それは世界が、二人で完結していた頃の話。





<友達>





上級生に睨まれることは少なくない。
だが、直接的に対峙してくる相手は、近頃激減していた。

理由は二つ。
一つはリーヤが先日の武術大会総合部門で、堂々の二連覇を果たしたからである。
二つ目はラウロが同じく先日の武術大会剣術部門で並み居る強敵を倒し、こちらも優勝しやがった事だ。

もともと、リーヤの帰省先から帰ってくるなり、いきなり剣術を専攻しだしたラウロだったが、その剣才は非凡なものだったらしく、二年近く経った今ではすでにクラスに敵ナシの状態になっていた。
腕試し+ただ券+授業単位免除のためにとりあえず出てみたところ、気がついたら全勝してしまったというちょっぴりマヌケな話だったりする。

そんな一見頭脳派で本の虫(これは事実なのだが)に見えて、実はバリバリ武道派であることが知られたので、少人数でのちょっかいはさすがにない。
物理的には。


「……うぜーよな、これ」
「この労力を他に向ければいいのにな……」
遠い目で二人は頭上で飛び散った雷を見やる。
怒りの一撃――なかなかの高位魔法である。
当たったらちょっと、シャレにならない。
というか人に向ける魔法ではない。
(のだが、二人は日常的にこれを落とされるジョウイとかジョウイとかを見てきたのであまりそうは思っていない)

「――よし、復讐の申し子」
ラウロの右手が輝き、二人の周囲に防御魔法が展開される。
一度しか攻撃魔法を防がないが――その威力は見ての通りである。
「っつーか、こんなこと繰り返してるとこっちのレベルがあがるだけの気も」
「おかげさまでついに僕はLv3の大地の守護神までの詠唱破棄が可能になったからな……」

武力では絶対二人に敵わないと見たやつらが、今度は魔法で仕掛けてくるようになったのだ。
魔法には唱える時間が必要だが、効果範囲が広いし避けにくい。
かなり遠方から仕掛けるのも可能だ。
「……あ、札はっけーん☆」
そして、札にいたっては詠唱もいらんわ魔力も関係ないわ、トラップに使えるわ……便利だ。
「高価なのにな。もらっとけ」
「りょーかい☆ 今週も買い食いー♪」

うきうきと楽しそうに罠の解除に励むリーヤ。
こんなことがお手の物になってると故郷の両親が知ったらなんて思うだろう。
……考えまい。

ついでに姉は笑うと思う。


「げ、炎の壁!」
「……あっちも手加減なしになってきたな」
下手すると死ぬって。

「どーっすかね、いーかぜんウッゼーの」
「再三度こっちからの警告にも耳を貸さないしな」
「んじゃ、ぎゃふんっって言わせる策考えて」
「……嫌だ。また罰則食らう」

むーうーと唇を尖らせたリーヤだったが、はっと上を見上げた。
「ラウロ、上っ」
「!」
火炎の矢。
それが突き刺さろうとし――ラウロの魔法に阻まれる。
「チッ、残り後一回だぞ」
「うそっ、建物までダッシュしねーと!」

さすがに復讐の申し子なしで、火炎の矢くらいならともかく、怒りの一撃とか喰らったらたまらない。
青くなったリーヤが最短距離で建物へ向かおうと踏みきろうとした。
「まて、そっちは――!」

ヒュウウウウ

静かな音が、聞こえた。


「おいおい、敷地内で魔法合戦かよ、熱心だなー」
けらけら笑う声と共に、誰かがこちらへ近づいてくる。
あからさまに不審げな顔をしたリーヤとラウロに、その少年は笑った。
「危機一髪だったな。全員眠らせておいたぜ」
「……眠りの風、か。この広範囲で……」
なかなか見事な魔法の腕にラウロはまず感心する。
それから目の前の少年に目をやった。

「……誰?」
「うぉおい! ラウロ君!? それはないでしょ、俺だよ、俺、知らないの!?」
ずっこけた彼を見て、ラウロは目を細めると隣に戻ってきたリーヤに尋ねる。
「リーヤ、知ってるか」
「ううん、しらねー」
「……お前ら、マジで自己完結してるっつーか……他人に興味ないよな」

