手に入れてみせる

望みの結果を


たとえ信頼を売ることになっても





<coniuratio 〜Souffle〜>





ざわついている放課後、さっさと教科書をまとめて友人の姿を探して左右を見回していたリーヤは、目的の人物を見つけるとぱっと喜色を浮かべて走りよろうと、した。

「リーヤ」
背後から声をかけられ、ついでに肩にがっちり手をかけられた。
覚えのある声にしぶしぶ振り向くと、そこには金の目の色をした美女が立っていた。
「ちょっと用があるんだけど」
「なに」
「相変わらず仏頂面ー。少しは愛想よくしなさいよ? さっきのアンタ、いい顔だったのに」
「余計なお世話。なんの用だよ、スフレ」
スフレはふふっと笑って、耳元で両手を合わせる。
「お願いがあるのよね」
「……ヤダ」

「黙って最後までお聞きボウヤ。だいたい私が用があるのはラウロよアンタじゃないわ」
「なら俺に声かけんなよ」
うんざりとした顔で言ったリーヤに、間髪入れずスフレは裏拳を入れる。
もちろんリーヤはその攻撃を危なげなくかわすが、それを見ていたスフレの後ろの少女がほうと安堵の溜息を吐いた。
「ほらっ、グレティアが心配するわよ」
「なんに」
「アンタが人とマトモにしゃべれないから」
「ちっ、違うわスフレっ。あ、あたしはいきなりスフレがリーヤ君を……」
赤面した少女はぶんぶんと両手を顔の前で振って、スフレの言葉を否定する。
「ま、なんでもいいわ。今日の午後はあいてるんでしょ? 話したいことがあるのよね、アンタたちどこにいる?」
「……図書館」
ぼそっと答えたリーヤに、聞くまでもなかったわねと肩を竦めて、スフレは自分の荷物を持ち上げた。

「じゃあねボウヤ」
「ボウヤ言うな!」
くわっと噛み付いたリーヤに涼しい笑い声を残して、スフレとグレティアは教室を去る。
「どうした」
「……絡まれた」
「お前がスフレはともかく、グレティアと親しかったとは知らなかったな」
「え。ラウロ知ってんの?」
驚いているリーヤに、ラウロは当たり前だろうと逆に不思議そうに返す。
「グレティア=アン=オネゲルはハルモニア名家のお嬢様だからな。まあ、お近づきの機会があるとは思わないが。彼女一人娘だし」
知らねーと唇を尖らせるリーヤに、ラウロは苦笑して首を振る。
「もう少し人脈の大切さを知っておけ」
「いらねーそんなの」
「お前だっていつかは独り立ちするんだぞ? 俺だってクロスやルックだって助けてくれないぞ」
その言葉にリーヤは足を止めてから、少し硬い口調で返した。
「んなことねーから、別に、いい」
「…………」
「ずぅーっとみんなと一緒にいるから、いい」
「…………」

返す言葉もなく、というか返すべき言葉が思いつかず。
ラウロは無言のままリーヤの前を歩いていった。










伝えたとおり律儀に図書館にいた二人の前に、スフレがその顔を出したのはある意味予定通りである。
事前に分かっていたからこそだが、リーヤは嫌そうな顔を隠さない。

スフレは第二級奨学生でここでも指折りの魔術の使い手である。
出身地は綺麗にはぐらかされたが、裕福な家の出ではないらしい。
入学直後のリーヤの指導役に勝手に教官により抜擢されていたため、当初は右も左も案内してもらった事がある。
……ついでに。

「勉強熱心ねボウヤ」
いつものようにからかってきたスフレを本から眼を離して睨んで、リーヤはつっけどんに答える。
「……お前が不真面目なんだ」
「お言葉ね。話があるといったでしょう、ラウロ呼んでくれない?」
平然と命じた彼女に、リーヤは口をへの字に曲げて首を振る。
「ヤ」
「ラウロ、話があるの」

無視して直接スフレが話しかけたラウロは、書いていたレポートの一文を書き終えると顔を上げる。
「ここで聞こう」
「ここじゃちょっとね」
「……わかった。リーヤ、すぐ戻るからさっきの本探しとけ」
いいな、と言ってラウロは席を立つとスフレの後についていき、図書館を出、廊下の奥へと歩く。

「で、なんの話だ」
「前からああなの?」
「なにが」
とぼけないでもらいたいわ、と言ってスフレはその綺麗に描かれた眉を寄せる。
「リーヤよ。昔からああやってべったりなの? アンタたちクラスでなんて言われてるか知ってる?」
そのうわさは耳にしていたので、ラウロは次の言葉に詰まる。

