「さて……と」
ジョウイを床に沈めてシグールは笑顔で振り返る。
「まさかこれごときで僕の気が晴れたとでも?」
「……はい?」

引きつった顔のリーヤの肩をがしりとつかみ、シグールは言ってくれた 。

「皆さんがご所望の「地獄絵図」レッツゴー!」
「ぎゃあああああああああああああっ」





<地獄絵図>





そーっと顔を出したリーヤの後ろで、呆れた顔のラウロが呟く。
「何やってるんだ……」
「しーっ!! いま大勝負の真っ最中!」
「大勝負って……なんのだ」
「シグールとかくれんぼ!」

楽しそうに言ったリーヤからラウロは視線をそらす。
いきなり本を読んでたラウロを引っ張って廊下に出るから何かと思え ば。
現在いるのはマクドール本家、敷地面積はニューリーフ学園に勝る。
その屋敷の中で、かくれんぼ。
しかも十二歳児相手にマジで。
……バカじゃないのか?

「先に見つけたほーが、負けた方の言うことなんでも聞くって条件 」
「それは……」
絶対リーヤが負けるとしか思えない。
そういう結論をラウロが出したのには訳がある。
……例によって長期休みなのでしばらく前からここに滞在しているが( なお先日までどっかの王様と王佐がいた)これまでシグールと行った あらゆる勝負で、二人とも完敗している。
唯一僅差まで追い詰めたつもりだったチェスですら、さっくりと盲点を 突かれて負けた。
訓練と称して連日打ち合いをして(させられて)いるので、体は見事 に青あざだらけ。
――手加減って言葉を知らんのかあの人(ら)。

「なー、どこにいると思う?」
「……どこって……」
無理矢理引っ張り込まれた格好になったラウロは、きらきら目を輝か せるリーヤにやめとけとは言えず、しばし考え込む。
「隠れ通路とかはないのか?」
「ある」
「あるのか……」
だとしたらどうとでもなるような。
「シグールの性格を考えねーと。えーっと……」

まず普通に考えて見つかるところにいないと思わせてその裏をかいて 、比較的見つかりやすいところに……いると思わせて、絶対見つから ないところにいるだろう。
天井裏は埃が立つので隠れるのも通り抜けも範囲外になっているし 、倉庫等の中も人一人は入れそうな空きがあるところはだいたい調べた。
実のところシグールは仕事を抜けてきているわけで、そうなると自室周 辺はありえない。(見つかるから)
あと執事長が現れやすい場所にもいないだろう、怒られるのは彼だし 。
使用人達に聞いて回った証言は芳しくない、逆に言えば目撃される ような場所にいないのか。
そこで絞り込めるのは……。

「客間」
「は全部見たな」
「んー……」
「というかだな、リーヤ。先に見つけた方が勝ちって、普通に考えてそ れって同時なんじゃ」
先に捕まえたほうが勝ちでも以下略。
「先に捕まえて「見つけた!」つったほーが勝ち!」
「……だったら、シグールを探さずに隠れて探しに来るのを待ったほう が」
楽なんじゃ。
そう言ったラウロを見上げて、リーヤはぱちくり瞬きをすると、そっかー と頷く。
「ラウロ頭いー!」
「…………」
そのルールで勝負してたお前らがバカなんだ。
……っつーか二人共隠れてたらいつまでたっても終わらないんじゃ?





ごそごそとクローゼットの中にもぐりこんで、リーヤはラウロに手を振る 。
「あんがとー」
「……どーいたしまして」
結局リーヤが隠れ家に選んだのは、客室の一つにあるウォークインク ローゼット。
……わかりやすく言えばとても広いクローゼットだ。
ついでになぜかここの部屋のだけ反対側の部屋に貫通しているので 、部屋に誰か入ってきたらこっそりと抜けていくのも可。
なおこの場所の発見&提案はラウロである。
一人ででかい客室を使わされていて暇だったので、色々調べて発見 した。

「じゃあな」
「シグール見たら俺しらねーってゆっといてな!」
「はいはい」
わかったよと言ってラウロはクローゼットを閉じると客間を出る。

「いーけなんだーv」
「Σ( ̄□ ̄|||)」
目の前ににっこり笑顔のシグールがいた。
「リーヤ、ルール違反。リーヤのまけー☆」
「ええええっ! シグールなんでっ、どっからっ、なんで!?」
クローゼットから飛び出したリーヤに、固まったラウロの横をすり抜け てシグールは笑う。
「ダメだよー、口止め頼むのは反則。そう言ったのはリーヤだよね?」
「そっ……それはだって、そうしねーとシグールに逆らえる人間ここに いねーじゃん!」

ここの主はシグールだ。
彼が「リーヤはどこに行ったの?」とか「僕はあっちに行ったって言っと いてねv」とか言えば使用人はそれにそむけない。
そうなれば当然リーヤは不利になる。
なのでこのルールになったんだが。

「どーせリーヤのことだから、ラウロに協力お願いすると思って、ラウロ張 ってたんだよねv」
にっこり。
「ぐっ……ひっ、ひきょーだー!!」
「どこが」
「だ……だって……」
「僕は公正なるルールにのっとって、塵一つの不正もなく勝ったんだよ ?」
「で、でもっ!」

ひゅん

ガンッ

どこから取り出したのか、シグールの棍が空を切りそれを呆れ顔のラ ウロが小脇に抱えていた本で受け止めていた。
「ちょっと、室内で棍はふりまわさ」
眉をひそめたラウロにシグールはいい笑顔のままで、棍を綺麗に回し 二人の脳天に振り下ろす。

