<奨学試験>





入学準備はしておいたから、がんばってください。
笑顔でササライに言われて二人はササライ宅を出て、学問施設へと向かっていた。

「なー、ラウロ」
「なんだ」
「試験あるって、何だろ」
「……知らん」

二人とも優秀だっていうから、一番難しいコースに推しておきましたからね。
学問終えた暁にはうちに働きに来てくれると嬉しいですね。

……と、笑顔で言いやがったササライのことを思い出して、二人はディープに落ち込む。
ハルモニアはまず間違いなく北大陸の学問の中心である。
そこでの一番難しいというのは、どのくらいのレベルなんだか。
「難しーのはいーんだけど……」
長いのが嫌だ。
そう言ったリーヤに同意して、ラウロは試験会場の扉を開けた。





開始四時間後。
昼食休憩に入り、ラウロは机の上に突っ伏しているリーヤの頭を小突く。
「……生きてるか」
「……俺、戦略応用苦手……」
「俺はシンダル語解析で死んだ」
なんだあの難関な問題は。
溜息を吐いてラウロは支給されたサンドイッチを手にする。
「なんで二百うん十年も前の戦争で使われた陣形、全部順番に並べなきゃいけねーんだよ!?」
「なんでシンダル語で書かれた文章から、彼らの文化について考察をかまさなきゃいけないんだろうな」

はああああ。

「やってらんねー」
「まだ四時間残ってるぞ、午後の部が」
「うげ」
今度は何だよとリーヤがぼやく。
「午後は、主に専攻予定分野についての……論文形式の記述」
「げ」

俺論文試験嫌い。
眉を寄せてそう言ったリーヤは、ずっとペンを握っていて疲れた手をほぐした。















試験終了後、半ゾンビで帰宅した二人をササライが笑顔で迎える。
「おかえり」
「……死んだ」
開口一番そう言うと、ソファーに倒れこんだリーヤを引っ張って自分のスペースを開けさせ、ラウロも座り込む。
「何なんだあの試験……」
「大変だったでしょう? ハルモニア高級官僚と学者専門職への登竜門ですから」
「あれ、官僚も受けるのかよ」
生半可な量じゃねーっつーのと呟いたリーヤに、ええそうですよとササライは答えた。
「ただ、君達の四分の一くらいの量で、専攻分野のみですけどね」
「何だよそれー……」

「学者も同じですけどね、君達とまったく同じ試験を受けた生徒はあまりいません」
そりゃいねーだろーよとぼやいてリーヤは座っているラウロの膝に、どっかと自分の頭を乗せる。
「……重い、どけ」
「やだー」
「俺だって疲れてるんだ……しかも明日は実地だし」
「え!?」
「予定表読まないとダメじゃないですか」

ほら、と言ってササライが紙を取り出す。
「今日は午前午後共に筆記試験、明日は午前口答試験で午後が実地試験」
「実地試験て、何の」
ラウロの膝の上で目を閉じたリーヤが疲れた声で尋ねると、ササライは下の文章に目を走らせる。
「君達は武術と魔法一本ずつです」
「武術にまほー……」
「はい、好きな武器と紋章を選んで教官と対戦です。まあこれは勝たなきゃいけないわけじゃないので」
気楽にできると思いますけどね。
「ちなみにササライは?」

膝の上のリーヤの頭をどかす努力を放棄したラウロに尋ねられて、ササライは微笑した。
「大昔魔法で勝負はしましたよ、もちろん秒速勝ちですが。あ、ちなみに今年の魔法試験管私ですから」
「詐欺だ!」
微笑んで言ったササライに、ラウロが青ざめる。
「真の紋章は使いませんし」
「そういう問題じゃねー!!」

叫んだリーヤは、そんなに元気なら夕食これから作ってもらってもいいんですけどとササライに言われ、慌てて寝たふりをした。















口答試験は何とか潜り抜け、実地試験でリーヤが選んだのは棍、ラウロが選んだのは短剣だった。
「……なぜ、棍」
「俺、一番得意なの体術」
「いや、それは知ってるけど」
別に俺たち武術習いに来てるわけじゃないから、わざわざそんな戦い慣れなんてアピールしなくても。
そう思ったラウロは「武術が上手いと知れるとまた方々から勝手な勧誘がかかる」まで計算して、わざと短剣なんて選んでみたのだが。
……どっちが問題だろうか。

