<その理由>
するすると、髪を通る指が心地いい。
窓際の椅子に座って、窓縁に腰をかけて髪を梳いているリーヤに好きなようにさせて、何をするでもなくラウロは目を閉じていた。
起き抜けなので当然髪は降ろされたままで、窓から差し込む陽光が銀の髪を透けるような色に見せる。
昨夜の睡眠不足と髪に触れられる心地よさも相まってまどろみかけた意識は、リーヤの声で引き戻された。
「ラウロって髪長いよなー」
「……ほとんど切ってないからな」
肩の前に垂れた銀糸は、降ろせば腰のあたりにまで届く。
これ以上長くするつもりはないが、短くするつもりもない。
昔は短かったのが、いつから伸ばすようになったのだったか。
「手入れあんましねーの、もったいねー」
「女じゃないんだから髪なんかに気を遣ってられるか」
「綺麗なのに」
それでもそんなに傷んでるわけでもねーんだよな、と髪に指を通しながらリーヤは呟く。
手櫛でざっとほつれを直して、歯の細かい櫛で丁寧に透かしていく手付きは慣れていて。
人の髪はこうやって丁寧に扱うくせに、自分の髪はいつも適当に梳かして無造作に後ろでひとつに括っている。
「髪をいじりたければ自分のでやればいいだろう」
「自分じゃ上手くできねーし、見れねーじゃん」
それにラウロの髪をいじんのが好きなの、と上機嫌で言いながら、器用に髪を結っていく。
髪が長くていい事などほとんどない。
鬱陶しいは引っ掛けるは縛ったりするのが面倒だは終いには女性と間違えられた事もある。
それでもどうしてか、短く切ろうと思う事はなくて。
「でーきた」
今日は暑いらしーし、とリーヤは頭の後ろで手を組んで笑う。
その表情を見るに、今日は満足のいく出来だったらしい
軽く手を後ろにまわして触れてみると、いつもやっているようなおざなりな纏め方ではなく、綺麗に結ばれて、上の方で金具によって留め上げられていた。
「……相変わらず器用だな」
「どーいたしまして」
笑って言うリーヤに小さく口元を吊り上げるだけの笑みを返して、ラウロは窓際に置かれた櫛を手に取った。
「リーヤ」
「んー?」
「座れ、結ってやる」
「え、俺もう終わってるし」
「俺だって縛ってたのを解いたのはお前だろう」
「じゃー、よろしく」
入れ替わりにリーヤを椅子に座らせ、その後ろに立って髪を縛っていた紐を解いた。
少し痛んだ髪を手でゆっくりと梳いてやると、リーヤは気持ち良さそうに目を細める。
こうしていると、日向ぼっこしている猫みたいだとなんとなく思いながら、ふと昔の事を思いだした。
まだ髪が今よりも随分と短かった頃。
数年来の「親友」が、己の髪の端に指を絡めて、綺麗だと言ったのだ。
「なー、髪のばさねー? 俺結ってみたいー」
無邪気な言葉に、女性じゃないんだから、とその時は一蹴した。
……暑くても、鬱陶しくても、切らない理由はなんとなくだと、そういう事にしておこう。
ラウロは気付かれないよう嘆息して、梳き直した髪をまとめあげた。
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加筆して更に泥沼化した気がするorz
黎黯さんのお誕生日祝いとして献上しました。