<おそろい>





久しぶりに一人の時間を、ラウロは静かな読書で消費していた。
別段予定を立てているわけでもないが、生活に隙ができるとすぐにリーヤが入り込んでくる。
今日は、朝食以来彼の姿を見ない。

「補講に出てるか、訓練してるか、図書館にいるかあるいは……」

どたどたどた。
廊下を誰かが走る音がした。
「三……二……一」
「ラウロ!」
「なんだ」

カウントダウンぴったりに、部屋の扉を押し開けて叫んだリーヤにラウロはいつものごとく返す。
服装からして、町に下りていたのだろう。
「お土産」
「はあ?」
なんでもかんでも唐突な友人に呆れて、ラウロは首を傾げる。
見て見てーとリーヤが手を広げると、彼の掌には二つの光るものがコロンと転がっていた。
「ピアス?」
銀色のそれをつまんでラウロが言うと、うんと頷く。
「きれーだから買ってきた。俺もつけよっかなーって」
「ああ……」
伸びた横髪に隠された自分の耳を触ってラウロは納得した。
ちなみに彼の耳には八つの時に半ば強制的に姉に開けられた穴がある。
……無理矢理だったせいかあんまりに痛かったので本気で暴れた結果、左にしか開けられていないのだが。

ちなみにピアスの穴というのはかなり簡単にふさがってしまうため、二度目に姉が「あけたげるー」と言えないように、目立たないものをいまだにつけている。

「痛いぞ?」
「う……」
「まあいいか、開けたいなら開けてやる。氷と針とマッチと……キュウリでも用意しろ」
「きゅうり?」
「……別にナスでもリンゴでもいいけどな」

なにすんだよ? と純粋な好奇心で尋ねてくるリーヤに、ラウロはその時になれば分かると答えておいた。










事前準備その一、氷で耳たぶを冷やす。
これで鎮痛作用があるわけだ。
ついでに血も流れないという一石二鳥。
事前準備その二、針を火で熱する。
消毒作用。
事前準備その三。

「はい、氷とってキュウリあてろ」
「……なんのためだよ」
「しっかり針を貫通させるためだ」

キュウリを耳たぶより大きく切って、後ろに当てる。
これで、針をしっかり刺せる。
もちろん針が易々と貫通できるようなものではないといけないので、硬いものはお勧めしない。

「刺すぞ」
「…………」
「リーヤ、後ずさるな」
「……だってー……」

椅子に座ったまま、器用に後ろへとにじり下がるリーヤにラウロが手を止めて呆れた。
「やっ、やだよ、いたそーじゃん」
「開けると言ったのはどこの誰だ」
「う」

はい、観念しておとなしく座れ。
そう言われてもリーヤは首を振った。
「痛い! ぜってー痛い! 氷で冷やしたって慰めにしかなってねー!」
「痛くないと誰が言った」
「ぎゃーっ、ラウロの冷血漢ー!」
「ぎゃあぎゃあわめかないでおとなしく……」

ブス、という音がした、気がした。
深々と針を刺したその場所を、リーヤもラウロも凝視する。
「……氷で冷やしなおしとけ」
「……わりぃ」
自分の手に刺さった針を抜いて、ラウロは布で拭うと傷口を舐める。
じんわりと血の味がした。

針を拭いて炙りなおして、ラウロはリーヤに向きなおる。
「動くなよ」
「……おう」
小声で返したリーヤの耳から氷をどかし、後ろにあてがったキュウリを台に、一気に針を刺した。

「いてえええええええっ!!」

「お前なぁ……もう片方あるんだが?」
「い、いやだ! もうやだ! 痛い、マジめっちゃ痛い!! ぜってーやだ、もうやだ、ほんとやだ〜っ!」
耳を抑えて後ずさったリーヤに吐息を吐いて、ラウロは手にしていた針を横に置く。
「そこまで痛いか」
「痛い! ぜってーぜってー穴なんかあけねーっ」
「両方開けないとピアス通らないぞ」
「片方でいい!!」

叫んだリーヤにラウロは苦笑して、ぽいっと床に座り込んだ彼にピアスを投げた。
「穴に挿しとけ、すぐにふさがる」
「……やって」
「何を」
「挿して、自分じゃできねー」
はいはいと答えて、ラウロは床に座ったリーヤの横に膝をつき、彼の右耳にピアスを通す。
通した瞬間顔をしかめたが、最初の衝撃がまだ去らないのか、それほど痛いわけではないらしい。

「で、こっちはどうするんだ」
穴のないので行き場のないもう片方のピアスをラウロが差し出すと、しばらくそれを取り上げて見ていたリーヤが、にかっと笑ってラウロに差し出した。
「やるー」
「一個だが」
「ラウロだって穴一個しかねーじゃん。半分ずつ、な?」
あ、どーせなら俺がつけるーと言われてラウロは無言で自分の耳につけていたピアスを外し、横の髪を耳にかけた。
受け取る事は決定らしい、まあいいけど。
「……変なところに刺すなよ」
「大丈夫」

へーきへーきと言いながら、リーヤの手がピアスを通す。
後ろの留め金をつけて、うんと満足したように頷いた。
「おそろい、なっ」
笑ったリーヤになんて答えていいかわからず、ラウロは左耳の自分のピアスにそっと触れた。
「……どうも」

 

 



***
ピアス秘話(笑)
実際はそこまで痛くないと思うけど。