<paenitentia>





カチャリと書斎の扉を押し開けて、片手に本を抱えたトビアスはひょこりと顔を出す。
「とーさん」
「ト、トビアス!?」
滅多に実家に戻ってこないトビアスの訪問に、トビアスの父親、ユルバンは裏返った声を出して立ち上がった。
扉の横に控えていたメイドがくすくすと声を出して笑う。
「ど、どうした?」
「やっぱハルモニアに行ってこよーって思ってさ」
開口一番に言った事は、一週間前に来た手紙に書いてあった内容と同じだった。
手紙が届くのにかかる時間を考えるに、ユルバンの送った手紙を見てすぐにこちらに来たのだろうか。

「しかしあそこはつい」
「だいじょーぶだって」
「しかし」
先日ハルモニアのある貴族が強力な粛清を受けた。
それに伴って中央がごたごたしているところに、息子を行かせたくないというのがユルバンの意見だった。手紙にもそう書いた。
だがそんな事お構いなしなのか、トビアスはへらりと笑う。
「気をつけるし。学生に関係ないって」
「だが、お前は――」
言いかけて口をつぐむ。
普通の学生生活を楽しみ、学園で教員となる予定のトビアスの家は、普通ではないのだ。
ファイエット家の地位を考えるに、政治的に利用される可能性が大いにある。
そう思ってユルバンは反対しかけたのだが、彼に生家の事で不自由させたくないとも思っていた。
だから言葉が止まったのだ。

「いいよな、父さん」
微笑んで言ったトビアスは、なんと言っても動くまいとユルバンは悟る。
思えばニューリーフ学園に行った時もそうだった。
「わかった……家族の皆には夕食の時話そう」
「あ、そういや母さんが呼んでたけど」
「なんだ? わかった、ちょっと席をはずすからその間にお茶の準備をお願いしていいかな」
「かしこまりました」
腰を上げたユルバンに頼まれて、メイドが深々と頭を下げる。

ユルバンが書斎を出て行き、出遅れたトビアスはその場に残される。
さりげなく脇に抱えていた大判の本を開き、迷わず真直ぐに歩いて机を開けると、そこの奥に入っている一綴りの紙の束を取り出した。
ぱらぱらと束を捲って、数枚を引っこ抜いて本に挟む。
後は一言も発さず音も立てず、引き出しを閉め扉を閉め、真っ直ぐに自室に戻るとぱたりと扉を閉め、カチャリと鍵をかけた。
「…………」
本の間に挟んでおいた書類を取り出し、机の上に置いて視線を落とす。

『政府要人暗殺計画画策容疑により オネゲル家当主は逮捕された模様。ハルモニア国内では強力な情報操作がされているわけではなく、事態はさほど隠蔽されてはいない。オネゲル家の長女が逮捕日に死亡。事件解決後、神官将が現場で指揮を取った事により、かなり政府の中枢に近い人物の暗殺が企まれていた可能性がある。以下にオネゲル家のこれまでの概略を記す……』

『自殺した長女:グレティア。クリスタルバレーに在籍していた。自殺の原因は不明。ハルモニア側の諜報員が長期間彼女を張っていた。私物は押収されず遺族に渡されたため理由は不明。政治的なものはないと判断。以下にその他の家族の概略を記す……』

「…………」
左手で眼鏡を押し上げたトビアスは、視線を落としたまま右手で机の上を薙ぎ払った。
ばさばさり、と紙が舞い床に落ちる。
「…………」
唇の形だけで何か呟いて、トビアスは眼鏡を押し上げた手でくしゃりと前髪を掴む。
傾きかけている太陽が浮かぶ空を睨みつけながら、一度だけ。
一度だけ、拳を握って思いきり机に叩きつけた。










***
トビアスもついでのように暗いぜ!
ササライが緘口令を敷いたのは、ターゲットが自分だって事と、リーヤラウロが関わったって事だけなので、あとはデュナンにも駄々漏れです。