<まだ見えぬ先 上>





元々決めていたのだけど。
十八になったらここを出ると。

八年前この学園に来た時は、いろいろな夢を描いていた。
そろそろ、現実に戻る歳だろう。
――そういえば、シュウのようになりたいと思ってたっけ。
思い出すと笑ってしまう。
よくも親は何も言わずにここに送り出してくれたと思う。

軍師という彼に憧れたけど。
よく考えてみれば、普通軍師なんてそうよくある職業なわけでもなくて。
そんなあいまいなものよりも、向いていそうなものも分かったし。

友人の育て親の知り合いに、手紙を書いた。
彼は貿易関連の仕事も手が広いから、どこか言い働き口を紹介してくれないかと思って。
元々だめもとだったので、断られたらおとなしく故郷に帰って探すつもりだったし。
なのに、返ってきた返事には奇妙な事が書いてあった。


退学手続きをして。
グリンヒル市の外に。
荷物を持って。


「あーっ、外ひっさしぶりー!」
「部屋の掃除をずっとしてないから片づけに手間取ったんだ」
「しゃねーじゃん、俺整頓苦手ー」


リーヤと共に。
立っていな。


何が起こるか大体見当はついた。
「やあ」
風が吹いた後現れたのは、綺麗な顔をした少年。
「背が伸びたね」
「今日はなんの?」
「とりあえず行こう、おいで」

伸ばされたルックの手を、リーヤがつかむ。
三人の姿は掻き消えた。





「ああ、来たね」
笑みを浮かべて待っていたのは、予想通りの人物で。
どういう事だ? と聞くラウロに、シグールはひらひらと封書を二枚見せる。
「クリスタルバレーの学問施設入学許可書」
「は!?」
「二枚」
「俺らにいけっつーことかよ」
「そ、そういうこと」

なんで、と即効で聞き返したラウロにシグールは行っておいでとだけ言った。
「クリスタルバレーで、何を学べと?」
「好きな事をやるといいよ、と言いたいけど学ぶことは指定する」
「……なんだ」
「軍師と経済」
「軍師を学ぶことに意味があるか」
「――あると思う日が来るかもしれないからね、経済の勉強は僕が叩き込んだ分でも十分だろうけど、将来独り立ちしたい時にコネができると有利だよ」

「シグール、軍師の勉強は俺もかよ」
「そう、リーヤも」
「なんで」
「一緒がいいでしょ?」
「……そーだけど」

そーゆー意味じゃねーっつーのと言ったリーヤにシグールはにこりと微笑んだ。
「問答無用」
「は?」
「クロス。はい、これ」
シグールの後ろにいたクロスが封書を受け取った。
そのまま笑顔で歩いてくると、ぐいとラウロとリーヤの腕を取る。
「ルック」
「うん」
風が舞う。

はためく書類を押さえていたテッドが、今は誰もいない部屋の一角を見て呟いた。
「なんで軍師なんだ?」
「……いまのうちの軍師と経済大臣がなんか頼りなくてねー」
「お前まさか」
「いい人材に育ったら、トランで雇おうかなと」
ねえテッド。
微笑みシグールは問いかける。
「リーヤとラウロどっちがどっちかなぁ?」
「……リーヤは軍師は無理だろ、あいつお前に性格近いから」
やっぱりそーおもう? と言ってくすり彼は笑った。










とん、と四人が降り立ったそこは。
「ルック――にクロス、お久しぶり」
少し大きめの部屋に、一人の男性が立っていた。
男性――いや、少年の方が正しい。
青を基調とした質素な服に身を包む。

その動きはどちらかといえば軍人の物。
しかしその顔は幼く、そして見知った相手に酷く似ていた。
「久しぶりササライ。元気だった?」
ラウロとリーヤから手を離し、クロスが笑顔で手を振る。
「はい、つつがなく。ああ――……リーヤ、久しぶりですね」
「ササライ!」

柔和な笑顔を向けられて、リーヤがササライに駆け寄る。
「……ルック」
「何」
「あれ、誰?」
「ササライ」
「……し、んかん、しょう、ササライ?」
なんだ、知ってるの、と答えてルックもササライに近寄る。
「よろしくね」
「大丈夫、まかせて」
じゃあ僕らは行くからね、と言ったルックはクロスを引っ張って消える。
相変わらず鮮やかな転移に、ササライは微笑した。
「ラウロにリーヤ、ついてきてください」
「なーなー、ここって寮あんのー?」
歩き出したササライに、自分の荷物を引っ張りながらついていくリーヤが尋ねる。
「ありますけど君達はそこに入るわけではないですよ」
「え、じゃあどーすんだよ」
「部屋を用意しました」
「部屋ー?」

まさか自炊とかいうんじゃねーよなと呟いたリーヤに、ササライは微笑んだ。
「ええ、自炊ですね」
「げっ……無理だって!」
「食べられればいいですよ、私は文句言いませんから」
「……なんでササライが文句言うんだよ」
ちょっと待てと突っ込んだリーヤに、ササライは頷く。
「大体、無料で留学なんて虫がいいんです」
「…………」
てっきり留学費はこっちを呼びつけた彼が出していたと思っていたんだが。
もしかしなくても、びた一文出してないのか。

ようやく頭が追いつきつつあったラウロが、急ぎ足で二人の後をついてくる。
荷物を引っ張って、ちょっと待てと二人を止めた。
「どー、いう、こと、で」
「シグールから聞いていませんか? うちに下宿するんです」
「……は?」
「私の家に」
「……へ?」
「で、今から君達が勉強する事になる場所へ案内しますからついてきてくださいね」
「ちょっと待った!」

勝手にすぱすぱ言い置いて話を進めるササライの腕を引っ張って、ラウロは強制ストップをかける。
なんだろう、この勝手な言い草と言うか話の進め方にはデジャブが。
……ああ、そうだ、ルックに似てるんだ。
「えーっと、俺たちはササライ、さんの家に?」
「ササライで結構ですよ、ただでここに居座れるわけがないでしょう?」
「ちょっと待てよササライ、んじゃー学費は」
ええ、とササライは言ってラウロの手を振りほどくと歩みを進める。
磨き上げられた廊下に、三人の姿が映るほどだ。
「学費については奨学金制度がありますから平気です。ルック曰くお二人ともかなり優秀だと聞いたので、最難関クラスの試験を用意しておきました」
さらりそう言って、ササライは開けた広間で足を止めた。

「右手は図書館に通じています。図書館は三階までは公共施設です。四階からは許可制です」
左手にはさまざまな研究所、講座の時間割は正面の掲示板に掲示してあります。
「クリスタルバレーは学問、特に軍や政治についてはぬきんでていますからね」
快適な学問環境だと思いますが。
そう言ってササライはまたも歩き出す。

慌てて荷物を引っ張って後を追うラウロは、先程から気になっていた事を聞いた。
「ルックとの関係は」
「兄弟です」
さくり答えて、ササライは角を曲がる。
「私が兄です、一応」
「なーササライ、あの人はー?」
今日は会えねーの? とリーヤが首をかしげると、ササライは笑う。
「会いたいですか」
「うん」
こくり頷いたリーヤにそうですねと返して、ササライは足を止めた。
この後講義室を回る気だったが、それは後で彼らだけでもいいだろう。

わかりました、と答えてササライは来た道を引き返す。
「ただその前にちょっとだけ寄り道しますがいいですね」
「わかったー」
「……あの人って誰」

呟いたラウロの問いは当然のごとく無視された。

 

 
 



***
五年リーヤと付き合ってもまだあったの阿鼻叫喚。