とんとんとん。
軽快な音を立ててクロスの包丁が野菜を刻む。
その隣で、悪戦苦闘しているリーヤの姿があった。





<COOKING>





いつも台所に立っているクロスのところに、いきなり彼が来たのが発端である。
開口一番「俺も料理するー!」と言われて呆気に取られたが、まあ自分もこれくらいの年は台所で仕事してたしな、と自分のやや間違った幼少時代の思い出を持ち出してクロスは快諾した。

ぎこちない手つきでリーヤはニンジンを切っている。
……というか叩いている。まあ切れていればいいんだが。
「リーヤ、左手は猫の手だよ。それから叩くんじゃなくて、切るの。そんな上から下ろさなくていいよ」
「ん」
「……リーヤ、ついでにそのニンジン、まだ皮むいてないんだけど……」
「ん」
夢中になってニンジン切りをしているリーヤに、無駄だと悟ったのかクロスは肩を竦めると、彼の横に積みあがっていたニンジンの欠片(皮付き)を取り上げる。
とりあえず皮をむいて……まあ、あとはなんとかしよう。



さくり。
耳によく響く音が聞こえた、気がした。

「〜〜〜っ、たぁーっ」
指を押さえたリーヤに、顔色を変えたクロスが走り寄る。
「リーヤッ、大丈夫!?」
「きった……」
目にぶわっと涙を浮かべたリーヤの指先を持ったまま、クロスは上から水をかける。
当然、しみる。
「いたいいたいいたいいたい!!」
「ルック、薬」
「持ってくる」

ばたばたとルックが立ち去って、リーヤはその音を聞きながら指先の痛みに耐えていた。
水が赤く染まっている。
「結構切ったね」
「いたい……」
「そりゃそうだよ。包丁で思い切りやったでしょ?」
だからちゃんと指は丸めて猫の手で切らないといけないんだよ。
そうクロスに言い聞かされても痛みが消えるわけではなく、リーヤはぐいと顔をこすった。
「持ってきた。手、見せて」
戻ってきたルックはリーヤの傷を一瞥すると、正体不明の液体を取り出す。

「る、るっく、それ、なに?」
「薬」
「イッ、イヤだ! ぜってーヤダ! だってそれって」

全身で拒否するリーヤの声が聞こえていないのか、ルックはそのままビンの中身を。
リーヤの傷口に。
ぶっかけた。


「いっ、たあーーーーーーーーーーーいっ!!」

せっかく引っ込めたはずの涙をぼろぼろと落として、リーヤは無事な方の手でクロスにしがみつく。
「クロスっ、しみる〜〜〜っ!」
「そりゃそうだよ」
「ルックが、わざとしみる薬だしたぁ」
痛いー痛いよー。
そう言いながらクロスの後ろに回るリーヤに、薬瓶を持つルックは綺麗に微笑んでみせる。
「リーヤ、まだ終わってないよ」
「やだ!!」
「こっちおいで」
「い、や、だっ!」
ぶんぶんぶんと首を横に振る彼に溜息を吐いて、ルックは笑みを消すと瓶を持たない方の手を腰に当てる。
「クロス、リーヤ押さえて」
「はーい」
「!」

逃げる事もできず、ひょいとクロスに楽々持ち上げられたリーヤは、必死に足をばたつかせるがすべて空を蹴るにとどまる。
がしっとリーヤの左手を掴んだルックは、耳元でうるさく泣き叫ぶリーヤを一瞥もせず、残りの薬を全部ふりかけた。










たたたたた、と軽い足音がして、レックナートは自分の服がくいと引っ張られたのを感じ取り、気配を探る。
「……リーヤ?」
彼女の後ろに隠れていたのは、小さな子供。
どうかしたのかと不思議に思い、腰をかがめて頭を撫でる。
「どうかしましたか?」
「クロスとっ、ルックがっ、いじめるっ」
小さくしゃくりをあげて言ったリーヤに、レックナートは首を傾げた。
何かされたのだろうか、むしろリーヤが何かした可能性の方が高いのだが。
「クロス、ルック、何かあったのですか?」
「……いや、何かってよく今まで気付かなかったですねレックナート様」
苦笑しているクロスが出てきて、リーヤのレックナートにしがみついている手に力がこもる。
「リーヤ、おいで」
「い、やだっ!」
「もうしみることしないから」
「…………」
「――優しさの雫」

微笑んでクロスが唱えると、リーヤの左手に走った傷が瞬く間に消え去った。
「……あ」
目をぱちくりさせてから、リーヤはそおっとレックナートの後ろから顔を出す。
「なんで」
「ん?」
「なんで、最初から魔法で治してくれなかったんだよっ」
険しい緑の目を見て、クロスは笑う。
くすくすと笑いながら、答えてくれない彼の代わりにレックナートが微笑み答えた。
「最初から魔法で治してしまうより、痛い思いをした方が、同じことを繰り返さないでしょう?」
「……う?」
「――痛かったのでしょう?」
「すっげー、痛かった」
「なら、もう同じことはしませんね」
そっと頭を撫でられながら言われて、リーヤはしばらくその言葉の意味を考えて。
それから、ぱっと顔を上げた。

「クロス!」
たたたっと走っていって、笑っているクロスに抱きつく。
「ごめん!」
「いいよ、痛かったでしょ」
「でも俺のためだったのにごめん!」
微笑んで、クロスはリーヤを抱き上げる。
「じゃあルックにも薬のお礼を言いにいこうね」
「いくー! ルックー! ルック、ありがとー!」
隣の部屋にいるであろうルックに向かってその場で大きな声で叫んで、リーヤは笑顔でクロスの首にしがみついた。


 

 

 



***
よし様へリンクお礼です、ありがとうございます。
リクエストに沿ってるのか沿ってないのか。塔のファミリー。

たぶんルックは昔レックナートに同じことをされています(笑