ゴンガン

「ってーっ!!」
「教育的指導」
「なんで俺まで……」
頭を押さえたリーヤとラウロにシグールはもう一度、教育的指導と繰り 返すと棍を担いでさてっと、と笑う。
「僕が勝ったから、僕の言う事一つなんでも聞くんだよね」
「うん」
リーヤは素直でいい子だね、と頷いた彼の頭を撫でつつ、シグールは 腰をかがめて目線を合わせると。
それはもういい笑顔で言った。

「命令、僕の残りの書類を全部片づけろ」
「は……ええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
「ラウロ、麝香買い付けておいてね。僕テッドとデートしてくるから、手 ぇ抜いたりミスしたら……喰べちゃうよ?」
ね? とかわいらしく言ってシグールはすたすたと歩いていく。
「ちょっ……ちょっと待て!」
「命令は絶対」
「んな……無理! ぜってー無理!!」
「人生何事も挑戦だよー」
じゃねーと笑いながらひらひら手を振って悪魔は去った。

「……ラウロ」
「……なんだ」
「……無理」
「だな」
「ぜっっっってぇーに、無理!」
「俺もそう思う」
「ど、どーすんだよ!?」

床にへたり込んだリーヤの横で、ラウロも壁にもたれて遠い目をする。
ゲームに参加していたのはリーヤだけのはずだったのだが、シグー ルの科白によればラウロにもこの命令は有効らしい。
……色々理不尽だ。
「まあ、できると思って押しつけ……たんだろうなあの人は」
「逃げたら喰われるーっ」
半泣きのリーヤに手を貸して立ち上がらせ、二人は重い足を引きずってシグールの書斎に向かった。










いつまで経っても夕飯に降りてこない二人を探しに行こうとして。
あそこじゃない? と事無げにシグールに言われてルックとクロスは 書斎の扉を開く。
「リーヤ、ラウロ……ってどうしたの」
「クロス〜っ、おわんないー!」
入ってきたクロスとルックを見て、リーヤが顔をくしゃくしゃにして走って くる。
抱きあげて背中をたたきながら、クロスは部屋の中央の机に座って何 か作業をしているラウロに目線を移した。
「どう、したの……?」
「シグールが」
「うん?」
「……リーヤとゲームをして」
そう言いながらラウロの手は止まらない。
「リーヤが負けたので命令をされて」
「……うん?」

飲み込めないクロスが首を傾げ、なんとなく察したルックが溜息を吐 いた。
「で、負けたから仕事押しつけられたんだ?」
「ルックー、ひでーんだよシグールのやつ、全部俺達がこなせる仕事し か残してねーんだもん!!」
クロスの首にかじりつきながら訴えたリーヤに、ルックはだろうねと呟 いた。
「それがアレのやり方だよ。できることしかさせないのさ」
その代わりできるギリギリまでさせるが。

相変わらず変わってない……もとい磨きのかかった彼の性格に呆れ、 ルックは机の上に積みあがっている書類をぴらりと手に取る。
内容は簡単な清算や再調査、取引や集計。
リーヤとラウロならばこなせないこともない内容だ。
……能力的には。
「あとどれだけあるの」
下を向いたままのラウロは、手元の書類をぱしっと山の上に置く。
「これであと五束」
「ごっ……元はいくつあったの?」
積みあがった書類の束を目算で数え、ルックは久しぶりに眩暈を感じ た。
あいつ。
どこまでこんな子供を苛め抜けば気が済むんだ。
「最初は……最初は二十束ー……」
ようやくクロスから離れたリーヤが、涙でぐしゃぐしゃの顔で言う。
それを取り出した布で拭いつつ、クロスは苦笑した。
「それは……大変、だったね」
「もーぜってーぜってーシグールとなんかあそばねーっ!!」
そう言って地団太踏んだリーヤに、クロスとルックはかける言葉もない 。
この歳の子供が遊びたいのを我慢しつつ、書斎で延々書類仕事。
……精神的にキツかったようだ。

「リーヤ、お前ノルマ残ってる」
「……わーってるもん」
ラウロに言われてリーヤは机に戻る。
「あー……リーヤ」
「なーに」
微笑んだクロスの方を見てリーヤは首を傾げた。
「最後までがんばる?」
「やる!! だってできなかったらシグールもっとヤなことさせるもん!!」
まったく正しい意見を言ったリーヤにルックも同意するしかなく、扉に 手をかける。
「じゃあ……飲み物持ってきてあげるよ」
「僕は、夕食とっておいてくれるように頼んでくるね」
同時に書斎を出たクロスとルックは、顔を見合わせて溜息を吐いた。
テッドと出かけたかったからなのか。
それとも試練を与えてやれという彼なりの親心(?)なのか。
今のうちに書類仕事能力を鍛えてあとでこき使おうという目論見なの か。

「とりあえず……テッドに怒ってもらわないとね」
「さすがに、可哀相過ぎるでしょアレは……」


 

 

 

 



***
皆さんがご所望だったので地獄絵図編でした。
訓練は皆がつけるので、痛いとかはあんまり地獄にならないと思って。

リーヤ十二、ラウロ十五の頃です。
十二歳に長時間書類仕事はきつかった。
まあ実際やっちゃう二人の意地っぱりなトコにも問題アリですが。