「では、お互いはじめ!」

向かい合った教官と礼をして、リーヤは即効攻めに行った。



「おや、楽しい事になっていますね」
「神官将様!」
競技場に降りてきた神官将に敬礼をして、試験官一同は直立する。
「もしかして、教官が負けましたか?」
「……面目ございません」
くすくす笑いながら問いかけるササライに深く頭を下げた教官は、目を両方とも瞑っていた。
「いや、こっちこそ、悪かったっつーか」
目、大丈夫かよ?
リーヤに言われて教官は問題ないと答えている。
「何をしたんです?」
「……いや、ちょーっと反射的に目潰しを砂でしちゃったっつーか」
つい、くせで。
申し訳なさそうなリーヤの後ろで、気まずそうな顔をしているラウロは何をやらかしたのか。
ササライが尋ねてみると、こちらもすまなそうな声ですみませんと呟いていた。

「何したんですか」
「いえ、ちょっと接近戦をした時に……その」
急所を。
そう言ってラウロはしゃがみ込んでいる教官に手を伸ばす。
「……申し訳ありません」
「い、いや、神官将様、彼らを是非武術専門で鍛えたいのですが……」
蹲ったままの教官が、顔だけやっと上げて言うと、ササライはそれはどうでしょうと答えた。
「とりあえず魔法いきましょう」

紋章は何を? とササライに聞かれてリーヤは手袋を引っ張って秘密と返す。
「教えたら不利じゃねーか」
「まあそうですね」

じゃあやりましょうか。
そう言ってササライは競技場の真ん中にたった。
「二人一緒でかまいません」
「その言葉待ってましたっ、いくぜラウロっ」
「おう」

互いに紋章を宿した手を掲げる。

「火炎陣っ!!」


膨れ上がる火球に空にとどろく雷鳴。
それらを目に映し、ササライは微笑んだ。

「いきなりか」

なら、たまには遠慮なく。
くすり笑って、彼の額が輝いた。



地面に突っ伏した二人を見下ろして、楽しそうにササライは笑う。
「詐欺だ……」
「ありえない……」
口々に呟く彼らは、疲労の色が濃く浮かんでいる。
「あ、服の端が少し焦げてます」
「慰めになってないっつーの!」
ははは、と笑ってササライは髪を整えた。
「まあ、上級紋章は想定範囲でしたけど、まさか蒼き門をつけてくるとは思いませんでした」

守りの天蓋であっさり初っ端の火円陣を防いだ後、背後から蒼い都をかまされたのだ。
「……こっちだってそっちが空虚の世界かますとは思ってなかったよ……」
ようやく膝をついて立ち上がりながら、ラウロが息を吐き出す。
「ルックとやってても思ったが、詠唱も無しでLv4魔法同時展開なんて、どういう魔力キャパシティしてるんだ」
「上級紋章の魔法を詠唱時間皆無で発動させられるだけ、十分すごいですよ、ほら、そっちに魔法担当の教官が」
「…………」

ようやく立ち上がったラウロがリーヤに手を貸し彼を引っ張り上げる。
「で、結果は?」
「明日には出るはずですよ、ちなみに奨学金が下りなかった場合は、デュナンに帰ってくださいね、徒歩で」
「……徒歩」
「はい」

では、結果を楽しみにしていましょうね。
今晩までは私が料理をしてあげますから。
そうササライに言われて、リーヤとラウロは無言で視線を交わした。

……楽しまれてる。










届いた結果を一瞥して、ササライは二人を呼ぶ。
「届きました」
頭に特別奨学生第一級認定と書いてある書類を受け取って、ラウロは安堵の溜息を吐く。
「えーっと……ああ、通ったな」
よかったよかったと頷いて、リーヤの書類を覗き込んだ。
「……お前、何したんだ」
「いや、別になんも……」
リーヤの書類には、思い切りこう書かれていた。

『認定採決不可』

「ササライ、これって、どういう意味?」
「文字通り認定できなかったってことでしょう。リーヤ、論文試験に何書いたか言ってください」
「経済と軍策だから、経済は北大陸の経済発展歴史の変遷書いて、軍策は設定に基づいて十五倍の戦力差の相手をどう攻めるかを、設定資料を元に」

普通に書いただけなんだけど。
呟いてリーヤは首を傾げる。
「で、口答試験は何を?」
「普通に経済理論と交易のやり取り、あと軍指揮の基本聞かれて、それと」
「それと?」
「……あー……そーいやぁ、シンダルについて何か知ってるか聞かれて、興味あるっつったら、こういう本とか読みましたかって聞かれて、それもこれもあれとかも面白いって答えたような」

わかりました、と言ってササライが溜息を吐いた。
「おそらく、認定不可の理由は、教官がリーヤの学力判断をできなかったからでしょう」
たぶん、他の試験用紙にもとっぴょうしもない事書いたんでしょうね。
「え、どーなんの俺」
「明日私に採点が回ってくると思うので、それで最終決定にしましょう」

それって、俺の未来はササライにかかってるって事?
恐る恐るそう尋ねたリーヤに、ササライは笑顔で頷いた。
「というわけで明日中に家の掃除をしておいてください」
「……はーい」


 

 



***
ハルモニアシリーズ開始。