<雪んこ>





――目が覚めたら窓の外が眩しかった。
目を擦りながら窓の縁に手をかけてよじ登り、視界に広がる世界にリーヤは目を見開いた。白い。

きらきらと光るものが、窓の外に沢山ある。
昨日までは茶色の地面と枯れ草があった地面も、湖もない。
窓から見える全てが白く染まっている光景に目を瞬かせてリーヤは踏み台から飛び降りると、まだ寝静まった塔を駆け降りた。

寒いから外に出る時は必ず着るようにともらった外套を着て外にでると、リーヤはぶるりと身震いした。
昨日よりもずっと寒い。
もともと暑いところに住んでいたリーヤにとって、寒さは今まで無縁のものだったので、耐性がない。
襟を立てて首をうずもらせると、一歩おそるおそる足を踏み出した。

さくりと小気味よい音を立てて、足元が沈む。
きらきらしたものがべしゃんこになってしまう不思議さに首を傾げながら、面白い感触に、さくさくさくとリーヤはまっすぐに進んで行く。
なんだか癖になる。
きらきらとした真っ白なものが靴で汚れるのはもったいないなと思ったけれど、辺りはリーヤが歩いてもきりがないくらいだ。
振り向けば、平坦な面に、自分の歩いた足の形で跡が続いている。
それが更に面白くて、さくさくさくと更に歩いた。

それにしても、この白いものは何なのか。
しゃがんでまじまじと見たら、粒のようなものが沢山見えた。
手で触れると冷たくて、反射的に手を引いた。
指の先が少し濡れている。
「……氷?」
夏にシグールが食べさせてくれた、あのふわふわしたものに似ているかもしれない。
手で掬うと、呆気なくきらきらしたものは溶けて水になってしまった。
口に入れるとふんわり溶けて、それは確かに氷に似ていた。けれど。
「甘くない……」
顔をしかめてリーヤ食べるのを諦めると、はべたべたと雪を掬っては押し付けて固めたりして遊びだした。

最初は手が冷たかったが、直にそれも感じなくなってくる。
まっさらなところを求めて夢中になって進んで行くと、すぼっと一際深く足がはまった。
「う、わっ」
「リーヤ!」
名前を呼ばれたと同時に、体がふわりと浮き上がる。
振り返ると、クロスが慌てて駆け寄ってきた。
「そこから先は湖だから危ないよ。落ちなかった?」
「う、うん……」
風で浮いた体を抱きとめて言うクロスに、リーヤはこくこくと頷く。
よくよく見ると、うっすらと池の淵のような境目が見えていた。
「……って、ああもうこんなに冷えて!」
どんだけ外にいたのと両手を包まれる。
クロスに抱き抱えられたまま、塔に連れ戻された。

塔の入り口にはルックもいて、呆れたようにリーヤの髪を撫でた。
「雪がついてる」
「ゆき?」
「あの白いものの事だよ」
溜息を吐いて触れるルックの手が温かい。
普段ひんやりと感じるそれが温かいと思えるくらいに冷えていたらしいと今更に気付いた。

部屋の中は暖炉に火が入れられていて、暖かかった。
暖炉の前に座らされてしばらくすると、感覚を取り戻した指先がじんじんと痺れだす。
「じりじりする……」
「雪は冷たいから、素手であんまり触らないようにね。凍傷になったら大変だ」
凍傷が何なのかは分からなかったけれど、これより痛いのは嫌だったから、だんだん痛くなってきた指を動かしながら素直に頷いておいた。

と、ばたんと元気よく扉が開かれる。
完全防備をしたシグールがそこにいた。
「遊びにきたよー」
「ルックに拉致られた……」
げんなりと続いて入ってきたテッドは、暖炉の前に座るリーヤの赤い手を見て苦笑を零した。
「なんだもう外に出たのか」
「起きていないと思ったら外にいたよ」
「元気だなぁ」
「これからが本番だけどね」
雪での楽しみ方をじっくり教えてあげようじゃないとシグールが笑う。
どうやら、遊びにきてくれたらしいと笑って、リーヤの顔も綻ぶ。
「ほどほどにしてやれよ」
「じゃあ、今日一日よろしくね」
「まっかせなさい」
楽しそうに笑って出て行くシグールを追いかけようと
「リーヤ、外に行くならちゃんとこれつけていって」
昨日急いで編んだんだけど微妙に間に合わなかったねぇ。
苦笑しながらクロスが嵌めてくれたのは、深い緑の手袋だった。
「あんまり冷え切る前に戻っておいでね」
「わかった」
「じゃあテッド、子守よろしく」
「お前らは……?」
「僕は戻ってきた時のためにあったかいもの作ってるよ」
「なんで寒いところに出て行かなきゃいけないのさ」
「……ソウデスネ」
そのために俺達連れてきたんだもんな、とテッドは乾いた笑みを浮かべながらリーヤの背を押した。





 



