<ファーストミッション 下>
ケープの名士とやらの仕事には、リーヤとアレストの二人で挑むこ事なった。
謁見したウィルストン=ウィップス氏は、にこにこと笑顔が耐えない穏やかな人物で、年若い二人を見て驚いたように目を細めた。
「おや、こんなに若いのに優勝と準優勝とはすばらしいね」
「ありがとうございます」
「で、仕事って?」
形ばかりの礼儀もないリーヤが本件に切り込むと、横でアレストはおいと眉をひそめるがウィルストンは気にした様子もなく、にこにこと返す。
「たいしたことではないのですよ、ライ?」
「はい、旦那様」
背後に控えていたらしき青年が前に歩み出る。
おとなしそうな容貌で、歳は二人と同じくらいだ。
「君達には彼と共に私の娘のセセナと、そして私の護衛をお願いしたい」
「護衛――ですか」
首を傾げたアレストに、そうなんだよウィルストンは頷いた。
「近頃は何かと物騒なようでね、ただ――妻の墓参りにツバラン自治区まで行くだけなのだけど」
「ツバラン……ですか」
ロクワット湖の辺に栄えるツバランは、小さいが強大な力を持ち、自治区となっている。
ここからツバランまで、ゆっくり旅しても一週間、程度だろう。
「わかりました」
「助かるよ。護衛が何人か休みを取ってしまってね」
強制的に仕事をさせればいいだろうに、強いて傭兵を武道大会をかねて募集して多額の報奨金を払って高々護衛に雇うあたり、大勢を見越しているのかただのお人よしか、何か計算があるのか。
図りかねてアレストは黙り込むが、リーヤが逆に口を開いた。
「で、なんで俺らにわざわざ依頼すんのさー?」
「実は護衛が「私達では歯が立ちません」というもので」
「……おっさん、性格悪いだろ」
「え? そ、そうかい?」
首を傾げたウィルストンに、アレストの隣でリーヤは額を押さえて、この人レックナート様と同じ人種だと小声で呟いたが、星辰剣以外は聞こえていなかった。
ウィルストンの娘のセセナは、六歳になったばかりのかわいらしい少女だった。
ピンクの髪に同系色の服を合わせ、白いソックスをはいて、赤い靴をはき、馬車の中で足をぶらぶらさせながら父親の姿を見ると顔を満面の笑みに染め、駆け寄ろうとして、転がる。
「セセナ様!」
「……っく……」
見る見るうちに目に涙がたまり、小さく声を漏らすセセナに駆け寄ったライが顔を拭おと手を伸ばす。
それを静止して、膝をつき目線を合わせ、ウィルストンが語りかける。
「セセナ、痛くないだろう、ほら、痛くない」
「っく……うん……だいじょうぶなの、セセナいたくない……」
呟いた娘にいい子だねと声をかけ頭を撫でて、ウィルストンは彼女を抱き上げた。
「君達は、馬に乗ってきてくれてもいいし……馬車に乗った方がいいのかな」
「あ、なら馬と馬車と散ったほうが――」
そう言ってアレストは涙の止まったセセナをちらと見やる。
大きくうるんだ彼女の目は、じっとリーヤの方を見ていた。
「よし、リーヤお前は馬車に行け」
「? おう」
分かっていないらしいリーヤを馬車に押し込んで、アレストは馬にまたがる。
「しっかり頼むぜ星辰剣」
『…………』
外では口を開かない星辰剣は、いつも以上に頑なに沈黙を保っていた。
一方馬車の中。
「セセナねー、それでねー」
「……ああ、そうかそうか」
「んもう、きいてよーおにいちゃんー」
「うん、聞いてる聞いてる……」
呟きながら上の空のリーヤは溜息を軽く吐いてセセナの頭を撫でる。
何をどうしたのか、気に入られてしまったらしい。
子供相手に無愛想も礼儀もなにもないので、仕方なさ半分に相手をしている。
「あのねあのねー……」
リーヤを見上げてセセナがなにやら言い出した瞬間。
彼の顔に緊張が走り、剣の柄に手をかける。
「リーヤ?」
ウィルストンの怪訝な視線の先で、ライは隣のセセナを抱きかかえる。
「ライ?」
「お嬢様、しっかり俺に捕まっていてください」
無言で護衛にしがみついたセセナ。
馬車が止まる。
「……ライ、任せる」
「はい」
リーヤは周囲を窺いながら、そっと外へと出る。
開けた空き地のような場所。
