「あ、ラウロ!」
満面の笑みとともに声をかけられて、ラウロは眩暈を覚えて壁に手をついた。
「……簡潔に何がどうなってるのか説明しろ」
「えっとー」





<Double trouble>





リーヤは、寮を出るとグリンヒルへと降りる。
手早く用事を済ませてから、店の並ぶ通りを駆け抜け、路地の中に入りこんだところにある酒屋の前を通ろうとして、足を止めた。
黄昏時の薄闇の中、何か言い合いをしている。
周りの通行人は我関せずといわんばかりに、顔を伏せて足早に通り過ぎている。

「――離しなさいよっ!」
「何いまさら言ってんだ、こちとら仕事なんだよ!」
「だからアタシは違うってばッ!」
よくある、男と女の痴話喧嘩という類である。
男の方は本当にガラが悪いが、女性の方も負けてはいない。
関わらぬに越した事はないと思っていたリーヤはしかし、足を止めざるを得なくなった。
……だって。

「きゃああっ!!」

男が刃物を取り出したのだ。
もちろん目的は一つだ。
おいおい、まだ夕時なのにそれかよ……と言う空気になりつつ、周囲の人々は速やかに撤退していく。
(これはー……関わっちゃいけねーよな、俺には何の得もないし、後でぜーったいラウロに怒られるし、周りの人も知らん振りしてるから知らん振りが一番いーんだし……)
一瞬の葛藤、そして答えは出た。

「刃物はいけねーだろオッサン」
「……なんだ、どこの餓鬼だお前」
「それしまって女の人放せって」
元々酒と怒りで赤かった男の顔がもっと赤くなる。
どうやら火に油を注いだらしい。
(えーっと、右手のナイフはまだ女の人にはあたらねーから、俺が右に動いて……)
冷静に計算しつつ、適当にあしらって逃げようと腰を下ろしたリーヤは、後ろから予想外の鈍い打撃でその場に沈んだ。










「って感じかなー」
「お前の無茶はいつものことだな、毎度のことだが俺は呆れた」
眩暈から回復したラウロが持ってきたナイフで鉄格子越しにザクザクッとリーヤの戒めを解く。
「後ろから? 複数いたのか」
「てゆーか、プロ?みてーなの。そっちのねーちゃんの方が詳しいんじゃねーの?」
残りの縄を解きながらリーヤが顎でしゃくった方には、よく似た鉄格子の向こう側に閉じ込められている人影があった。
「ええと、できれば説明をお願いしたいんですけど」
「あなた……何者? どうやってここに?」
訝しむような相手の態度に、ラウロは肩を竦めてさらりと答える。
「俺はそこの馬鹿の知り合いです。ここは裏口から簡単にこれました。見張りの方々は夢の中でしょう」
「……そ、そう。それは頼もしいわね、アタシの運も尽きてないってわけね」
無理して強がっているような彼女は、妙に饒舌に喋ってくれた。
「そうね、アタシはスパイみたいなものよ。殺し屋と組んでね、事前に相手の情報を探るの」
「はあ」
無表情で頷いた少年に、女は少しだけむっとする。
ちょっとくらい驚いてみないものか、殺し屋にスパイだなんて、日常にいるものでもないんだし。
「なんだけど、今回のターゲットが雇ったゴロツキに拉致されちゃったってわけ。たぶんそこのボーヤはアタシの仲間だって疑われたんじゃない?」
「そのねーちゃん信用できると思うぜー。俺のこと関係ねーって言い張って、拷問されてたし」
そうか、と呟いてラウロは数回かちゃかちゃという音を立てると、ぎいと牢の扉を開く。
「どうぞ」
「えっ……鍵はどうやって」
「鍵がなくても錠は開きます。リーヤ、帰るぞ」
えー、と不満げな声を漏らしたリーヤに、ラウロはあのなぁと溜息を吐く。

「ラウロは帰って。俺まだやることあるしー」
「……まさか三倍返しにしていくとか」
「ダメ?」
いつの間にか外に出ていたリーヤは、ねえダメ? と首を傾げてくる。
しばらくリーヤと女の間を往復していたラウロの視線は、ふらっと最後に空をさまよった。
「わかった……ええと、あなたのお名前は?」
「ミノ、だけど」
「ミノさんはここにいてください……と言ってもついてきますよね」
はああ、と溜息を吐いたラウロはしかたないと呟いた。



踊り入って一閃二閃、それだけで屈強な男共はばたばたと倒れていく。
途中の見張りをぶん殴ってリーヤが入手したのは棍棒、ラウロが手に取ったのは双剣だった。
「すごっ……」
遅れて階段を上がってきたミノは、通路に詰めている男共が軒並みなぎ倒されている事に唖然とする他ない。
「次が最上階だな」
息はわずかに上がってはいたが、二人とも疲れた素振りは見せずに一気に階段を駆け上がる。

「貴様ら……何者だ」
最上階にいたのは、これまでにまして屈強な男に囲まれた中年男性(ハゲ)だった。
「ミノさんに雇われた者ってことで?」
「あの小娘……! わしの求婚を再三度無視して! ええい、野郎共やってしまえ!!」
男は顔(とハゲ)を赤く染め、両手を振り回して命令する。
二人で一時に捌ける相手ではない――とミノは思わず両目を閉じる。

「「焦土」」

両手を前に唱えたその呪文で、部屋は灼熱地獄と化した。










「たーまやー」
「違うだろ。ああミノさん、この件は内密に頼みますね。腐っても権力者の家をロースにしたとかばれたらやばいんで」
「あ、あの……何なのあんたたち……」
ぼうぼうと燃える屋敷を二人に引っ張られて脱出した彼女は、燃え盛るそれを唖然と見上げるだけだ。
「教えないー」
リーヤがにっと笑って返す。
「ど、どうして」
「ねーちゃんがホントのこと言ったらいーけど。な」
「ああ、スパイとかみえみえの大嘘じゃなくて、あのハゲに言い寄られてたお嬢さん」
「! な、なんでそんな……アタシ一言も」
「ハゲが言ってたしー、どー見てもスパイっつーカンジじゃねーし。なー」
「ほんとにスパイだったら俺もリーヤも見捨ててとっとと逃げてるな」
それくらい人を見る目はあるし、と言ったラウロの肩に手をかけて、そーそーとリーヤは笑う。

「じゃ、お幸せに」
「じゃーな、元気なねーちゃん」
ひらひらと手を振って、少年二人は家事を見にきた野次馬の中に消えていく。
「ちょっとまっ……!」
手を伸ばしかけたミノの指先を掠めて、リーヤのポニーテールの先が完全に雑踏の中に没した。






 

 



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この二人の人を見る目があるかは幻水Lをご参照くださいませ。