<祈り清かに>





静かだねぇ。
窓の外を見て呟いたクロスに、ルックは無言で視線を送る。

昼過ぎから降り始めていた雪は、気温が下がる夕方頃にはうっすらと地面に積もり始めていた。
ルックの座る位置からは窓の外を見る事はできないが、窓の近くからならこの暗さでも、降る雪をいくらか見る事ができるのだろう。
湖には数日前から氷が張るようになっていたから、雪はその上にも積もっているかもしれない。

普段から周りに何もない塔だが、雪が降り出すと一層音が届かなくなる。
重厚な造りをした塔はかすかな外の音を通さず、雪が更に音を吸収するから、耳が痛くなるような静けさを味わう。
昔はそんな冬を過ごすのが恒例だったが、同居人が増えて来客が増えて、音のない痛さなど遠いものになった。
今はもうそんな冬を思い出す事も稀だ。

「どれくらい積もった?」
「どうだろう……明日の朝になったら、雪だるま作れるんじゃないかな」
「今更誰が作るのさそんなの」
「え、作りそうな子がいるじゃない」
そこにさ、と指差す先はルックの膝元。
ルックに寄り添うようにソファに横になってすぴすぴ寝息を立てている子供は、二人の会話程度では起きそうにない。
「リーヤならはしゃぎそうじゃない」
「……確かに随分と騒がしかったっけ」
「初めて雪を見た時って興奮しなかった?」
「僕はそんなに。珍しいものじゃなかったし」
「群島だと雪が降らないから、旅を始めて最初に雪を見た時はびっくりしたよ……冷たくて、味がないんだよね」
「……食べたの?」
「若気の至りってやつです」
空から降ってきた得体のしれないものをよく食べるつもりになったものだと嘆息する。
だけど寝入っている子供もそれを実行するかといえば、しそうだと思うから困りものだ。
食べられそうなものだと思うとすぐに口に入れようとするから……どこの赤子か。

砂漠生まれのリーヤが雪を見た事など当然なく、降りだした雪を見てそれは大騒ぎだった。
防寒具も碌につけずに外に出ようとするからそれを引き摺り戻して。
外に出てからもじっと上を見上げていて、さすがに体が冷え切る前にこれまた引き摺り戻した。

あれだけ初めて見た雪に興奮していたのに、寝る頃になると静かすぎて眠れないとぐずりだして、結局ここで眠っている。
……静かすぎて眠れないというのは、なんとなく分かる気もしたが。

肩口まで伸びてきた自分と似た色の髪を数度撫でつけた。
なんの心配事もなさそうな顔で寝ている顔を見ているとなんだか気が抜ける。
くぁ、と小さな欠伸が漏れた。

「そろそろ僕らも寝ようか」
「できたの?」
「うん、なんとかね」
これで明日、手を冷たくしなくてもよさそうかな。
クロスが先程まで編んでいた完成品を手に持って笑う。
深い緑の手袋はクロスやルックには小さくて、誰のために編まれたものか一目瞭然だった。
「明日は一日雪遊びだね」
「……僕はあったかい部屋にいたいんだけど」
「でも僕だけだとリーヤが物足りなくない?」
「シグール達呼んでこればいいでしょ」
朝イチで拉致に行けば問題ない、とルックは本に栞を挟んで閉じる。
クロスは苦笑気味に頷いて、リーヤをブランケットごとくるんでそっと抱え上げた。
「シグール達がくるなら明日は賑やかになりそうだね」
「煩いの間違いでしょ……」
暖炉の火を燭台に移して、暖炉の火を落とした。


明日の朝には眩しいくらいの景色が広がっているのだろう。



 

 

 

 

 



※※※

 

 

 

 

 

 



明け方にふと意識が浮いた。
瞼を刺激する光に目を開けると、布越しに白い光が差し込んでいた。

この部屋の窓は西向きだ。
朝日が差し込むはずもなく、東向きだとしても太陽が低いこの時期に、二階のこの部屋にまで日が差すだろうか。

厚い毛布を何枚も重ねたベッドから出て素足を床につく。
部屋の空気は冷ややかで、服の中に入り込んで、一晩かけてあたたまったせっかくの温もりを瞬く間に冷ましていく。
足の裏から伝わる直接的な冷たさに、残っていたまどろみは温度を道連れに逃げていった。