街道ではあるが、人通りはほとんどない。
「アレスト」
「おう、完全に囲まれたな」
小声で会話を交わす中、かすかに向こうの気配が動いた。
「――来るぞっ」
「へっ――大爆発っ!!」
ズドッカーン
「……リーヤ」
「行くぜアレスト」
「……ああ」
初っ端の大爆発でかなり相手の勢いを削いだらしい。
こちらが少人数なので、奇襲は有効、という事か。
相手の数は半端ではなく、順調に倒しつつもアレストとリーヤの顔には次第に焦りが見えてくる。
先程からじりじりと後退しつつあり、馬車のところに行き着くのも時間の問題だ。
やばい、と思った瞬間後方から賊が馬車に襲いかかる姿が見えた。
「くそっ――リーヤ、任せたぞっ」
アレストは身を翻すと、かろうじて馬車にいたるまでの攻撃は防ぐが、彼の横をすりぬけた数人を防ぎきる事はできない。
予想より遥かに多い敵の数に、リーヤの目が剣呑な光を帯びる。
「……炎の壁!」
ちまちま剣で相手をするのを止め、一気に魔法で片をつける。
だが、倒れても倒れても相手が来るため、さすがに多勢に無勢でリーヤの不利は否めない。
「リーヤっ!!」
あがったアレストの声に、リーヤは一足で彼の元へと駆け寄る。
浅く切られた肩を押さえたウィルストンを背後にかばい、アレストは数人の敵をさばいている。
そのさらに後ろにはセセナを抱きしめたライの姿が―――
「ライっ! 危ない、よけ――」
リーヤの声が上がったが、ライが反応する前に彼の背後から近寄っていた賊が高く剣をあげ、セセナを抱えていた彼の左腕に深く刃が食い込む。
それでもセセナを抱きしめて離さないライにさらに一太刀振り下ろされ、蒼白の顔で彼はその場に倒れる。
「ライ! ライっ!!」
恐怖の悲鳴を上げたセセナを脇に抱え、賊は引き上げていった。
無言のウィルストンに、アレストは頭を下げる。
「すいません――俺達が……」
「……いや、いい、ただ――ただ、セセナが――目的はお金だろうけれど」
「金の要求なんかまたねーよ」
駆け込んだ宿の窓から外を見て、リーヤが吐き捨てる。
「あいつら絶対ゆるさねぇ、今度はこっちの番だ、ぶちのめしてやる」
「軍の要請は……」
アレストの言葉にウィルストンは首を振った。
「ここについてすぐに行ったけどそんなことで軍を動かすわけにはいかないと――まあ、当たり前のことだけどね……」
冗談じゃねぇ、根城は分かってんだよっ、とリーヤが言う。
アレストも無言で同意を示した。
あれだけいいようにやられて、黙っているわけにもいかない。
「お――俺も、行きます」
「……ライ、君は怪我を」
「お嬢様を、セセナ様をお守りするのは俺の役目です、お願いします旦那様!」
包帯で荒くリーヤがした治療は、完全に彼の傷口を塞いだわけではない。
これ以上動くと、傷口が開く可能性もある。
切りつけられたのは腕だけではなく、背中の方にも達していた。
「動くと、やべーって」
「わかっています」
「……ライ、あのな、お前の実力は認めるが俺達とじゃ……」
「わかっています」
ぎゅっと傷を負った場所を握り締め、襲ってくる痛みを歯を噛んでこらえて、ライは言った。
「俺じゃあ、俺じゃ足手まといになるしかないのはわかっています、でも、でもっ、セセナ様を救うために何か――何かしたいんです!」
いざという時は、俺が盾になりますから。
だからお願いです、連れて行ってください――
床に土下座したライを見て、リーヤが困ったようにアレストを見た。
「……どー、すんだよ」
「ライ……お前はセセナを抱き上げて連れて走る係だ、いいな?」
戦いは俺達に任せろ。
アレストにそう言われて、ライは頷いた。
賊の根城は山の中。
一本道はこちらに有利に働く。
大勢対少数にならずにすむからだ。
「全員をぶっ潰すのは効率が悪いな……どーすんだリーヤ」
「山の中腹に根城がある。セセナはたぶんここだし、ほかに隠せる場所もない――荒っぽい手でよければ」
「何ですか」
「……根城の周りに火を放つ」
「セセナ様はどうっ」
「混乱に乗じて中に入って連れ出す。っつーか俺達三人なわけ、これくらいしか手がない」
