<First Mission 上>
路銀が底をつきだして、リーヤは立ち寄った町の酒場で考え込んでいた。
仕事はあるんだろうが、正直あんまりやりたくない。
なんでかって言うと――。
「……実践経験っつーのがなー……」
くいくいと右手首を回し呟く。
育った環境が特殊すぎ、周りの相手が強すぎて、練習で死なないようにするためには嫌でも強くならざるを得なかった。
先刻ラウロの職場にも立ち寄ったのだが、面倒事は起こすなとか釘を刺されたので言ってないのだが……。
リーヤの場合、剣も強ければ弓も引け、体術もできれば魔法もお手の物。
で、無駄に強いメンバーに稽古と称して半死の目に遭わされ続けた。
ので、それが実践でどのくらいまで役に立つのか――もとい自分の実力がよく分からない。
仕事を請けるにしても、どれぐらい自分の力が実際に通用するかは不明。
かといって安全な仕事は傭兵の相場からかなり低いし……。
「なんか実力が測れていい儲け仕事ねーかな……」
鼻が利かないわけではないので、当面の生活費は交易とかやって儲けようかとも思ったのだが、そうすると即効移動経路がばれそうだ。
連れ戻し……にくるほど過保護ではないだろうが、彼らの言動はたぶん一生読みきれないので用心するに越した事はない。
食べ終えたので仕方なく立ち上がり、部屋に戻ろうと二階へ通じる階段に足をかけかけて、リーヤは振り向いた。
壁に貼られた文字は。
『武道大会』
「……いっか、あれで」
実力測定という条件を満たし、かつ下の賞金を見て満足そうに頷いた。
後々わかったことなのだが、これはケープの名士による開催だった。
成績優勝者になにやら仕事の依頼をしたかったらしい。
つまり優勝金は契約金であったわけで……通りで羽振りがいいわけだ。
「獲物は」
「これで」
そう言って無造作に検査員に渡したその剣は、ハルモニア時代に帰省した際、選ばされた剣である。
並べられた五本の内、明らかに豪華絢爛な手の込んだ二本は遠慮した。
後で聞くとそれは某ハイランド国の最後の二人の皇王の剣だったらしい――なんで持ってるんだ、っつーかんなもん持たせるな。
次の三本で、古めかしいつくりでも実直な雰囲気のするものに惹かれたが、自分の体重を考えて軽い方にしておいた。
……後でその古めかしい剣の由来を聞いて選ばなくてよかったと思った。
いい笑顔でその剣を勧めてくれた黒髪魔人の父の剣だったそうである。
「ふむ……よろしい」
あっさりと返してくれたその剣の由来は、いくら聞いても話してくれなかった。
笑って、まあお楽しみじゃないかと言われたまでだ。
だが、柄に刻まれた文様でなんとなく分からない事はない。
ハイランドの印だろうこれ。
いったいどこからどうやってパチってきたかは知らないが。
紋章は外してきたので、反射的にうっかり相手を焦がしてしまう心配はない。
これで存分に自分の力が試せるというものである。
満足気に会場入りしたリーヤは、くじを引かされ、対戦相手が自動的に決まった。
武術大会は名を売りたい傭兵にとっては、願ってもないものである。
故郷を飛び出して放浪中のアレストも例外ではなく、できうる限り参加するようにしていた。
金も入って一石二鳥、実力はまず問題なく必ず上位に食い込む自信がある。
軽く二連勝しておいて、アレストは自分の剣を壁に立てかけると、飲み物を口に含んで闘技場を見た。
彼とは別ブロックの競技者がこれよりしばらく争う事になる。
このブロックを戦い抜いた相手とは、決勝戦で会う事になるので、戦い方を観察するのは悪い考えではない。
その証拠に、アレストと同じく勝ち抜いた選手達は好奇の視線を向けている。
なにやらがなる声が聞こえ、闘技場に巨躯な男が降り立った。
手には斧を持っている。
アレストもだいぶ大柄な方ではあるが、それよりはるかにでかい。
背後でこいつが今回本命だとかざわめく声が聞こえた。
そういえば賭けの対象にもなっていたような。無論選手は参加不可だが。
傭兵としては理想的とも言える外見。
その全身から出される威圧感は本物。
死地を潜り抜けてきた傭兵の、圧倒たる自信。
「初回の相手は可哀相だぜ」
後ろからの声にアレストも胸の内で同意した。
対戦相手が現れる。
薄い色の髪を結んだ、年若い青年。
腰に提げた剣は、斧を相手にするにはあまりにか細い。
身長は並、筋肉がはっきりと見て取れるほどついているわけでもない。
身のこなしから戦士ではあるだろうが、この巨体の傭兵にとっては赤子の手をひねるようなものだろう。
目の前で流血沙汰は見たくない。
そう思ってアレストは眉を顰める。
人が死ぬのは嫌だ、傭兵業をやっていてもそう思う。
できれば実力の差を見て取った青年が、おとなしく投降してくれればいいのだが。
「開始!」
審判の声に、斧の男はにやついて構える様子もなく言い放つ。
「よぉ、坊主、おとなしく投降すればその綺麗な顔に傷をつけないでやるが?」
対峙する青年は、剣を抜き放つ事なく笑った。
「あいにく、降参っつー躾はされてねーんだ」
来いよ、とっとと終わらせようぜ。
剣を抜く様子もなくそう言い放った青年の言葉に顔を厳しくして、男は斧を振り上げる。
その動作に、一部の隙もない。
「――俺の名はベルゴ。後悔するぞ、餓鬼」
「俺はリーヤ。やってみなきゃわかんねぇ」
やや腰を落とした構えのリーヤに、一撃必殺のベルゴの斧が振り下ろされるっ!