城の周りはリーヤが踏んだ部分や、クロスが荒らしたところもあって、まっさらな雪景色とはいかなくなっていた。
「結構遊んだねぇ」
「えへへへー」
「スケートもできるかなー」
「今日は湖の方はやめといた方がいいな」
後から出てきたテッドが空を仰いで言う。
雪雲はだいぶ動いていて、太陽が完全に姿を現していた。
「なんでー?」
「太陽が出てくると氷が溶けるからな。まだ雪が一回降ったくらいじゃ、湖の上でのスケートは危ないぜ」
「むぅ」
「今日は大人しく雪で遊んでろ」
「……テッド、そのスコップはなに?」
「どうせだから入り口付近の雪かきしてこいって」
「そっかー」
「……手伝う気、さらっさらないだろ」
「だって僕らは遊ぶんだもんねー」
「なー」
顔を見合わせて笑うシグールとリーヤに、はいはいとテッドは手を振った。
最初から手伝ってもらえるとは思っていない。
「はい、復唱。湖には近付かない」
「「湖にはちかづきません」」
「長時間外で遊ばない」
「「長時間外で遊びません」」
「雪は食べない」
「雪は食べない……リーヤ?」
「やっぱまずいのー?」
「……食べたのか」
「あんまうまくなかったー」
「……手遅れだったか」
「味しないでしょ」
「うん」
「……腹壊すから、もう口に入れるなよ」
「はーい」

テッドが雪かきをする邪魔にならないようにと、シグールとリーヤは塔の陰のあたりに移動する事にした。
まだそのあたりは手付かずなので、雪も綺麗だ。
「リーヤ、リーヤっ」
「なにー?」
「とりゃっ」
「!?」
いきなり抱えられて、投げられた。
ばふりと雪に思い切り着地する。顔から。
「つめってー!!」
「あはははははははは!」
もしここで下に岩とかがあったらとんでもない事になるのだが。
そこらへんを考慮しているのかしないのか、シグールはとても楽しそうだ。
「おい、シグール!」
「……はーい」
見ていないはずなのに飛んできたテッドの怒声に大人しく返事をして、シグールはリーヤを抱き起こす。
「ごめんごめん」
「むー」
「でもほら、いいものできたよ」
抱き上げられたまま下を向いて、リーヤはおお、と声をあげた。
人形に陥没した跡がくっきりとできている。
「すっげー」
「でしょでしょー」
「でも二回目はやだー」
「……じゃあ、雪だるまでも作ろうか」
「おうっ」
わくわくと目を輝かせているリーヤの前で、掌大の雪球を作ってみせる。
真似をするように作るリーヤに小さく笑いながら、周りの雪を少しずつくっつけて大きくしていく。
それを徐々に転がしながら大きくして、シグールが作った大きな雪玉の上にリーヤの作った小さな雪玉を一緒に乗っけた。
「リーヤ、葉っぱと木の枝探して持ってきてくれる?」
「おーうっ」
リーヤに探してきてもらったそれを目と口と手に見立ててつければ完成だ。
どうせだからと、シグールは自分のマフラーを取ってそれに巻きつけた。
「はい、雪だるまの完成」
「おおーっ!!」
完成したものはリーヤより少し背丈が大きいくらいだ。
「もっと大きいのも作れるよ」
「ほんとーか!」
「二人だと大変だけどね。テッドやクロスを連れてきて、昼からもっと大きいの作ろうか」
「うん!」
勝手に昼からの遊びに約束を取り付けてみた。

「おお、完成したのか」
「いいところにきたねテッド」
「テッドー、もっとでっかいの作ろうっ」
「ははは、ちょっとこっちこい」
笑ってテッドが呼ぶ。
雪かきをしたらしい入り口付近は綺麗に雪がどけられていて、そのかわり、ちいさな雪山ができていた。
その側面に小さな入り口がついている。
「あれ、もしかしてこれってかまくら?」
「ちっさいからリーヤだけな」
「えー」
「え、入っていいの!?」
ごそごそと中に入ると、外よりもあったかかった。
顔だけだすと羨ましそうにシグールがこちらを見ていた。
「いいなぁ」
「一人で作るのはこれが限界だっての」
「むぅ。やっぱりジョウイも連れてくるべきだったよね」
「雪合戦するにも人数が足りないしなぁ」
「ゆきがっせん?」
「雪玉をぶつけて遊ぶんだよー。中に色々入れてね」
「入れるな」
「ぶつけて遊ぶのかー?」
「それはまた今度。今日は大きな雪だるま作って遊ぶんでしょ」
「むー」
「これが初雪だからねー。これからまだまだ降るよ。そしたらスケートやって、雪合戦やって、全員入れるくらいのかまくらつくろうね」
「うんっ」
「よし、いい返事だ」
「じゃあさっそく」
「その前に、そろそろ一度戻ると。冷えてるだろ。クロスが中で昼飯作って待っててくれてっから」
「「はーい」」
ああ本当に子守だと苦笑した。