<風邪引き>





呆れた顔で寮母は額にタオルを乗せた。
「まったく、毎晩毎晩窓開けて夜更かししているからよ」
「だって……げほっ、ごほっ」
咳き込んだリーヤに、今日は寝ていなさいねと注意して、彼女は部屋を出ようとする。
「こらっ、読書禁止!!」
「えー」
没収よ! とぷんすか怒った寮母に根こそぎ本を持っていかれ、リーヤはふてくされて寝転がった。
熱なんて出すのは久しぶりだ。

「おい、生きてるか」
軽いノックの後、ひょいと顔をのぞかせた友人にリーヤは半泣き顔で訴える。
「ラウロー、本もってがれだー」
「……何言ってるかわかるけどわからん。っつーか寝てろ」
「やだー、だいぐづー」
「……声ひどくなってるし……本なら治れば戻ってくる」
「ぶわくっしゅっ」
「……寝てろ」

呆れてそう言い残して、ラウロは授業へ出るために寮を出る。



「……びば」
寝てろと言われたって、眠くない時は眠れない。
なのに本没収されるし、外に出歩けるわけもないし。
頭痛いし、体だるいし。
「……ぐぞー」
じたばたしても始まらない。
だけど時間ばかり過ぎていく。

退屈で退屈で限界で、リーヤはこっそりとベッドから下りた。
この時間なら寮母はたぶん外へ買い物だ、少しくらい寮内を動いたってバレやしない。
自分の本の隠し場所は見当が付かないので、ラウロの部屋に行って本を借りよう。
もしかすると台所の方に積んであるかもしれないけど。

そーっと自室の扉を開く。
外に人の気配はない。
階段に駆け寄って下の気配に耳を澄ますが、人がいるようでもない。

よし。

ラウロの部屋は一階上だ。
そっと足を階段に乗せ、一歩一歩上っていく。


「おいこら、そこの風邪っぴき」
「!」
背後から声をかけられて、慌てたリーヤはバランスを崩す。
足がすべって、したたかに尻を階段にうちつけ――るかと思いきや。
「だうど」
「それ俺の名前か」
すんでのところでリーヤを引っ張りあげたラウロは、左手に抱えていた分厚い本をあごでしゃくる。
「これ、借りてきてやったからおとなしく部屋にいろ。どーせこんなことだと思った……」
ん゛、と頷いてラウロから本を受け取ると、リーヤは部屋に戻ってベッドに腰かけ本を開く。
ごほごほっとページをめくりながら咳き込んでいると、部屋に入ってきたラウロが水の入ったコップと何か紙に包まれたものを差し出した。
「これ、薬な」
「……ばだ」
「ヤダがバダになってる時点で自分の異常に気付け。飲め」
「ばだ」
「本取り上げるぞ」
「…………」

殺し文句に渋々薬を服用したリーヤは、んべっと顔を顰めて苦そうな顔をする。
「薬草とかを煎じただけだからそりゃ苦いだろ」
「がー!」
「漢方薬という東の方の文化だ。効いたら文献が正しいということに……」
「……ぼでをびっげんばいにぶんな」
彼の言いたい事はよくわかったが、ラウロはわからない振りをして微笑んだ。
「文句言いたけりゃとっとと治せよ」

「がー!!」










翌朝、全快したリーヤは真っ先にラウロの部屋へと乗り込んだ。
「おまっ、俺に何飲ませたんだ!!」
「全快したか……さすが」
起きたばかりといった風情のラウロは驚いた様子もなく髪を梳かしている。
「言え! 漢方薬って、俺の知ってる限りじゃ!」

「えーっと、イモリの黒焼きクモの千切り、薬草数種類に……」
「……俺を実験台にするな!」
「治ったから文句は言うな」
「うっ……」

あの本は自分で返しておけよ、と言って部屋を出て行くラウロを、リーヤは慌てて追いかけた。



 


 



***
たまには人間らしいところを
……だそうですが。
……人間?