<何事も経験>
「火炎の矢!」
「怒りの一撃!」
「おい馬鹿共! きいてねーぞなんだこれは!!」
怒鳴ったトビアスは、前を走るリーヤに合わせて走る速度を速める。
しらねーよッと叫んでリーヤはもう一度右手を一閃させる。
「大爆発っ!!」
チュドーン
背後からつぶてとか悲鳴とか轟音とか熱とか火の粉とか飛んできて、それを全部背中に感じたトビアスは青ざめる。
「……てっ、てめえ! 静かなる湖となえてやろうか!!」
「こらリーヤっ、Lv3魔法は封じておけと言っただろう!」
「だいたいなぁっ、火魔法を山の中で使うな! こういう時はこうだ――切り裂き!!」
トビアスの放った強烈な一撃は、木を切り倒し道を塞ぐ。
ようやく足を止めて上がった息を整えた三名は、完全に道が塞がっているのを確認した。
「はー……ひっでーめにあったー」
「酷い目に遭ったのはこっちだ」
「っつーかなんで山賊に喧嘩売ったんですかお二人さん」
現在、彼らがいるのはロックアックス近辺の山。
社会勉強の一環――という名の修学旅行だと思えばいい。
三人一組で行動するように、との先生のお達しにリーヤとラウロが引っつかんだのはトビアスだったわけだが。
「で、これどうする」
「騎士団に連絡したら、捕まえに来るんじゃねーの?」
たしかに、とトビアスは同意して腕を組んだ。
「ところでリーヤ君」
「んー?」
「森の中で火魔法を使うなと。俺は再三度言ったよなぁ?」
「と、トビアスって魔法使いなのに俺らと同じ速度で走れてすげーよな!」
「鍛えられたんだよお前らに!!」
べしっとリーヤの頭を叩いて、渋い顔で振り返る。
「ラウロもラウロだ。なんでしょっぱなに震える大地とか使うんだ……」
おかげで足元が揺れてスタートダッシュが遅れた。敵も遅れたのだが。
「ああ、悪かったな。俺らは慣れているから」
「…………」
震える大地で走るのが慣れているってどういう事だそれは。
突っ込むのもいい加減にしようと思い、トビアスは両肩をこきこきと回す。
「に、しても。敵さんはすぐに追いついてくると思いますが。何か盗ったんなら今すぐ出せ」
「盗ってなんかいない」
「そーそー。返してもらっただけ〜」
「……おいリーヤ、何をかっぱらってきた」
えへ、と笑ったリーヤが目の前に差し出したのは。
そりゃあもう見事な。
金細工の。
「なんでお前がそんな豪華な懐中時計なんか持ってんだ!」
「これ俺ンだもん! じーちゃんがくれたんだもん!」
まだ俺には早いだろうけど、大事にしなさいって言ってくれたんだもん!
必死に叫んだリーヤはぎゅうっとそれを握りこむ。
「だ……だいたい、時計だって十二分に貴重品なんだぞ、なにもんだよお前のじーちゃん」
トビアスのツッコミは真っ当だったが、ラウロはリーヤのややこしめな家庭事情? を知っていたので、マクドール側の誰かからもらったのだろうと判断していた。
よっぽどな貴族じゃないと用意できるものではない、が、シグールの周辺人物なら用意できる上ぽんとリーヤに渡す事も十分に考えられた。
とりあえずリーヤの時計のことは放置しておいて、トビアスはぐるりと視線巡らせる。
「敵さんも馬鹿じゃないみたいだぞ」
溜息を吐いてトビアスはこきと肩を回した。
腰につけた鞘から短剣を取り出す。
小声で何か唱えるとその剣に淡い光がまとわりつく――旋風剣の紋章だ。
「後は任せたぞ二人とも」
そう言って、トビアスは左手を上げた。
「天と地に流れ行く 母の如し強き水よ
我は命じる この手に宿りし紋章の力と共に
今その力を与えよ 静かなる湖」
その呪文は簡略化されてはいたが、トビアスのアレンジが付け加えられていて完全詠唱とさほど変わらない力を引き出す。
こうと発光した半球に包まれて、周囲全部の魔法詠唱が禁じられた。
「いくぞ」
「おーう!」
ラウロが剣を抜き、同じくリーヤも剣を抜く。
魔法が完全に封じられた空間では、潜んでいた盗賊のうち魔法の使い手はまったく役立たずとなる。
先陣を切ってラウロが切り込み、足技で二人倒してから襲いかかってきた一人の肩に剣を貫通させる。
痛みに呻いた男の手から落ちた剣に足を引っ掛け跳ね上げて、もう片方の手で構えた。
そんな彼を横目で見つつ、リーヤは森の中に分け入って俊敏に枝に飛び乗り、身を潜めていた盗賊らを殴り蹴り木の上から叩き落とす。
「しまいっ」
「おっわり〜っ」
「よし、帰るぞ」
かすり傷……は少々あるが、目立った怪我もなく帰ってきた二名にひたすら自衛していたトビアスは声をかけた。
だが、この二名は痛みに呻いている男達を見逃してなんかくれなかった。
男達にとっては不幸としかいえない。
「さっき二人見つけた」
「俺も三人確認した」
「じゃーいくかー」
「ああ、面倒だがな」
「……あの、何?」
なにすんのお前ら、と突っ込んだトビアスに、決まってんじゃんとリーヤとラウロは当然のように言い放った。
「賞金首だよ」
「しがない奨学金だけじゃやっていけないからな」
「……ぉい」
賞金首を専門に狩るのは賞金稼ぎという専門職? で、その方面ではネットワークがある。
つまり勝手に部外者が賞金首を狩るのはやってはいけない事になっているのだ。
しかしこちらが被害者で、襲われたのを返り討ちにしたというのなら「偶然な幸運」という事になる。
「もしかしてお前らそれが目的?」
呆れて呟いたトビアスに、あったりまえじゃんとさくっと二人は返してくれた。