<友来>





朝っぱらからうろうろと落ち着かないリーヤを、ササライは不思議そうに見る。
ここ数週間様子がおかしかったが、昨日の晩から特に変だ。
特にさっきはせっかく盛りつけた朝食のお皿を落としかけ、ササライが今食べている食事はイロイロな物が混合している。
まあ見栄えは気にしないのでかまわないのだが。味はまあまあだし。

更に言えばそれを叱責するはずのラウロは明らかに上機嫌なわけで、まったく色々分からないササライは、好奇心に負けて聞いてみる事にした。
聞かれて困る事でも、気分を害する事でもないだろう、たぶん。

「二人とも、なにかあるのですか?」
「なんでわかんの?!」
なんでと言われても、とササライは苦笑する。
リーヤの心ここにあらずな態度を見れば一目瞭然だ。
ついでに朝食を作りながら鼻歌を歌うというかつてないラウロの姿も拝んでしまった。

「ササライには言わねーでおこーと思ったのにー」
どっきりなのにーと口を尖らせたリーヤに代わってラウロが教えてくれた。
「友達がくるんだ」
「……あ、はあ、友達ですね」
思わず口ごもった真の理由は言うまい。
ササライは口に出かけた「君らってお互い以外の友達なんていたんですか?」という非常にぶしつけな質問を心の底にしまった。

「なあ、ササライ。そいつ、今晩うちに食事しに来てもいーい?」
「は……はあ、まあかまいませんが」
「やったー!」
無邪気な笑顔でバンザイをしたリーヤに微笑みつつ、それなら僕は遠慮するべきなのだろうかと考えていると、横からラウロがこれまた微笑を浮かべてさらりと言ってくれた。
「ササライにも損にはならない相手だし。ちゃんと一緒に食べるぞ」
「はい?」
相変わらずこの子らは油断がならないが、いったいその「友人」とはどこの誰でどういう関係なのか。
そもそもリーヤがそんなに嬉しそうにしている相手なんて限られているというか全部知っていると思ったのに。

さすがにあの六人だったりレックナートだったりヒクサクだったりするセンはないだろう。
シエラ御大とラウロの面識はないはずだし、他に可能性がある人物はササライには分からない。
そもそもササライが一緒に食事をするのが得になる人物っていったい誰だ。
「リーヤ、そろそろ時間だ」
「やっべー! あ、じゃあなササライ、いってきまーす!」
がたっと立ち上がってパンをくわえてリーヤはばたばたと足音を立てながら家を出て行く。
その後を追ったラウロを呆然と見送ってから、ササライは自分の朝食の最後の一口を優雅に終えた。

さてはて、その友達とは何者だろうか。















この場所では彼の濃い色の髪は浮いた。
しかし彼はそれを気にしている素振りはない。
案内者が一言二言言うと、鷹揚に頷く。
「では、よろしいですか」
「ああ、ありがとうな。だいたいわかった」
「それでは私はこれにて失礼いたします。なにかありましたら――にて」
おう、と答えて片手を挙げた青年に礼をして男は長い廊下を去っていく。

案内人を見送ってから、彼は小さめに作られ色のついた硝子をはめ込まれた窓から外を見やる。
硝子は透明に作るのがとても難しいものだったが、それはとても薄くそして透明度の高い物だった。
ここにすらこの国の力が見える。
「さって、早すぎたかな」
授業が始まるまでしばらくあるなーと呟いて、青年は踵を返そうとする。
しかし彼は廊下の向こう側から近づいてくる人影に気付いて、それをやめた。
かわりに満面の笑顔で手を大きく振る。