正方向の攻撃であったが、それゆえに軌道を見切ったリーヤが右足を軸に回転、足元で砂埃を上げながら一回転をしきり、勢いを殺さないまま、たたまれた左足が地面に食い込んだ斧を引き上げようとするベルゴの無防備な頭へと向かう。
だが当然ベルゴもそれは予想範囲内で、左手を一種の余裕でもって掲げ、防御の姿勢に入りつつ、右手で斧を抜き取りその勢いのまま今にも蹴ろうとしていたリーヤへ向けて横
薙ぎの一撃!
だがその寸前に軸足で思い切り地面を蹴ったリーヤは高く跳躍し、ベルゴの頭上を飛び背後へ着陸。
すぐに反応して後ろ蹴りを放とうとしたベルゴは一瞬の嫌な予感にそれを停止、代わりに斧を盾にして衝撃に構える。
ガキン
空を飛びつつ抜いたリーヤの剣が、ベルゴの斧に受け止められていた。
「……なかなかやるじゃねぇか、あの必殺二段構えを見抜くとは」
「ちょこちょこ小技がうるさい奴に鍛えられたからな」
刃を解して睨み合った二人は、次の瞬間とびすさる――と見せかけてリーヤは再び跳躍、慌ててベルゴが掲げた斧を蹴り、再び空に浮かぶと、その勢いを殺さず、斧を振り回そうとした彼の腕を蹴り飛ばす。
「ぐあっ!」
激痛に顔をしかめたベルゴがしかし痛みをこらえて斧を放さなかったが、首元に剣が突きつけられていた。
「くっ――……見事だ……俺の負けだ……」
「いい試合だったぜ」
何かを言って剣を収めたその若き戦士から、アレストは目が離せなかった。
……決勝戦の相手は、きっと。
アレストの予想は当たり、決勝戦に彼の前に現れたのはあの青年だった。
「俺は、アレスト」
「……リーヤ。よろしく」
お互いに油断できない相手なのは試合を見て分かっている。
リーヤも内心冷や汗ものだった。
まともに正面から組み合えば、体重と腕力の差で押し切られるのは目に見えている。
アレストもリーヤの俊敏さには用心していた。
懐に、あるいは上に上がられたら厄介だ。
「決勝戦、開始!!」
審判の声に、二人は睨み合ったまま動かない。
剣も抜けない。
「……手加減してくれよ、おっさん」
「……俺はまだおっさんっつー歳でもねーけどな」
口元を歪めていったリーヤに、アレストも同じような表情で返す。
「これが終わったら勝った方が負けた方に一杯奢るってことで」
「勝った方がか」
「いいじゃねーか、したら負けてもなんか気分いーじゃん」
「乗った」
リーヤの軽口にアレストも会わせつつ、じりじりと互いの緊張が緩む一瞬を見定める。
動いたのはリーヤが先だった。
剣の柄に手をかけ、一気に抜き放つと見せかけて、跳躍。
瞬時にアレストとの間合いをつめると、腰へやった手で裏拳をアレストの首元へ向かわせる。
その行動に違和感を覚え、アレストは防ぐ事なく背後へ飛び退る。
ぎゅんと空気を切り裂きそうな音と共に、リーヤの全身が回転、完全に回りきった腕の勢いのまま左足が的確に背後へ下がったアレストのわき腹を狙うっ!
