愛しているの
本当に
だからあたしは今も幸せ
<coniuratio 〜Gretia〜>
転入してきたばかりの少年二人は、どちらもハルモニアの人間ではなかった。
顔立ちは二人ともとても整っていて、第一級奨学生ということは頭もとてもいいという事だ。
――私、あの二人のどっちかアタックしちゃおっかな!
先にそう言ったのは、やはりスフレの方で。
でも。
初めてクラスに入ってきて、後ろの席に座った彼。
物憂げな表情をして授業中ずっと窓の外を見ていたのに、質問には必ず的確に答えて。
数回の授業を終えた後、何の頓着もなくグレティアに話しかけてきた。
――なあ、きょーの理論面白かったな!
……あの独特のきらきらと光る目で。
屈託なく、話しかけてきた。
楽しそうに――とても、楽しそうに。
彼に思いを伝えられる日が来るなんて。
この間、スフレがラウロと付き合うことになったと嬉しそうに言っていたけれど。
「グレティア!」
「スフレ、どこに行っていたの?」
親友の声に慌てて回想をやめグレティアは少しだけぎこちない笑みをつくると、スフレも笑顔で返す。
「こっちおいで! 今すぐリーヤに紹介するから!」
「え、ええっ!?」
思いがけない方向にいきなり話題が飛躍し、驚いたグレティアはスフレに腕を掴まれたまま、ずるずると引っ張っていかれる。
「ちょっと、待ってスフレ!」
「待っても何もないわ、紹介するって言ってるの、千載一遇のチャンスじゃない!」
いいから来るのよ、とぐいぐいと引っ張られて肩から先が抜けそうになりながらグレティアは諦めてスフレにおとなしく連れて行かれる事にした。
「お待たせっ! リーヤ、私の親友のグレティアよ」
空き教室に殴りこまんばかりの勢いで、スフレは扉を勢いよく開ける。
「知ってる」
授業外で会う事あんまねーけどなーと答えてリーヤは教室の机に乗せていた足を下ろす。
椅子に座ったままで、にぱっと笑った。
「で、話ってなにー?」
「……気付けよ」
小声でスフレがツッコミを入れたが、グレティアはリーヤの笑顔を正面から見て赤面してしまう。
そもそも、授業前後で話す内容は授業から派生した応用的なものであって、そのリーヤの論議に付き合うために必死で勉強をしているのだ。
だから、勉強から一歩離れると、何を話すかなんて。
ましてや、告白なんてできやしない。
「あ、あの……その」
「宿題? でもグレティアならできるだろー? 今度の実技は俺もちょっと不安だけどさー」
真っ赤になって俯いてしまった少女の様子には気付いていないのか、リーヤは一方的にああでもないかこうでもないかと続ける。
終いにあらゆる可能性を考えつくしたらしく、それでも何も言わないのにさすがに違和感を覚えたのか立ち上がって近づくと、ひょいと彼女の顔を覗き込んできた。
「っ!」
間近に見えた彼の顔に、グレティアは思わず飛びのく。
いい加減に隣で見ていたスフレの我慢も限界で、何か言ってやろうと息を吸った、時。
「まったく、鈍いにもほどがあるぞリーヤ」
開いていた扉に手をかけて立っていたラウロは、そのまま入ってくるとくしゃりとリーヤの頭を撫でる。
そのままぐいと彼に頭を強制的に下げさせた。
「こんなんですがよろしく」
「え、ええ?」
「やったーっ、これでダブルデートとかできるねっ、私してみたかったの」
わけの分からないリーヤは、スフレの言葉に悟ったらしく頭を押さえられたままラウロを横目で睨む。
「らーうろぉー」
「いいだろう、別に」
「よ」
何か言おうとしたリーヤの頭をぐぎっと嫌な音がするほど、ラウロは強く押さえ込む。
「グレティア、そういうわけだからよろしくな」
微笑して言われたその言葉に、また赤くなってグレティアは頷く。
よく分からなかった、けれど。
「勝手に決めんなよ、グレティアはどーなんだよ」
「え、あ、わ、わたし、は」
「女の子にそんなこと言わせるもんじゃないわよっ」
腰に手を当ててスフレが見下ろすと、いまだ頭を押さえられてるリーヤは眉を上げる。
「……なんかおかしくねー?」
「いいだろう別に。これで決定、めでたしめでたし」
ぱっとリーヤを離すと、ラウロはすっとその手をスフレに差し出した。
「それじゃあ行きますか、彼女さん」
「そうね行きましょ、彼氏さん」
笑ってその手を取ったスフレは、反対側の手でグレティアをつかむ。
ラウロはぽかんとしているリーヤの腕をひっぱった。
「お前もだ、リーヤ」
「俺も?」
「当たり前だろう。いくぞ」
早く、とひかれてリーヤは戸惑いの色が濃かったが、その次のラウロの言葉に喜色を浮かべた。
