長期休暇の度にリーヤの家に拉致されていた――もとい、出身国は内乱直後で落ち着かなかったりデュナンと小競合いをしたりで帰るに帰れなかった。
ので、久しぶりの帰宅となった。
……のだが。
「なんでお前まで」
「いーじゃんかー」
俺だってラウロの家見てみたい、ときらきら目を輝かせて言われ、溜息を吐いてラウロは荷物を持ち上げる。
迎えはこないのかと家に手紙を送ったら「皆忙しいから護衛でも雇って帰ってきて」という返答が来た。
……が。
「なあなあ、モンスターいねーかなっ」
「……やめてくれ」
リーヤとラウロの二人で護衛を雇う必要性が見えなかったのでそのまま帰宅することにした。
ちなみに手紙の返答をしてきたのは間違いなく姉だ。
「ラウロのねーちゃんってどんな人?」
「……すごい人」
「は?」
いや、会えば分かる。
遠い目をして言ったラウロに首を傾げ、二人の少年はグリンヒルを後にした。
<姉と弟と 上>
ラウロの実家はラナイ国ソーレナ地方のリスターナという町にあるらしい。
南に位置する山の間の細い道を抜けて来たのだが、昨年デュナンと小競合いがあったので、デュナンから入るラウロたちは散々取調べを……
「うっせーっつーの!! 俺達は! ただ! こいつの! 実家に! 帰るだけだっていってんだろーがっ!!」
長々とした嫌味ったらしい取調べにぶちきれたリーヤが、兵士に掴みかかって怒鳴り散らす。
「っだーっ!! 文句があるならかかってこい! 来た奴からノしてやるー!!」
「とまあ連れが放っておくと暴れますので、通してもらってもいいですか? 俺達はグリンヒルのニューリーフ学園のただのしがない学生でいたいけな子供なんですけど」
ねえ、と笑みを作ってラウロが責任者に詰め寄ると、青ざめた彼は二人を解放してくれた。
「帰りは別の道通ろうぜ……」
「そうだな、遠回りにハルモニア抜けた方が楽な気がする」
北上し、湖を渡り、リスターナに着くまでになんだか微妙に疲れていた二人だったが、ラウロは分かっていた。
これからもっと疲れるという事を。
あれが俺の家。
ラウロが指し示した家はリスターナに構えられたごくごく普通の家だった。
――とっても普通の家だった。
「で。隣が店」
「ラウロの家、道具屋だったのかー」
「……まあな」
家には誰もいないかもしれないから店から入るか、と溜息を吐いてラウロが扉に手をかけた。
――と。
「あらーラウロじゃないっ、久しぶりねっ、おねーさまにお土産は?」
「……ねーさん……」
道具屋の店番をしていたらしき女性が立ち上がり、笑顔を向ける。
二十歳くらいだろうか、話しかけられたラウロは顔を引き攣らせる。
「あ、その子がリーヤ君ね?」
「あ、はい……」
よろしく、ラウロの姉のアズミです、とラウロと似た色の髪と目の女性に言われてリーヤは頷く。
結構年が離れていると聞いていたが、四つ五つは離れていそうだ。
「で、ラウロ、頼んでおいたお土産は?」
「ただの学生に「結婚指輪に使えそうなダイヤ」なんて頼むもんじゃないだろ!」
ラウロ、と微笑んだアズミはカウンターに手をかける。
「姉に向かってそんな口の利き方はないでしょう?」
次の瞬間。
ひらりカウンターを乗り越えたアズミがそのまま勢いを殺さずラウロめがけて蹴りを入れるっ!
「っ」
紙一重で回避したラウロを見て、着地したアズミがふーんと呟いた。
「成長したわね」
「……ねーさん、そんなんじゃ婚約者に逃げられるのも時間の問題だな」
「あらいやだ、ウィズはそんな人じゃないわよー。「いつも元気な君が好きだよ」って言ってくれたわ」
うふふ、と笑うアズミの後ろを這って、ラウロの隣へ行ったリーヤは声を落として呟いた。
「こ、これがお前のねーちゃんかよ?」
「ああ」
「……婚約者いるんだ」
「……なんて勇気だと親戚一同で讃えたらしい」
会った事もない自分の婚約者に弟とその友人が思いを馳せているとは知らず、アズミはぐいと顔を床に座り込んでいるリーヤに近づけると、ふーんと唸る。
「ラウロの話で私もっとこう、でっかくてごっつい男を想像してたんだけど、可愛いじゃない」
「……お前は俺をどー、しょーかいしたんだ」
「事実をありのまま」
じと目のリーヤにそう答えると、ラウロは立ち上がって姉に問う。
「父さんと母さんは」
「買い出しよー。だから私が店番。こんなに早く帰るとは思わなかったの。国境どうやって抜けたの?」
「…………」
いや、いい、と呟いてこそこそと家の敷地に繋がる裏口へ抜けようとしたラウロの耳を掴んで、ぐいっと後ろに引き戻しながらアズミはよくありませんと言った。
「何をしたの? はっ、まさかラウロもリーヤも顔がいいから……」
「……いや、ねーさん、人としてその発想は止めてくれ」
「別にラウロがふつーにお願いしたら通れたよなー」
リーヤのフォローのはずの言葉に、賄賂なんて正々堂々とした商売人として許せないわ! といきり立つ姉に、呆れた顔でなんでそこで賄賂になるんだと返すラウロ。
「だって今取り締まりが厳しいもの。だから父さんと母さんがわざわざ首都まで仕入れに行ったのよ」
「首都? ……あ、そうか。パルマス、だっけ」
ラウロが十の時に首都が移転し、その直後彼は学園へ行ったのであまり馴染みがなかった。
「なんかすっげー内戦だったって?」
「まあソーレナ地方は戦火が及ばなかったけど……ロクワット湖を通ってきたなら、廃墟が見えたでしょう? あれが旧首都の残骸よ」
首都から遠ざかっちゃったから、ちょっと商売が奮わないのよねぇと呟いたアズミに、別にもともと繁盛してなかったじゃないかとラウロが呟き、振り返った姉の鉄拳が
飛んだ。
「……ねーさん、嫁入り前の女性が弟に向かって拳を上げるのはどうかと」
「あら、受け止めるなんて弟は全くかわいくないわ」
「妹でも殴るのか……」
姉の拳を受け止めた手を下ろして、ラウロはリーヤに来いと合図をして店の裏口から家の敷地へと向かう。
後をついてきたリーヤが、店番に戻るアズミをちらと見て、耳元に口を寄せてきた。
「……なあラウロ」
「言うなリーヤ」
「お前の家族、おかしいよな?」
「言うなといっただろうが」
やっぱり帰ってくるんじゃなかった、と額に皺を刻んで呟く親友の横顔を見ながら、リーヤは姉があれなら親はどんなんだろうと少しだけびくびく……ではなくどきどきしていた。
***
お姉様ご光臨。
親は普通です。