「よー!」
「トビアスー!!」
ずだだだだだ、と音がしそうなほどに走ってきたリーヤが、その勢いのままにトビアスに真正面から抱きつく。
まだある身長差のせいで胴体に抱きつく格好になったリーヤの衝撃をなんとか緩和させ、少し遅れてやってきたラウロに片手をあげての挨拶をした。
「久しぶりだな」
「ああ。元気そうで何よりだ」
「今ちょっとだけ元気じゃなくなったけどな。おいこらリーヤ、力任せに胴体締めつけないでくれよ」
「えへへートービアスーだ♪」
ご機嫌に笑ったリーヤはようやっとトビアスから離れる。
そのままぴょんぴょんと飛び跳ねかねない勢いで、まとわりついているが。
「リーヤは背が伸びたな」
頭に手をおかれてそう言われると、目を細めて頷いた。
「まあなー。トビアスは変わってねーのなー」
「十八から伸びたらすげーよ。ラウロは髪が伸びたな、まだ伸ばすのか」
「お前こそ。願掛けでもしてるのか」
にやりと笑って言われた言葉に、トビアスは軽く肩を竦めた。
「まあな」
「何のー? きーてねーよ!」
「初耳だな」
「お前らになんでもかんでも言ってるわけじゃないんだから」
知らなくて当然だろうとトビアスが呆れたように言ったのに、二人はすねたような顔になった。
まだ十六のリーヤはともかく、ラウロ、お前は十九だ。

「教えてくれねーなら、案内してやんねー」
「ついでに昼食をおごらせてやろう」
「俺にはプライバシーもないのかよ」
笑いながら突っ込んだトビアスは、たいした事じゃないけどなとただそれだけを返す。
問い詰めても言わないのだろうと判断したラウロは、くるりと方向転換をした。

「なんで、きた?」
「来ちゃ悪いか」
「別に。立場を考えると政治的に微妙かなと思っただけだ」
「学問を学ぶのにここよりいい場所はないぜ。それに俺はここ出たらニューリーフ学園に就職が確定してるしな」
前を歩いていたリーヤが振り返る。
横にいたラウロも表情を凍らせてトビアスを見ていた。
何を失言したのか理解できないトビアスは首を傾げる。
間違った事を言った覚えはないのだが。

「どうした? まあ半分はコネだけどな」
というか教授陣に何人か懇意にしている相手がいるので、彼らが推薦してくれたおかげだ。
ここへの留学はあくまでハクをつけるためだったりするのだが。
「お前……講師ごときになるのか」
「ぜってー政府に入って高官コースだって思ってたのに」
「冗談。俺にあんな激務はムリだな」
あっはっは、と笑ったトビアスにもったいないとか人材の損失だとか好き放題言うお前らはどうなんだというツッコミは入らなかった。
入れる人がいなかった。
「とりあえず、お前らは案内する場所が間違ってると思うけどなー」
「へ?」
「ん?」
足を止めた友人二人に、荷物を片手に持ったままのトビアスは笑顔できっぱり言い切った。
「腹が減ったらまず朝飯の食えるとこにしてくれ」
「……トビアス、かわってねーの」
「変わったらさびしいだろ」
もっともらしく言われて、ラウロは溜息を吐くと進路変更をした。















仕事を早めに切り上げたササライは、うらやましげな上司の視線をスルーして帰宅していた。
やっぱり早く帰る理由が「リーヤとラウロの友人と夕飯を食べるので」はまずかったのだろう。
上司の視線は素直に語っていた、うらやましいと。

しかしササライにしてみれば若干胃の痛い展開だった。
ただの友人なら問題はないのだが……朝方のラウロの一言が引っかかる。
何者だその友人。
まさか反政府派の子供とかだったりしないよな、前みたいに。

「帰りました」
「おっかえりー」
リーヤの弾んだ声が聞こえてくる。
家に入ってリビングに来ると、そこに一人の青年がいた。
「ササライ、こいつトビアス。トビアスっ、これが俺の伯父さんー」
笑顔だったのはリーヤだけで、トビアスとササライは表情を作るのを忘れて互いを見つめ合う。
ササライは見知らぬ彼にどう対応したらいいか図りかねて、トビアスは初めて聞いた名前に覚えがあって。