「お前と一緒じゃないと、スフレの面倒がみきれない」
「だっよなー!」
「ちょっとそこ、失礼なこと言ってんじゃないわよ」
漣のように笑って。
四人は教室を後にした。
もともと美少女コンビで有名だったスフレとグレティアに、同じく顔もよければ頭もいいとの評判のラウロとリーヤがつるみだした事で、噂は瞬く間にどこまでも広がった。
どこまで広がったかと言うと、つるみだしてわずか一週間で夕飯の席でササライが笑顔で。
「二人とも彼女ができたそうですね?」
と言ってくれたところからすると、政府上層まで広がっているようだ。
おそらく自分の子供を同じ場所で学ばせている官吏の一人から聞いたのだろう。
行動はほとんど四人一緒で、分かれる事があっても大抵は男と女に分かれていたが、ごくたまにそうでない時もある。
というか、ラウロとスフレが勝手にどこかに行ってしまって、リーヤとグレティアが残されるだけなのだけど。
「リーヤ君、あの、ね」
「んー?」
一歩先を歩いていたリーヤが、グレティアの言葉に振り返る。
「どーした?」
「……ううん、その……ごめんね」
唐突に謝られてリーヤは顔をしかめる。
理由もないのに謝られるのは好きではない、何にそんなに恐縮しているのだろうか。
「なにが?」
「だ、だって、リーヤ君、本当は」
リーヤがグレティアを格好だけ付き合ってくれているのは、ラウロとスフレのおかげ。
本当はリーヤ自身は何も思っていないのに、彼女の思いに付き合わされ振り回されているだけ。
そう言って、うつむいて謝罪の言葉を重ねたグレティアに、リーヤは足を止めた。
表情なんか見えなくても、声色だけで彼女が傷ついている事がわかった。
「グレティア」
名前を呼ぶと、狼狽しているような表情が返ってくる。
どうしてこんなにおびえているのだろう。
「俺は」
「言わないで!!」
おとなしい彼女にしては珍しく、高い声で悲鳴のようなものを上げてグレティアは耳を塞ぐ。
「知ってるの……リーヤ君は本当はあたしのことなんて、なんとも思ってないの。あたしは、ただの「スフレの友達」だから、ラウロ君がスフレと付き合っているから、しかたなくあたしの相手をしているだけで。わかってるの、あたしのことなんか、
なんとも思っていないって……だから、お願い」
紺に近い青の目から涙が滑り落ちる。
白い肌を流れながら、金の渦巻く髪にそれは呑まれて。
「……わがままだけど。今は、「好き」以外の言葉は、聞きたく、ないの。お願い――あたしを、捨て、ないで」
しゃくりと共に呟かれた言葉に、リーヤの一切の思考が停止した。
……そんなつもりじゃ、なかった。
彼女の事は友人としては接していたつもりだし、ただ「好き」でなかったのは事実だけど。
ラウロとスフレが大きな理由の一つでもあったけど。
捨てないで
――そんな事は、しないと。
そう、思っていたのに。
「……捨てねーよ」
その辛さを知っているから。
すがる手がない事がどんなに怖いか。
なくなると恐怖する事の恐ろしさも。
「俺は」
なるべくそっと泣いている少女の頬に手を当てる。
涙で張り付いた金の髪をどけながら、なるべく柔らかい口調で話しかけた。
「……俺が、グレティアと付き合ってんのは」
さすがに告白されてから、それとなく注意は払うようになった。
それまでは話の合う友人とだけ思っていたけれど。
――彼女が、リーヤと同じ授業を受ける前に、授業に関係するところの内容の本を図書館でごっそり借りて勉強している事に気付いてしまった。
毎回、授業の内容を超えて高度な事に触れるリーヤの話に相槌を打ち議論をするために。
朝廊下で声をかければはにかんで返事を返して。
昼食で隣に座ればおかしいくらい固まって。
「一緒にいるのは、たのしー、し」
そこまで真剣に、自分を意識してもらえているのは、嫌じゃなかった。
懸命に近づこうと努力して、それでなんとか近づいてきた彼女を。
自分から突き放すのは、できなかった。
「……俺の、意思だから」
掴もうと必死になっている時、その手が遠ざかっていくのがどれだけ悲しいか知っている。
やっと掴んだと思った手を、離されるのではと怯える恐怖も知っている。
「ほら、泣いてねーで」
ポケットから取り出したハンカチで頬をぬぐってやると、くすぐったそうに少女は笑った。
***
カップル成立。
たぶん。
あ、ラウリー派とかリーラウ派とかの人もちゃんと最後まで読んであげてくださいね。
続いていないのはLを読めばあきら(げふがふっ