<おねだり>





居間として使用している部屋の中央に置かれたソファに腰かけて、ルックは読書を楽しんでいた。
ふかふかなそれは客人が座り心地がイマイチと言って持ちこんだもので、これ幸いと愛用している。
大きなクッションを背に敷いて、この間買ってきたばかりの異国の書に目を通し、時折クロスの淹れておいてくれた紅茶で喉を潤す。
ふと近づいてくる気配に、ルックは本から僅かに意識を外した。

一月ほど前に拾ってきた子ども……リーヤはこの塔にも大分馴染んできたようで、時折他の階に散策にでたりもしているようだった。
ほとんどが使っていない空き部屋だし、入られては困るような場所には結界や鍵をかけてあるので子どもが歩き回ってもそれほど危険はないからと好きにさせている。
クロスは外に出ているから、たぶんリーヤは今まで他の階へ行っていたのだろう。
とてとてとソファの傍まで寄ってきたリーヤに、ルックは視線を本から外した。
ルックの視線が向くと思っていなかったのか、リーヤは大きな目を瞬かせて視線をそらす。
聞きたい事がある時は遠慮せずに言うように、とクロスに言われているから、用があるなら言うはずだ。
ただ探索を終えて暇になったから来ただけか、とルックは再び視線を本に戻した。
けれど下から向けられてくる視線がじりじりと痛くて集中できない。
本を読んでいる最中は邪魔をするな、と以前言い含めたからか、リーヤはソファの下に膝を折って座り込み黙っていた。
けれどちらちらとルックを見上げるものだから、気になってしかたがない。

小さく息を吐いて、ルックはぱたんと本を閉じた。
座り込んだままのリーヤはルックの目が自分に向いていると分かっているのだろう、顔を下に向けたままだ。
「リーヤ」
名前を呼ぶと、小さく肩を震わせる。
「何かあったの」
「…………」
「言いたいことがあるならはっきり言いな」
微かに苛立ちを含ませた声音に、リーヤは居心地が悪そうに視線を彷徨わせた。
せっかくの本を途中で止められて気分が悪いのだが、ここで舌打ちでもしようものなら逃げ出しそうだ。
子育てなんて百年単位で久し振りな事だから、接し方なんて忘れてしまった。
それでも何かを言おうとしているのは伝わってきたので、黙ってリーヤが言い出すのを待った。
「……あの、さ」
やがて決心したのか、リーヤは体の向きを変えてルックと向き直った。
下から窺うように見上げて、おずおずと口を開く。
「もじ、おしえて」
「……は?」
きょとん、とルックは思わず声に出してまじまじとリーヤを見た。
リーヤはその反応を否と取ったのか、視線を逸らして居心地悪そうに続けた。
「めーわくなら、いい」
「…………」
ソファに顎を沈めて俯いているリーヤの脇に手を差し入れて、ひょいとルックは自分の膝の上に抱え上げた。
肉の薄い体は腕力のないルックでも軽々と持ち上げられる。
すとんと膝の上に座らされたリーヤは、ついで額と指で弾かれて軽くのけぞった。
「なに、それを言うのにあれだけ時間かけてたの?」
呆れたように言うと、しゅんとしょげてみせる。
文字は基本誰かに教えてもらって身につくものだ。
リーヤの場合必然的にそれはクロスかルックになるわけで、自分から意欲を出すならそれは喜ばしい事だし、迷惑と取るほどの事ではない。
「だって」
弾かれた額を押さえて呟くリーヤに、ルックはやれやれと肩口で切りそろえられた髪に手をかける。
「遠慮なんてしなくていいから。聞きたい事があれば聞けばいいし、多少の我儘は子どもの習性だから」
一部、いつまで経ってもガキのままの連中もいるけどね、とぼそりと付けたし、わしわしと撫で回されるままになっているリーヤに口端を上へと持ち上げてルックは言った。
「言っとくけど、僕は厳しいからね」
「……うんっ」
目を輝かせて頷いたリーヤの頭をもう一撫でして、ルックは教本になりそうなものを頭の中で数冊リストアップした。
さっきまで読みかけていた本の事などすっかり意識の外に追いやって。







***
完全に親ばか、寧ろばかお(待
2人がべたべたに甘やかしてるのが好きです。
黎黯さんへの誕生日お祝いもの。







↓オマケ。


「あれ、何してるの?」
外に出かけていたクロスが戻ってきてみると、ソファに仲良く座っている二人の姿があった。
出かける前、ルックは買ったばかりの本を読んでいたのに、その本は机の隅に追いやられて、代わりに薄い本を膝の上に置いてリーヤに見せるように広げている。
「おかえりクロス」
「おかえりー」
「うん、ただいま」
「もじ、おしえてもらってる」
嬉々として言ったリーヤに、なるほどとクロスは机の上に積まれた本を一冊手に取る。
塔のどこかに眠っていたらしい子供向けの伝記だ、わざわざ探してきたらしい。
いいなぁ、とリーヤを抱き込んで微笑みかけると、ルックは照れたようにそっぽを向いた。
「僕も教えたいなー」
「……あのねぇ」
呆れた視線を向けるルックを気にせず、腕の中のリーヤに笑いかける。
「リーヤ、剣術なんてどう?」
「え」
「無茶言わない」
せめてもう少し体力と肉をつけてからにしな、ともっともな指摘を受けて、クロスはちぇー、と眉尻を下げた。