リーヤとラウロはデキている。
学生の間の他愛ない噂話であったが、そう言われても仕方がない程にリーヤがラウロにべったりで、二人でいるときに誰かがラウロに声をかけると露骨に不機嫌になるのはさすがに気 付いていた。
ニューリーフ学園にいた時はラウロはそんな事を思った事はなかったのだけど。
リーヤは、気付いているのかもしれない。
いつまでも二人が一緒にいられない事に。
いつか別れて、互いに別の人生を歩まないといけない事に。
気付いているのかもしれない。

「前は……ここにくる前は、そう感じたことはあまりなかった」
「ラウロ、付き合ったことある?」
「一応あるが」
いきなり方向の変わった質問に戸惑いつつも答える。
「ダメになった理由、リーヤでしょ」
「……う」
痛いところを突かれてラウロはスフレの観察眼の威力に恐れ入る。
否、それともそれはあまりに自明で今まで面と向かって言う人間がいなかっただけか。
「リーヤはあるの」
「ある」
「そこがダメになったのは?」

付き合うといいながらも形だけ。
誘われればデートに行くことは行くが、喋る内容は女性を楽しませるようなものでは到底ない。
手をつなぐとかそういう事にも無頓着だし、ラウロとの先約が入ったりすれば躊躇なく彼女の方を断る。
三人で一緒にいたりすれば、リーヤの会話の相手はラウロになってしまい彼女にラウロが話題を振ってもマトモにお答えをもらったことがない。

「……察してくれ」
遠い目で呟いたラウロに、なるほどねぇと言ってスフレはびっとその綺麗に爪を塗った指を突きつける。
「いい? アンタたちと付き合うと、自分より親友を大事にされて女の子は傷つくわけよ」
だからね、と突きつけた人差し指で自分を指してスフレは笑った。

「ラウロ、私と付き合わない?」
「論理の飛躍が見られるが」
かわいくないわねえと自分より年上の男に言って、スフレは腰に手を当てる。
「だから、アンタが私と付き合って、リーヤがグレティアと付き合うの」
全員に利益が回っていいでしょう? と言った彼女にラウロは口を開いて反論をしかけ。

そして、やめた。

「私ね、将来ハルモニアの高官になるの。二度と泥を食む生活はしたくない。使えるものはなんでも使うわ」
アンタたちの身元保証人の、ササライ神官将に、会わせてもらえるかしら。
静かな微笑で言ったスフレに、ラウロはしばし無言で対峙する。
彼女の考えている事が読めない。
だが、やろうとしている事はなんとなく分かった。
「最低だな」
「悪い条件じゃないわ。アンタはリーヤを独り立ちさせたい。私は出世の糸口がほしい。グレティアはリーヤと付き合いたい」
「リーヤが受ける利益はなんだ?」
わかっているくせに、とスフレは人の悪い笑みを浮かべたラウロに同じ類のものを返した。










――私達、付き合うから。

「……え?」
いきなりそう言われて、リーヤは眼をぱちくりさせる。
「付き合うことにしたから」
「は? ちょっ、ラウロ、なんで?」
「なんでって、好きだからよ、文句あるの?」
スフレに返されて、リーヤはむっと彼女を睨む。
「スフレには聞いてねーよ!」
「ラウロだって答えは同じよ」
「ホント? 好き……だったの?」
じっと上目に見上げられて、ラウロは片手を机に置いて深い溜息を吐く。
全部ここでぶちまけて説明するのは論外なれど、他に彼を納得させれそうな説明はあと一つしか思いつかない。
「まあ、そういうことだ」
「……へー」

初耳ーと目を細めたリーヤはがたりと音を立てて立ち上がる。
バン、と響くような音で本を積んで、ぐいと全部持ち上げた。
それ以上何も言わず、目を合わせる事もなく立ち去ろうとした彼の腕をスフレが捕まえる。
「ちょっと、リーヤ」
「離せよ」
「離せよってアンタ」
「離せ!」

腕を振り払って足早に立ち去ってしまうリーヤから、スフレはラウロへ視線を向ける。
何かを問うようなその目に、ラウロは肩を竦めて答えた。
「俺が付き合うことになるといつもああだ。そのうち機嫌を直す」
「思ったより重症。いっそリーヤと付き合えば?」
非難交じりのスフレの言葉に、ラウロは眉を寄せる。
「今と何が変わるんだ」
「変わるわよー……たぶん、いろいろ」
途中から自信なさそうになったスフレに、変わるわけないだろうとラウロは靴音を鳴らして外へ出る。
ちゃっかり自分の荷物はすでにまとめていた彼の後ろを、慌ててスフレはついていく。
「いけない、リーヤにグレティアを紹介しないと」
「先にそれをするべきだったな」
今の状態では話にならないだろう、日を改めてからにしたほうがどう考えても無難である。
「気付いていたなら言ってよねー」
機嫌が直ってからにするけど、とつぶやいてスフレは頭の中で図面をもう一度引きなおした。









 

***
ハルモニア学生話。
おそらく一番恐ろしく一番怖い。