二度と会えなくなるわけじゃねーさ」
「……直に手を引くこともできなくなるんだね」
「忘れてたか」
「人と関わらないとすぐに忘れる」
「忘れてたままの方がよかったか」
「…………」
あの子供は、思いださせてくれた。
返答は、首の動きだけだったけれど、テッドは小さく笑って温い茶を飲み干した。







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節目ってどうしてもテーマが重くなる。
進路だもんね!