<まだ見えぬ先 下>





馬車に乗ったササライは、しばらく走ってそれを止めさせ、大きな建物の前に降り立った。
「こちらが官僚の住まいです」
この一角が私の住まいとなってます。
そう言ってササライは傍にいた人物になにやら命じ、リーヤとラウロの荷物を中に運ばせた。
「すぐに戻りますので、ここで待っていてください」
そう言ってササライは一人建物の中に入っていく。

「……なあリーヤ」
「ん?」
「あれって、神官将ササライ……だよな」
「そーだけど」

それが何? と逆に問い返されて、ラウロはがくりと肩を落とす。
五年間毎日顔つき合わせてたのに。
まだこいつは俺にとって未知数か。

「ルックの兄ってのは本当か」
「顔見りゃわかるじゃん。あ、見ろよラウロ」
リーヤが指差した先には。
「……すげー」
燦然と輝くハルモニアの中心地が聳え立っていた。
クリスタルバレー。
その名に恥じない、建物が。
「待てよ、俺達馬車から降りたよな」
「うん」
目の前に聳え立つ建物を見上げて、ラウロは嫌な予感にとらわれる。
「てことは、ここから徒歩なんだよな」
「だろーな?」
違ってくれと言う思いと共に、ハルモニアの政治の中心地を指差した。
「……お前、あの中にまだ知り合いがいるのか」
「うん」

即答されて、ラウロは眩暈を抑える。
こいつ、トランの経済裏大臣とデュナンの王と王補佐と直の知り合いで。
ハルモニアの神官将とも知り合いで。
さらにハルモニア政府の中に知り合いでもいるのか。
……まさかこの辺と同ランクの相手じゃないよな?
「リーヤよ」
「んー?」
「よければその人とお前の関係及び名前を聞かせてもらいたい」

「かんけー……一応、じーさん? になんのかな? 名前は――」
「すいません、通行認証をするのが面倒なので」
リーヤが言いかけたが、ササライが出てきて彼は口をつぐむ。
青い洗練された軍服があらわすそれは。
「おー、かっけー」
「ありがとう、やはり着慣れたものが楽ですね」
君達を案内するから地味なものを着ましたが。
そう言って笑うササライは、確かに神官将特有の服をまとっていた。
実際、その服装をしている神官将はササライのみであり、つまりこれは彼自身を現す服なのだが。

「さて、行きましょうか。実は案内の後一度顔を見せに寄れといわれてはいたので」
「マジ? うーっし、じゃあいこーぜ!」
おーと一人張り切るリーヤがたったかかけていく。
行く先はもちろん――
「……ササライ」
「はい」
「……俺はもしかして今から歴史の謎を解き明かしに行くんじゃ」
「はい?」

何の事ですか? と首を傾げる彼にこれ以上言っても無意味だと悟って、ラウロはおとなしく黙っている事にした。










官僚宿舎からはすぐに城内に入る事ができる。
そこに立っていた門番に、ササライは無言で会釈をした。
「では、これから案内します。ただ、部屋に入るまで口を開かないように」
いいですね、と念を押されてこくりとリーヤとラウロは頷いた。

話には聞いていたが、ハルモニアの貴族はすべて金髪であるというのは真実らしい。
通り過ぎる人は皆金の髪で、ササライやリーヤの薄茶はかなり浮いている。
ラウロの特徴ある銀髪も、二人ほどではないが浮いていた。

ササライが歩くと、自然と人が道を開ける。
相当の地位にあるのだなと思いながら、ラウロは半ば無意識で彼の年齢を概算して納得した。
ルックが二百歳と言うからは、普通に考えてもその兄のササライは同じ程度かもっと上。
何年勤めているかは歴史を思い出すしかないが、たしかグラスランドの炎の英雄継承戦争の時はすでに神官将であったわけで……。


きょろきょろしたいのを必死にこらえながら、二人はササライの後についていく。
身長はどちらよりも低いけれど、彼の歩く速度はかなり速い。
「ササライ様、そちらは?」
「今度預かる事となった知人の子です。学園内で見かけたら声をかけてやってくださいね」
「はい、かしこまりました」
廊下で声をかけられてそつなく応対し、ササライはさらに進んでいく。
そんな様子を数回見て、ラウロはいやーな予感を抱く予感がする。
予兆の予兆というか、リーヤと付き合いだす前からその感覚は人より優れていた。
……たぶん姉のせいだけど。

だいぶ歩いているのに目的地にはまだ着かない。
思ったよりここが広いのか、それとも……。

嫌な予感が嫌な確信に変わりだしたのは、何個目の階段か分からないものを上りだしてからだ。
古今東西南北、偉い人ほど上に部屋が割り当てられるものと相場が決まっている。
……てことは、階段を上る度、今から彼らが会いに行く人物はお偉いさんという事に……。

「失礼します」
突き当りの部屋にササライがノックして扉を開く。
そこに座っていた人物が、顔を上げてやあと言った。
「久しぶりだねリーヤ」
「おう、久しぶり!」
「それと……ラウロ、だったかな」
「…………」

部屋の主を指差して、ラウロは口をぱくぱくと開きまた閉じた。
そこに座っているのは、年齢はぱっと見不詳。
だけどその整った顔に、その声はそこはかとなく。
というか明らかに。

彼と彼に似ていやしないか。


「私はヒクサク、リーヤがお世話になっているそうだね」
「……ひ」


そう。
この人は。
神官長。
ヒクサク。

ハルモニアを六百年以上前に建国し、真の紋章の一つである円の紋章を保持し、常にこの大陸の歴史の影となり表となり真の紋章とそれに絡む争いに関ってきた中心人物。
でもってその生死かなり昔から不明で、実は死んでいるのではとも囁かれている。
いや、いた。

「えええええええええええええええええええええええええっ!?」
「ルックのおとーさん? だから俺のじーさん? かな」
「お茶でも持ってこさせよう。茶請けには……そういえば先日レックナートが持ってきた茶菓子があったはずだな」
そう言いながら立ち上がったヒクサクから、ラウロはササライへとしてリーヤへと視線を移すと、友人の両肩に手を置いた。
「……リーヤ、お前はすごい……」
「なにがー?」

「……そして歴史学者だけは向いてない……」



ていうかなるなそれだけは。
そう呟いた親友を不思議そうな顔で見上げて、ならねーよ? とリーヤは首を傾げた。

 

 


***
そんな事実。

ヒクサクはリーヤのじーさんにあたります。(レックナートはばーさ(げふ)
ヒクサクもササライもリーヤはかわいがっています。
でもたぶんヒクサクはリーヤの周りにいる特に某ソウル持ちはかかわりたくないと
……。