<広き大地のむこう>





さく、と足の下で砂が崩れる。
いつも船だのルックのテレポートだのなので、たまには徒歩でトランに行ってみよう、ということになってデュナンとトランの国境を横断している。
照りつける日光は、さえぎる木陰と緩やかな風がないと、思いの他堪えるという事を知った。

「暑いな」
額の汗を拭って、ラウロは忌々しげに上を仰ぐ。
早朝からここにいるが、まだ正午でもないのに、この暑さはふざけている。
まともにこの地域を横断すれば死ぬ確率の方が高いので少し遠回りをしているのだが、それでも徒歩のみとなると砂漠の端を横切らざるをえなかった。
「水はまだあるか?」
「へーき。ラウロばててねーえ?」
荷物を担ぎ直して、ラウロは眉をひそめた。
「正直、少しな。お前は?」

俺はへーきだよ、と答えてリーヤは足を進める。
確かに彼の額に浮かぶ汗はラウロのそれほどではないし、息も上がっていない。
「だって俺、砂漠出身だし」
「そうなのか?」
どこだ、と聞き返しそうになって、はっとラウロは口をつぐんだ。
この話は、タブーだった。

「町ん中でも今日みてーに暑いんだぜ」
石で舗装された道はカンカンに熱くなるし、蜃気楼が現れる事もしばしあった。
水気のあるところは涼しいが、夏となるとそうもいかない。
「でも、一番きっついのは夜なんだよな」


日が沈むと、熱は急速に空へと逃げていく。
昼間はうんざりするほど暑いのに、夜は凍えるほどに寒い。
ぬくもりが残っていそうな場所を必死で探して、夜中はそれで暖を取る。
室内ならばまだしも、屋外ではその寒さは文字通り骨身に染みた。

寒いよ、と口に出せるはずもない。
皆寒いのだし、皆どうしようもなかった。
家の中と外は暖かさも涼しさもまったく違うんだと知ったのは、クロス達に拾われてからだった。

砂地は下手に歩くと足をとられる。
サソリに代表される危険な動物も住んでいるし、砂だらけの場所だと方向感覚が狂って迷いやすい。
貧しく辛い生活に堪えかねて、あるいは町が砂丘に包まれていく時期になって、外へ出ていくと何人が歩いて行っただろうか。

誰も、戻ってはこなかった。
それは、成功したかもしれなかったけれど、ほとんどは失敗していただろう。

昔世話をしてくれた男が、教えてくれた事。
砂漠を歩くのは、必ず涼しい時間帯。
目印にするのは、瞬く星。





「この辺でやめとこーぜ」
「まだ昼には早くないか?」
リーヤの言葉に足を止めたラウロが首を傾げるが、ちがうってと答えてリーヤは簡易テントを広げ始める。
「もう歩くの限界だろ。後は日が沈んでからだ」
「夜に歩くのか……危なくないか」
「障害物ほとんどねーし、月明かりで十分明るいって」
こんなところに野党もでねーしな、と言ってリーヤは広げたテントを軽く叩く。
「入っとけ、バテてんだろ」

俺はへーきだし、と言われてラウロは悪いと呟いてテントの中にもぐりこむ。
ほとんど一人分の大きさのそれの中は、外よりずっと涼しく感じられた。
分厚い生地が、しっかりと日光を遮断しているのだ。

顔の半分を覆っていた布地を取り去って、溜息を吐く。
砂が服の間からさらさらと落ちた。

渇ききった喉を潤そうと、水筒の栓を取る。
きゅぽんと軽い音が涼しく耳を打った。

「喉渇いてると思うけど、あんまし飲むなよ?」
「どうしてだ?」
いきなり外からそう声をかけられ、今にも飲もうとしていたラウロは手を止めた。
「一気に飲んでも出ちまうもん。ちょーっとずつ、脱水症状おこさねーくらいでいーから」
そうか、と助言を受けてラウロはほんの二口ほど口に含んで飲むに留めた。

「しかし……こう歩くと、遠いな」
砂漠は一歩一歩体力を吸い取られる。
上からは灼熱の太陽、下はきめ細かい砂が引っ張る。
「ここは砂砂漠だけど、こーゆーのはめずらしー方なんだぜ」
「そうなのか?」
「ん、ふつーはもっと岩とかごろごろしてるほーが多い」
ばさっと布の翻る音がして、なんだと思ったらテントの入り口に大きな布が被さってきて、その中にリーヤがもぐりこんだ。
「そうか……岩がな……想像できないな」
ラウロにとってみれば砂漠自体新鮮だった。
故郷のラナイにも大規模な砂漠地帯はあるのだけど、行った事はなかったし。

「いつか見にいけばいーじゃん」
そう言ってリーヤが笑った。
「俺、氷に覆われた大陸とか見てー」
「うんと北じゃないか」
「いーじゃん、あと真っ赤な溶岩」
「それは熱すぎだろ」
ちげーよ、結構近くで見れるトコがあるって書いてあった。
そう言ってリーヤは座っている下の砂地に指で何かを書きつける。

「あとでっけー滝、空を突き刺してるみてーな巨木、真っ赤な土とか」
あと空がきれーに光る場所とか、太陽がぜってー沈まないトコとか、にょきっと円筒状の山がそびえてるとことか。
リーヤが描いた砂の上の落書きは、それでも未知の風景を想像するには十分で。

「行ってみたいな」
呟いたラウロに、リーヤは頷いた。
「行こーぜ、いつか」



遠い遠い世界の果てまで。


 

 

 



***
リーヤ「投票五位、あんがとーございます」
ラウロ「同じく六位、感謝する」
リーヤ「
……いやー、入ったな、票」
ラウロ「お互いにな。これほどまでとは思ってもなかった」
リーヤ「で、なんで俺ら砂漠なんか横断してんだろー
……
ラウロ「全部横断するのはバカの極みだねってシグールが笑ってたな」

リーヤ「で、いつ行くー?」
ラウロ「は? 何が?」
リーヤ「え、だから世界未知の風景旅行」
ラウロ「暇ができたらな」
リーヤ「
……いつだよそれ」
ラウロ「さぁ?」