<姉と弟と 下>
姉から逃れて家に入ったラウロとリーヤは、荷物をとりあえず置いて一息ついた。
その日の夜のうちにラウロの両親が帰宅してきたので、アズミと共に三人っきりで食卓を囲むという事態は避ける事ができた。
「君がリーヤ君か、ラウロからよく聞いているよ」
「この子と仲良くしてくださってるんですってね、ありがとう」
「えっと……ラウロ」
「俺に聞くな」
ラウロの「ごくごく普通の両親」に慣れない反応をされ、戸惑ったリーヤに視線を向けられてラウロは溜息を吐く。
これも社交儀礼を身につける一環だ。
「何もない所だけどゆっくりしていってね」
「あ、おう、じゃないや、えっと、はい?」
「ははは、丁寧にしてくれなくてもいいよ、ラウロの友人なら息子も同然だ」
横でラウロが「父さんよくもそんな科白恥ずかしげもなく」とか呟いていたが、聞こえなかった振りをするという事にしておいて、リーヤは無言で頷く事にしておいた。
結構社交術身についたと思うんだが。
「しかしラウロ、休暇は一ヶ月はあるだろう。どうするんだ?」
「ああ……まあでかい本屋あるからそこ行って、あとは家で本読んだり」
「暗いわっ、青春真っ只中の男の子二人がすることじゃないじゃない」
口を挟んできた姉にラウロはじゃあ何しろってんだと切り返す。
「お使い行ってきて」
「は!?」
それも別に青春真っ只中の男の子二人がする事じゃないような。
「ハルモニアの方よ、いい物が入るって聞いたの」
「アズミ……仕入れは父さんの仕事だ」
眉をひそめる父親に、いいのよとアズミは笑顔で言う。
「だって二人とも護衛なしで帰ってくるくらい強いんでしょ? 問題ないわよ」
「ラウロ?」
どういう事だい、と尋ねてきた父親に、ラウロはだからと答える。
「そこら辺の護衛より強いから……俺達が」
「ね、問題ないでしょ?」
してやったりといわんばかりに笑みを浮かべた姉に、ラウロははいはいと返して立ち上がる。
「ごちそうさま」
「あ、ラウロ、明日の品出し今やっておくから手伝いなさい」
アズミの言葉に、無言で店の方へと向かったラウロと、後を追いかけた姉の二人が食卓からいなくなり、リーヤは視線をテーブルに落として左右へ振る。
「……リーヤ君」
「あ、ああ?」
「ラウロは、学園で上手くやっているかね?」
心配そうな色を目に浮かべた父親の問いに、リーヤは逡巡したが頷いた。
「おう、ラウロすっげーんだよ、この間なんかさー」
目をきらきらさせながら話す息子の友人の姿に、いつしかラウロの両親の空気も和む。
「そうか……上手くやっているのだね。あの子は自分のことをあまり手紙に書かないから」
「そーなのか? でもいっつも書いてるぞ?」
リーヤはあまり書かないので、その度にラウロに窘められている。
まともな頻度で手紙を書くようになったのは本当にここ一年だ。
「――そうではなくて……悩み事とか、ね」
でも君みたいな友人がいるようで安心したよ、と言われてリーヤはんなことねーって、と返す。
「ラウロは一人でもだいじょーぶだよっ」
俺なんかいなくてもへーきだよ、と繰り返すリーヤの姿に、両親は微笑んだ。
アズミの一言で決定していたが、まさか本当に行く羽目になるとは。
しかも出発する日の彼女の科白は。
「私もついてくわ、国境の抜け方知りたいしv」
であった。
「……ねーさん、ほんっとうに興味本位でついてきただろ」
「ええ」
頷く姉に頭を抱えたラウロに、リーヤは能天気な言葉をかける。
「おおラウロ、国境についたぞー」
「……お前らそろってスパイだって言って突き出してやりたい」
物騒な一言は本音だったかどうかは不明だが、ラウロは呟いて前に見えてきた国境を隔てる門の一つを見やる。
ハルモニアに接する国境だから、ラナイ・デュナン間よりは警備が甘いと思っていたが、そうでもないらしい。
……ま、リスターナの出入り自体が結構厳しい事になっていたしな。
「あ、そーいやーさーラウロ」
「なんだ?」
「ラウロん家行くって連絡したら、みょーなもん送ってきたんだけど」
ごそごそと荷物を漁ったリーヤがなにやら紙切れのようなものを差し出す。
それを手に取ってさっと目を走らせたラウロは、頬を引き攣らせた。
「……お前、こういうものはもっと早く出せ」
「ただの俺の身分証明書だろ?」
「保証人に誰の名前が入ってる」
「? それが?」
「……本物のバカだな」
呆れた声で呟いて、ラウロはその紙切れ――もとい身分証明書を手にすたすたと門番の方へ歩いて行く。
「何々? どーゆーこと?」
「なんだろ?」
アズミがリーヤに問うが、リーヤは首を傾げる。
そうこうしている間にラウロは平然と門番の一人に話しかけた。
「通らせてもらいます」
「待て、何者だ、身分証明あるいは通行許可書はあるか」
「こちらに」
ぴらとラウロの差し出したその書類は。
一枚の身分証明書。
「……リーヤ、男、トラン出身、デュナン在中。身分証明者……!?」
「文句ありませんよね」
ぴっと門兵の手から身分証明書を奪い取り、ラウロはリーヤにねーさん早くと一声だけかけると、とっとと門を抜けてハルモニア入りした。
固まっている門兵を不思議そうな目で見ながらリーヤとアズミが通り過ぎ、硬直の解けた兵が口が聞けるようになったのはしばし後だった。
「ど、どうしたんだ」
「……身分証明者に」
「それがなんだ?」
普通、身分証明は今住んでいる市や村での役所が発行するものだが。
「……デュナン国王の名があった」
「……偽物では」
「……王印まで押してあって、その下に王補佐のサインがあった」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……戻ってこなかったら国際問題だな」
「……そう言えば今盗賊が跋扈してると言う噂が」
「…………」
「…………」
「しっ、至急軍の要請だっ!」
「と、盗賊討伐隊を組織せよ!」
真っ青になった門兵が右往左往している事は、三人は預かり知らぬ事。
***
……なんだこれorz