がしがしと自分の黒髪を掻いて、少年はふうと溜息を吐くと、右手を差し出した。
「俺の名前は、トビアス。ラウロと同い年だよ」
よろしくな、と言った彼の手を、ラウロはゆっくり握る。
「……ラウロだ」
「知ってるよ、お前たちセットでちょー有名だもん」
リーヤもよろしく〜、と言われてリーヤは不思議そうな不審そうな表情を混ぜたまま、トビアスの手を握った。

「なお、俺は突風のトビアスと人気です☆」
「痛い」
「寒い」
「……一応、武術大会魔法の部で二位だったんスけど……」

二人に袈裟斬りにされて、トホホの顔になったトビアスはまあそれはおいといて、とさくり自己回復するとラウロの右手を指差した。
「復讐の申し子、詠唱破棄で展開できるのはすっげーけど……一日何回使える?」
「二人にかけるから、三、四回」
「辛くね?」
「まあな」
今日みたいに立て続けにこられるとたまらない。
あまり外に出歩かないという間接的な防御はしてきたのだが。
守りの天蓋だったら二名同時に守れるが、さすがにそんな高位魔法をばしばし使うのも無理だ。

「俺はこっちを勧めるけどな」
そう言ってトビアスは左手を掲げる。

「高き空より世界の果てまで 地を巡り命を支え
 分け隔てなく流れ行く 母の如く愛を語る水よ
 我にその清き心を 我にその防御の手段を
 我は命じる この手に宿りし紋章の力と共に
 今その力を与えよ 静かなる湖!」

左手が輝く。
同時に、ふわりと周囲が透明な何かに包まれた。


「ばっちり広範囲に有効。宿しておいて損はないんじゃねーか」
「水か……考えてなかったな」
静かなる湖は一定時間、全体の詠唱を不可にする。
つまり魔法が発動しない。
たしかに今回のように立て続けに狙われた時、最も良い手段だろう。
「よし、リーヤ、お前水宿せ」
「ええっ、ヤだよ! 俺相性よくねーもんっ、Lv4魔法とかつかえねーし!」
「じゃあお前土宿すのか」
「あぅ゛」

土との相性がかなりいいラウロに比べると見劣りするのは明らかだったので、リーヤは口を尖らせる。
だいたい、彼が相性がいいのが火に雷と、攻撃主体にできているのだから仕方がない。
「僕が宿しても――微妙だな」


ラウロも水の紋章はほとんど扱ったことがない。
風も少々で、主に土とか雷とか闇とか……。
……そろって防御にむいてないな。

「まあ、運がよければ流水の紋章とか見つかるかもしれないし……」
がんばれよ、と言ったトビアスの手をラウロはガシッと握った。
「トビアス」
「なんだ?」

「相手が飽きるまで一緒に行動してくれ」
「……・アレか、お前ら俺も巻き込んでしまえとか思ってるのか。それでヤバくなったら俺に魔法を使わせる気か」
「「そう」」
声ををそろえて言いやがった二人に、トビアスはにかっと笑った。

「それ、待ってた」
「え?」
なんで? と不思議そうな顔をしたリーヤの頭をくしゃくしゃ撫でる。
「お前ら、いっつも二人でなんでも解決しやがって。結構、お前らの味方もいるんだぜ。それで俺が頼られた第一号♪ うれしいじゃねーか」
まかしとけ、突風のトビアス様の名前は伊達じゃない。
腕まくりしながら笑った彼を見て、リーヤは首を傾げるとぴょんとラウロの隣へいって、彼の耳に囁いた。

――こいつ、変なヤツ。



その日以来、校内でも有名な二人組がたまに三人組になるのが目撃された。

 

 



***
祝☆トビアス初登場\( ̄▽ ̄)/

常識人に見えますがこの人もともとあんまり常識人じゃないです。
ベクトル的に言えば。


坊に近い。