賊の頭でも人質にとれれば話は別だが、そうは問屋がおろさない。
「俺が火をつける。アレストとライは中へ突入してセセナを探す」
「……わかった」
今の時点でそれ以上の手は望めない。
アレストとライは頷いた。
「で、お前はどうするんだ」
「俺は被害拡大させながらまあ適当に。脱出口は見つけておくから気にすんな」
じゃあ行くか。
そう言ってリーヤは右手を差し出す。
広がるは光と熱、生み出されたのは無数の炎。
煙と炎に囲まれて、大混乱の根城の中、アレストとライは咳き込みながら走り回っていた。
「くそっ、セセナはどこだ!」
―――……ん、えーん
「! こっちです!」
セセナのか細い声を聞きつけて、ライとアレストは彼女が閉じ込められていた部屋にたどり着く。
「お嬢様!」
「ライ! ライ! おとうさまは? こわい、こわかった、セセナこわかったーっ!!」
泣きじゃくりながら抱きついたセセナを抱えて、ライはもと来た道を戻ろうとする。
だが、部屋の入り口には顔を引き攣らせた賊が立っていた。
「ふっ……やってくれるじゃねぇか」
「くっ――」
アレストの剣が賊を迎え撃つが、耳障りな音と共に刃が合わさる。
相手もなかなかの使い手であることを察し、アレストは顔を強張らせた。
彼が突破されれば、ライとセセナの命はない。
長引けば、ここにいる全員の命がない。
勝ったとしても、今アレストと戦う男の後ろにまだ控えている人物がいる。
「くそっ……うらあああああああああっ!!!」
歯軋りをして男を吼え声と共に押し戻す。
だが部屋に他に出口はなく、ここを突破していく他にない。
外にいるリーヤは他の面子の相手に、とても中にまで来る事はできないはず。
「大爆発!!」
唱えられた呪文は廊下にいた賊を吹っ飛ばす。
アレストと打ち合っていた男が反射的に振り向く前に、リーヤの一閃で倒れていた。
「リーヤ、お前、表は!」
「軍に任せた」
「は!? 軍!? ど、どういう」
「とりあえず出――……アレスト、ライを頼むぜ」
室内を覗き込んだリーヤと後ろを振り向いたアレストの目に映ったのは、セセナを抱きかかえながら床に倒れていた血まみれのライの姿だった。
外に出ると、そこにはウィルストンとともに軍人が敬礼をして立っていた。
「ご苦労様であります!」
「国民を助けるのは軍の義務だろーが?」
「はっ、申し訳ありませんっ!」
抱えていたセセナをウィルストンに渡し、睨みつけたリーヤの言葉に彼の倍以上の年齢であろう軍人がぴしりと敬礼をして返す。
「すぐにライに治療がいるな」
「医者は連れてきております! おい、すぐにこの方の治療を!」
きびきびと兵が動き、残党を捕えている。
泣きじゃくるセセナはついに泣き疲れて眠ってしまったようだ。
「リーヤが軍を説得してくれたのか――ありがとう」
あやしていたウィルストンが涙に濡れた目で頭を下げると、リーヤは視線を気まずそうに逸らす。
「別に――いーって」
奥まで二人を連れてったのはアレストなんだしよ、と言ったリーヤの腕を掴んでアレストは脇の方へと引っ張る。
ウィルストンは軍の馬車が町まで連れて行ってくれるようだ。
「リーヤ……お前軍なんてどーやって協力させたんだ?」
しかもこの規模で。
ウィルストンは高々地方の名士、これだけの軍勢が動くようには見えない。
「はじめはしぶってたけどよー、身分証明書見せたら快諾してくれたぞ」
「……は?」
身分証明書?
「失礼します、迎えの馬車が来ましたが」
「いい、自分で降りる」
「では……この度はわれらの不始末申し訳ございませんでした!」
「ああ、いいって」
じゃあなと手を振るリーヤを最高敬礼で見送る軍人ら。
そんな彼らを引き攣った顔で振り向いて、アレストは呟く。
「……お前、何者だ」
「は?」
「……いや、いい」
リーヤの身分証明書には、身分保障人として、某国の最高権力者のサインがしてある。
***
楽しんで書いたのがこんなんです。
アレストはとても賢いと思います。
本編ではあるトリオの子供を拾ってしまったのが運のつきでした。