「……リーヤ、お前の伯父さんの正式な役職名を言ってみろ」
唐突に自分に話しかけられ、リーヤは瞬いて答えた。
「ハルモニア神官将兼、」
「それで十分。初めまして、トビアス=ファイエットです。お会いできて光栄です、神官将様」
恭しくされたお辞儀を受けて、ササライはようやく彼の素性に思い当たる。
その書類の処理をしたのはかなり前だから思い出すのに時間がかかった。
到着が今日だとは聞いていなかったのだが。
「君は――ユルバン=ファイエット殿の」
「次男です」
「な、俺の言ったことはあってるだろう」
台所から入ってきたラウロに堂々と言われて、ササライは苦笑いをするしかない。

ファイエット家はデュナン王国の名家だ。
完全なる王派であり穏健派である。
その当主であるユルバン=ファイエットは現在デュナン王国の外交を担当しており、ゆくゆくの宰相との噂だ。
その次男とリーヤたちが知り合いだったとは。
本当に類は以下略だ。

「ラウロ、夕飯はできたのですか」
「ああ。リーヤの準備ができてないだけだ」
 じろっと睨まれたリーヤは、慌ててテーブルにナイフとフォークを並べだす。
その様子にくすくすと笑ったトビアスは後ろから手を伸ばすとスプーンを沿えた。
「リーヤ、まだナイフとフォークの並べ方覚えてないのか」
「覚えてる! 簡易にしてんだからいーだろっ」
「じゃあ質問。ササライ様が座る席はどこでしょう」
「ササライいつもそこ」
「アホ」
べちと額を叩かれて、リーヤがむくれる。
軽く笑ったトビアスは違う席を指差した。

「あそこがハルモニア式の上座だろ。デュナンだったらこっちが上座」
「あっち俺。こっちラウロ」
「ササライ様が座ってるのは下座かよ」
突っ込まれて、そういえばそうだなとラウロは首を傾げる。
いつも座っているから違和感を感じなかった。

「まだ私がひよっこだったころの習性です。下座の方が落ち着くんですよ」
ほのほの笑ったササライに、トビアスは容赦なく突っ込んだ。
「いくつですか」
「歳は百年くらい前から数えていませんねぇ」
「……慣れてくださいよ」
今日は俺がこっちに座りますから、と言われてしまってササライは困ったように眦を下げた。
「そっちは落ち着かないんです。こっちがいいんですよ」
「トビアス、そっちでいーじゃん? んなのだれも気にしねーし」
「ま、それもそうか」
渋るかと思いきや、あっさりと放棄してトビアスはとっとと席につく。
リーヤも台所から夕食を運んでくるといつもの場所に座り、ラウロもそれと同じく腰かけた。

「トビアスいつまでここに通うんだ?」
食事を始めようとした瞬間のリーヤの問いに、トビアスはうーんと首を傾げる。
「まあ、三ヶ月ってところだな」
「えー! 三ヶ月でもどっちまうのー!? つまんねーっ、もっといようぜ」
「もっとって」
どんだけだよ、と笑われてラウロがリーヤに賛同する。
「そうだ。どうせならプラス一年くらいいろ」
「気のせいじゃなければそれはお前らの残りの滞在予定だよな」
俺を巻き込むんかい、と突っ込まれて二人は笑顔で肯定する。
あまりにかわいそうになったササライが何か言ってやろうとしたが、それより先にトビアスは声を出して笑った。
「あっはっは、しっかたないな。どーしてもっつーんなら、滞在伸ばしてやってもいいぜ」
笑顔の彼にリーヤはぱっと顔を輝かせ、ラウロも満足そうな笑みを浮かべた。
「どーしてもー」
「どうしても、だ」
「りょーかい」
ホント変わってねーなぁお前ら、と言う彼がちっとも困った顔をしていなかったので、ササライはゆるく微笑んだ。




 

 



***
トビアスにはリーヤもラウロも極限にデレる。