<髪切り>





それは最初に髪を洗った時に気付いていたのだけれど。

「リーヤ、髪の毛切ろうか」
突然言われた言葉に、きょとん、とリーヤはクッションを抱えた恰好で、背もたれ越しにクロスを見上げた。
「ずいぶんと長いから、邪魔でしょう? かなり傷んでるし」
「それってダメなこと?」
くりっとした目を大きくして尋ねられて、クロスは困ったように眉を寄せた。
まあ、あの環境下で髪の毛をどうこうという気はなかったのだろうけれど。
おそらく、まだ小さな時で、余裕がある時は大人の誰かが切っていてくれたのかもしれないが、洗うことも手入れをすることも知らないリーヤの髪は、どう繕ってもボロボロだ。
太陽に晒されていた髪は、ぱさぱさで毛先の方は色が抜けて金色に近くなってしまっている。
洗うのにも手間がかかるし、今はまだ一緒に入っているけれど、これから一人でお風呂に入るようになったら、苦労するのは目に見えている。
「ダメではないけど、切ったほうがさっぱりするかな?」
「……切ったらクロスとかルックみてーに、さらさらになる?」
「なると思うよ」
「なら切るー」
クッションを横において、ぴょんとソファから飛び降りたリーヤに、可愛い事をいってくれる、と目尻を下げてクロスは微笑んだ。





今日は髪を切るのにいい日和だった。
風もほとんどないから、切った髪があたりを舞って鬱陶しいなんて事もないし、この季節にしてはなかなかに穏やかな陽気だ。

塔と湖のやや中間ほどの場所に塔から持ち出した椅子を置く。
両手でえっちらおっちらリーヤが運んできた道具一式から布を取り出して、リーヤに椅子に座るよう促した。
「なんで外で切るの?」
「切った髪が多少散らばっても、外ならそのままでもいいからね」
ちょっと横着。とクロスは笑って、リーヤの首に布を巻いた。
「苦しくない?」
「だいじょぶー」
「どれくらい切る?」
「よくわかんねーから、クロスが決めて」
「じゃあお任せね」
刃物を使うからじっとしててね、と前置きして、クロスは長く伸びたリーヤの髪を軽く櫛で梳いていく。
傷みの酷い髪はそれだけで何本かがぶちぶちと切れて櫛に絡みつく。
これは一度思い切りやっちゃった方いいなと決めて、クロスはリーヤの髪を軽く霧吹きで濡らし、最初の一房に鋏を入れた。

しゃきしゃきと軽い音が、時折吹くそよ風が草を揺らす音に紛れて響く。
何回かに分けて少しずつ短くなっていく髪が、風で少しだけ移動する。
だんだんと軽くなっていく自分の頭が分かるのか、少し前まで自分の一部だったものを見たいのか、足元を見たがる子供を苦笑気味に咎める。
「ちゃんと前を向いててね」
「んー」
返ってくる反応が鈍い。
これは途中で眠るかなと口元に笑みを乗せて、クロスは新しい房に霧吹きをかける。
思ったより固めで、ちょっと癖のある髪らしい。
量も多いから後で少し梳いてあげようと決めて、クロスはしゃきしゃきと鋏を滑らせた。



それから経つことしばし。
ある程度髪を梳き終え、あとは霧吹きで濡れた髪が完全に乾いたら全体のバランスを見て直そうかなと思っていたクロスは、ほぼ完成形のリーヤを見て沈黙していた。
リーヤはこっくりこっくりと途中から転寝を始めていて、まだ目覚めてはいない。
腰まであった髪はばっさりと耳の下あたりまで切られ、それ故に生来の癖が出たのか、毛先がひよひよとあちらこちらに散っていた。

癖毛はいい。それはいいのだが。
自分はこの髪型をどこかで見たことはなかったか。
そう、今どっかの貴族様のところでヒモやってるあの男にそっくりだ。


気付いたところで切ってしまったものは戻せないし、刈上げるのはさすがに問題がある。
嫌でも別に似てるだけなら問題ないんじゃとぐるぐる考えていたら、ルックが塔から出てきた。

「そろそろ終わった? レモンパイ焼いたけど食べ――」
「…………」
「……うっわぁ」
呟いたルックの顔はすごく嫌そうだった。
「テッドそっくりじゃん」
「髪型だけだけどね……」
「なんでこんな事になったわけ」
「いや……リーヤの癖っ毛なめてたわ」
しみじみと会話している二人の声に気付いたのか、リーヤがぱちりと目を開けた。
ふるふると首を振って、正面に立つクロスとルックを見て、首を傾ける。
「終わった?」
「あ、うん……終わったよ」
催促されて、首の布を取ってやる。
少し布と服の間に髪が入ってしまったのか、ぱたぱたと服をはたいてから、リーヤはそろそろと両手を頭の上に持っていった。
「うわー……すかすか」
「だいぶ切っちゃったからね」
「クロスとルックみたいになった?」
「…………」
「…………」
僕らじゃなくて、どっかのヒモと同じ髪型になっちゃいました。とは言えなかった二人だった。

その後、二人と同じさらさらじゃなかったリーヤはちょっぴり凹んだらしかった。







***
意外とテッドとリーヤは本当に似ているかもしれないと思いました。