慌てる事なくアレストは剣を抜くと、その鞘でリーヤの攻撃を防ごうとするが、リーヤは途中で足を折りたたみ、全身を低くし、両手を大地に付いて一気にアレストの足元へ向かって再び足を伸ばす。
足場を崩すのがそもそもの目的だったと気付き、アレストはそれを避けると抜き放った剣のまま突進!
真正面からの攻撃にリーヤの顔が一瞬動揺を見せるが、低い体制のまま剣を抜くと軽く刃を合わせ勢いを受け流しつつ滑らせるように横へ移動、すぐに薙ぎ払おうとしたアレストが動作を止め、剣を見当違いな方向へ振りぬくと共に左手を柄から離し死角から腹へ一撃を叩き込む。
「――りょ、両手剣を片手でそこまで振り回せるのは反則だっつーの……」
勢いで飛ばされたリーヤは、自分の剣を握りなおす。
思った通り、一撃が重い。
「急所は避けたか、やるじゃねぇか」
とっさに体をねじって急所を避けたリーヤへ感嘆の声を送ると、これくらいはとにやり笑って返した。
正面から打ち込めば、アレストの重い一撃を止めるのにリーヤは全力を要する。
その隙に今のような攻撃を仕かけるしか、方法はない。
だが、同じ手に何度もだまされてくれるとは思えない。
「いくぜ」
剣を両手で持ち、アレストはリーヤの立つ方向へ突進するが、彼を切り裂こうとするまえに静止し、頭上へ向かって大きく弧を描くように剣を振る。
案の定、ガンという鈍い音が響き、空中へ飛び上がったリーヤが剣でその攻撃を受け止めていた。
リーヤはその軽い身を生かして空中戦に持ち込むと思ったが、アレストの予想通りであったらしい。
剣で薙ぎ払う格好になったので、いくら受けていたとしても、ダメージは伝わっているはずだ。
地面に落ちてきたリーヤに再び正面から打ち下ろす。
そう考えてアレストは刃を合わせたまま、一気に力を加える。
だが次の瞬間、ふっと剣から圧力が消え、勢いあまったアレストは体制を崩し倒れこむ。
視界の端に飛んでゆくリーヤの剣が見えた。
何が起こったのかわからないまま、アレストは急いで体制を立て直すために体の重心を移動させ、かろうじて転ばずに済むように剣を握り締め地面に突き立てる用意をする。
突き刺さった剣の柄を両手で握り、重力によって引かれる衝撃に耐え―――
「!?」
背後へとどめのように襲ってきた重みに、アレストは剣から手を離し地面に激突する。
「アレストお前つえーな」
背中に何か乗っている感触と、首の後ろに冷たい己の刃が突きつけられているのと、アレストは同時に認識した。
「……普通、手放すか、剣を」
「え? クロスが「自分の命より大事なものはないから、危なくなったらどんな手でも使え」って」
「……ほう」
リーヤの奢りの飲み物を飲みながら、アレストは苦笑する。
戦いの最中に剣を手放し、リーヤはアレストの背後に着地すると勢いあまって転ぼうとした彼の背中にのしかかったのだ。
……奇抜な手、という事にしておこう。
「そのクロスってのはお前の先生か?」
「ん、いや知り合い?」
「体術もそーとーなもんだな」
「ああ、これはテッドとセノがー……っつーよりアレストもすげーって、俺と四つしかちがわねーのに」
「……四つしか下じゃないお前におっさんと呼ばれたがな」
いーじゃねーかと笑って、じゃあ俺そろそろ寝るからさーと手を振り部屋へ戻っていったリーヤに続いて、アレストも立ち上がり同じく自室へと向かう。
部屋に入ると、腰に提ていた剣がするりと鞘から抜き出てきた。
「今日はごくろうさん」
『……僕よ』
「なんだ」
剣に僕呼ばわりされるのはいまさらなので、軽くあしらっておく。
『今の若造とは金輪際かかわるな』
「は? 明日から組んで仕事だ、馬鹿なこと言ってないで寝せろ」
『……呪いだ』
しゃべる剣がいまさら呪いもくそもあるかと思ったアレストが、その真実の一端を知るのは七年後。
***
楽しかったー!(お目目きらきら