<言葉の重み>





もともと他人にそう興味がある方ではなかったので、声をかけられた時は戸惑いの方が大きかった。

「あのっ――り、リーヤ君」
茶色の髪を緩くおさげに編んだ少女は、呼び止めたリーヤの前で赤面する。
首を傾げている彼に、かき集めた精一杯の勇気で言った。

「あ、あたしっ、あなたのこと」
「うん?」
問い返す時に後ろで結われた薄い色の髪が揺れる。
緑の目が真直ぐに見返す。
「――あたし、リーヤ君のことが、す、すきですっ」

頬を紅くしてそう言った少女は、ぎゅっと拳を握って相手を見上げた。
告白したという爽快感と、希望と、後悔と恥ずかしさが入り混じった気分。

「おまえ、誰?」
ただ不思議そうに尋ねるリーヤに、少女は回らない舌で必死に伝える。
「あ、あたしはジュエって、いいますっ」
「ふーん、ジュエ、か。で、なんだって?」
「……その、リーヤ君が好き……です」
二度目はもう少しきちんと言えた。
名前を聞いてくれた事は脈があるのだろうか、不安になりながら前髪の後ろから相手を窺う。

「そ。で?」

あっけなく返してきた彼は、変わらぬ色の目で少女を見る。
「え……?」
「いや、だから俺にどーしろっつーの?」
「え、えっと……」
「なんでもないなら行くけど、いいか?」
「あ、はいっ……」

リーヤが背を向けて歩いて行くと、少女はその場に崩れ落ちる。
両手で顔を押さえて、髪が乱れるのにかまわず泣きじゃくった。

分かっていた、この恋が実りはしないのは。










部屋に勝手に転がり込んでいたリーヤの背中を蹴飛ばして、ラウロは図書館から借りてきた本を机の上に置く。
せっかく一人部屋がもらえたのに、全く一人でいる気がしないのはなぜだろう。

「なーラウロー」
「なんだ」
部屋の主に椅子を明け渡し、ベッドの上に寝転がり本を閉じたリーヤが何か言いかけるが、しばらく思考して口を閉じる。
「なんでもねー」
「言わないなら掘り出し物を見つけてきたが見せない」
「……俺ってさー、ミリョクテキ?」
「俺は興味がないから知らん」

友人の意味不明な言葉を切って捨てると、ラウロは宿題をやるべく机に向かう。
だが、その後ろから思い切りリーヤにのしかかられて、低い声でうめいた。

「重い、どけ」
「告白された」
「そりゃよかったな。どけ」
再三度の要求にもリーヤは聞く耳をもたず、ぐいぐいとラウロに体重をかける。
育て親の友人であるシグールの癖を無意識に真似しているだけなのだが、真似しているのが誰か分かってしまったラウロは何となく気が重い。
あれには似ない方がいいと思う。あらゆる意味で。
「ラウロはねーの?」
「……それとお前に何の関係があるんだ?」
勉強を放棄して、背骨を折られる前にラウロは座る角度を変える。

寄りかかるものをなくしたリーヤは、ベッドに腰を下ろした。
「あるんだ」
「だからなんだ。簡潔にわかりやすく言葉にしろ」
要領の得ない会話に嫌気がさしたらしいラウロが命じると、リーヤは頷く。
「「女の子を泣かせるな」って言われたけど、ちゃんと対応したつもりなのに泣かせたから、俺の言動のどこに間違いがあったのだろうかと不思議に思ってる」
すらすらと淀みなく出てきたリーヤの言葉に、ラウロは眉を寄せる。
事態把握はできたが、それがなんだというのだろうか、よく分からない。

「どう対応したんだ?」
「好きっていきなり言われたから」
「ら?」
「名前聞いて」
「聞いて」
「で、俺にどーしてほしーんだって聞いても答えないから、そのままここに来た」
「…………」
「俺、なんかまちがったか?」
「ドあほう」
「ドあほ言うな」

ぽつりもらしたラウロの言葉に、機嫌を悪くしたリーヤが刺々しい口調で言い返すと、やってられるかと返される。
何がいけねーんだよーと足をバタバタしながら問いかければ、呆れたラウロ先生が振り向いた。
「お前にはデリカシーがない。そんなことを言われたら傷つくに決まってるだろうが」
「じゃあなんて言えっつーんだよ。俺はお前が嫌いだとか?」
「……そうじゃなくて」
「好きだとか? 友達でいようとか? 俺今日名前聞いたんだぜ、どっちも嘘じゃねーか」

嘘の方が本当よりいいのかよ、わけわかんねぇ。
バスッと音を立ててベッドの上に転がったリーヤから視線を逸らして、ラウロは沈黙する。
その場限りの言葉を並べる方がいいのか、それともリーヤのように本音を言うべきか?
自分だったら、どうしていただろうか?

「好きっつーのはさ……もっと大事な言葉じゃねーの?」
ぽつりリーヤが呟いた言葉に、ラウロの思考が戻ってくる。
「言葉かわしたこともない相手にさ、言うもんじゃねーんじゃねーの」
「そう思うのか?」
「だってさー、クロスがルックに好きって言わせようとすると、切り裂きか拳が飛んでくるぞ?」
「……いや、それは」
それは特殊な関係だと思うが、あらゆる意味で。
そんな特殊なお二人に育てられたリーヤの感覚は、ラウロが懸命に調整してきたがまだ未調整の部分もある、というか完全に調律は不可能だからこれで折り合いをつけるしかない。

「シグールはしょっちゅう言ってるけど、セノとジョウイが言ってるの聞いたことねーし」
「ないのか?」
「俺の前ではなー。だから、もっと重い言葉なんじゃねーの?」
な? と聞かれてラウロはゆっくりと頷いた。
「……そうだな」
口に出すのはあまりにも簡単だけれど。
本当は、とても重い言葉なのかもしれない。

自分の好意を相手に伝える言葉。
大切な感情を言葉にする行為は、きっと、もっと重い。


「っつーわけで、今度言われたら俺は今日と同じ対応をすればいい!」
「いや、そこに帰着するな。せめて言葉を選べ」
「だーって、どーしろっつーのさ」
「他に好きな人がいるという無難な嘘はどうだ」
ラウロの提案に、リーヤはん〜と唸る。
「でもさー誰って聞かれたらどーすんだよー」
「……ルックとでも言っておけ」
「……男じゃん」
「俺の知る限り一番の美人だ。どんな人って聞かれた時に楽だろ」
「……否定しねーけど、いーのかそんなんで」
「いーだろ」

「……クロスに殺されそー……」
「……知るか」


 


***
その後告白されたリーヤは一律して「ありがとうでもつきあわねーから」で逃げたらしいです。
ラウロは「悪いけど俺は好きな人がいるんだ」で逃げたようです。
ちなみにどんな人? と突っ込むと「綺麗な目をした気が強い人」と述べたとか。