<Child Meet Boy>
髪を切って数日。
切ったばかりの頃は首筋がなんだかすーすーして落ち着かなかったリーヤだったけれど、一日もすればすっかり慣れたらしかった。
昼食の後、ソファに転がっている内にうとうとしだしたリーヤを微笑ましく見ながら、クロスは昔のセラが着ていた服をリーヤ用に手直しする作業を進めていた。
女の子用を男の子用にするのはなかなか大変ではあるが、なにしろ金銭事情はあまり余裕がない。
ルックが古書をまとめ買いしたのに加え、リーヤの服をいくつか買った。
普段ならばそれくらいは食費を節約したりすれば十分間に合うのだけれど、リーヤに色々食べさせたいから、肉や魚を抜くわけにはいかない。
リーヤはまだ体型も細いし身長も低いので、セラの小さな頃に着ていた服で間に合うのだからと、ちくちくとここ最近のクロスの日課になっていた。
セラが暖色より寒色を好み、あまりレースの多いものを好まなかったのは幸いだったのかもしれない。
今日着せている白いズボンと水色のセーラーも、もともとはセラの着ていたものだ。
胸元のリボンはアクセントなのであえて残したみたけれど、この年頃なら男の子でもOKなはず。
「リーヤがそのあたりの基準を分かってないのはありがたいよなぁ」
「むしろ、セラの服なんてよくとってあったね」
「セラが結構持ってっちゃってるから、数はそう残ってなかったけどね。思い出もあるし、もったいないじゃない?」
「ほとんどクロスの手作りだったからね。セラが気に入ったのは娘に着せてなかったっけ?」
「そういえばそうだったね」
穏やかに笑って、ほらできたとクロスは直し終えた服を広げた。
赤と白のボーダーワンピースだったはずのそれは、下の部分を少し切って絞りを入れて、眺めのシャツに変貌を遂げていた。
「リーヤ気に入ってくれるかなー」
楽しげなクロスに、ルックは呆れたように溜息を吐いた。
「子供なんてすぐ大きくなるのに」
「だから今しか着られないから作ってるんだよ? もう少ししたらちゃんと買わないとね。おさがりばっかりもかわいそうだし」
あと数ヵ月もしたら、恒例のルック大先生によるトラン国軍一斉修行の時期がやって来るので、財政も楽になる。
「最近僕も仕事さぼってたからなぁ。ルックにばっかりまかせないで、ちゃんと働こうかな」
「ほんと、なんで拾っちゃったんだか」
「さぁねぇ」
少し口端を持ち上げて、ルックは眠っているリーヤの頬をつつく。
まだ皮しかないような、弾力はちっともない頬だ。
子供一人増えて、なかなかに台所は煙があがりかけているけれど、苦ではない。
久しぶりに新しい風が入った塔は、まだセラがいた時のようで、あの時とはまたちょっと違う新鮮さがあって楽しいのだ。
和やかな家族の団欒(一名いないけど)を切り崩してくれちゃう二人がやってきたのは、そんな会話をしている最中だった。
「こんにちはー!」
「…………」
「……げ」
「げ、とはなんだ」
「不法侵入者」
「ちゃんとノックしたよう。一階で」
「聞こえるかそんなもの」
ばたばたと入ってきたシグールとテッドを、あからさまに顔を顰めてルックは出迎えた。
クロスはその声で起きてしまったリーヤを見て、あーあと溜息を吐く。
「もう……リーヤ起きちゃったじゃない」
「え、なにその子」
「拾った」
「拾ったぁ?」
眠そうに目を擦っているリーヤをまじまじと見て、テッドがすっとんきょうな声をあげた。
「まぁ、色々あってさぁ。詳しい事はまた後で話すけど。とりあえずリーヤ、紹介するからこっちおいで」
促され、まだ眠そうにしながらも、リーヤはソファを降りてクロスの傍までやってくる。
警戒しているのか、クロスの後ろに隠れて、顔の半分だけを覗かせてシグールとテッドを見上げた。
「ガリガリだなぁ」
「テッド黙れ。リーヤ、こっちの黒いのがシグールで、茶色の方がテッドだよ」
笑顔でテッドを黙らせたクロスが、どことなく酷い分け方をして二人を説明した。
「どーも」
「…………」
「シグール?」
リーヤを見つけてから沈黙を保ったままのシグールに、テッドがさすがに不審を感じたのか名前を呼んだ。
シグールが、無言のまま動く。
その手がリーヤの肩に伸びて、リーヤが少し身じろいだが、構わずにそっと置いた。
「かわいそうに……」
「…………」
珍しい、子供に同情してる、と一同は思った。
そういう同情を向けられるのを嫌うシグールだから、外の誰かに同情なんてする素振りを見せた事もなかったというのに。
「……こんな、テッドジュニアみたいな髪型で」
「待てコラ」
「ちょっと切りすぎちゃってね……」
沈痛な面持ちで吐かれたシグールの言葉に、クロスも頷いてリーヤの背中に手を当てる。
リーヤはよく分かっていないようで、きょとんとシグールとクロスを交互に見やっていた。
「別に髪型そのものが悪いわけじゃないよ? でもテッドにそっくりだなんて……」
「お前俺の髪型になんの恨みがある!?」
「ヒモになんてなるんじゃないよ……」
「不満だったのか!? 二百年目にしてはじめて聞いたぞ!!」
「テッドはもっと早く気付くべきだったよね」
「お前まで言うか!」
「わかったかい?」
シグールに諭されるように言われて、よく分かっていないだろうリーヤは、促されるままにこくこくと首を縦に振った。
ぴくぴくとテッドの頬が引き攣っている。
子供に罪はない。あるのはシグールとクロスだ。
「今後リーヤはショートにはさせません」
「何より徹底させてくれ」
「……いいけど、いい加減リーヤが困ってるから解放してあげなよ」
見かねたルックが突っ込むまで、二人によるリーヤを媒介にしたテッドいじりは続いた。
***
爆笑させるシグールも捨てがたかったけど。