上着を羽織るのが億劫で、シグールはそのまま窓に寄り幕布を引く。
明るさを増した光に目を細めた。

窓の外には、一面の白景色が広がっていた。
昨日から降り始めた雪は一晩続いたらしい。
地面に積もった雪が朝日を反射して室内に入ってきていたのが、あの眩しさの原因だった。
風の流れてくる方にはまだ黒い雲が見えるから、この日差しは一時のものらしい。

本家のだだっ広い敷地の中で、この部屋から見える建物は遠くにある薪割り小屋くらいだ。
その向こうには、今は枝のみとなった林があるが、そこも白化粧が施されている。
まだ使用人も動き始めていないのか、庭には足跡すら見えなかった。
これだけまっさらな雪に足跡を最初につけるのは楽しそうだ。

それにしても、一晩でどれくらい積もったのだろう。
これからまだ降るようだし、屋根の雪おろしをさせた方がいいかもしれない。

そんな事を考えながら窓を開けると、切れるような冬の清んだ空気が体をうつ。
さすがに寝間着のままでは寒すぎて、シグールは身震いして二の腕を掴んだ。
閉じようと伸ばした手より先に後ろから伸びた手が窓を閉じる。

呆れた声が背後から聞こえて、冷えた背中にじんわりと温かなものが触れた。
「何やってんだぁ?」
「あれ、起きたの」
「寒いっての」
朝から窓開けるなよなとテッドはシグールを後ろから抱え込むように手を回す。
まだ眠いのか、視線があまり定まっていない。
「珍しく早起きじゃねーか」
「眩しくて目が覚めちゃった」
「あー……よく積もってんな」
「この時期にこんなに降るなんて珍しいよね、あと半月くらいは降らないと思ってた」
「最近寒かったからな」
そう言いながら、シグールを引きずってテッドはベッドに戻っていく。

先程までテッドが寝ていたところに押し込まれて、毛布を上からかけられた。
こもった空気は暖かくて、冷え切っていた体が弛緩する。
「お前足つめてー……」
素足で床歩くとか馬鹿じゃね、と呆れたように言われた。
くっつけられたテッドの足も多少冷えていたが、それでもシグールよりは温かくて、シグールはよいせと足を動かして、テッドの脛のあたりに足の裏を当てる。
つめてぇよ、と苦笑するテッドに擦り寄って、体温を分けてもらうように手を絡めた。
今度はテッドは文句を言わず、かわりにもぞもぞと毛布をずらして、顔の半分が隠れるまでにする。

「まだはえーし、もう少し寝ようぜ。多分今日は動くハメになりそうだし」
「なんで?」
「……どうせ起きたら雪で遊ぶんだろ」
「さすがにこの寒い中はしゃいで遊ぶほど雪は珍しくないなぁ……」
「今年はその珍しがる奴がいるだろ、クロスのとこに」
「あ、リーヤか」
そういえばあの子は雪を見るのは初めてか。
小さい頃自分が雪が降るのを見るとはしゃいでいた事を思い出して、リーヤの行動を想像して小さく笑った。
「クロスとルックのことだから、遊び相手として呼び出されるぜ、きっと」
「自分達で遊んであげればいいのに」
「とか言いながら、行ったらリーヤで散々遊ぶつもりだろ」
「ジョウイ達だと雪球避けるから面白くないんだよね」
結局遊ぶ気満々なんじゃねぇかと悪戯っ子のような笑みを浮かべるシグールを軽く小突いてテッドも笑う。

もう少し日が高くなったら、ルックが迎えにくるだろう。
それまでは冷たい部屋の中、温かな毛布に包まって、まどろんでいようとシグールは目を閉じた。


 

 

 

 


***
4ルクとテド坊で。
……ジョウ主、は、ごめんなさいorz


リーヤが来た1年目でした。

ハッピーメリークリスマス!