「こんなことしても、なんにもなりませんよ」
静かにそう言いながら、奥歯を噛み合わせるのに必死だった。
怖いのは自分の命が奪われそうとか、
ではなくて。
……アレが、よけいな事しやしないかという、恐怖。
<ピンチの時は助けに来い>
そもそもの起こりは……思い出すのもばかばかしい。
ニューリーフ学園がお休みだったため、ラウロは故郷にいる家族に手紙を出すため、町まで出てきていた。
グリンヒルは穏やかな町で、森に囲まれているためかとても静かである。
その落ち着いた空気が好きで、お小遣いも溜まっている事だし少し何か市場で見ていこうかと思った。
もちろん隣には友人のリーヤがいたわけで、彼も手紙を出してきたところだ。
「僕は市場によるから」
「俺もいく」
「金は」
「……五十ポッチある」
それはあると勘定しないとぴしゃりラウロに言われたが、リーヤは見るだけじゃねーかと言ってついてきた。
そういえばそろそろ姉の誕生日で、何かいいものを見繕って次の休日あたりにでも送っておこうかと思いつつ、並べられた装飾品を見やる。
リーヤはリーヤで反対側の妙な壺とか見ているから、アレはアレで楽しいのだろうと思って放っておいた。
路地の奥の方にまで並べられていたので、角を曲がって路地の中へと入っていく。
最後まで一通り見て、やはり最初にちらっと見たのがよかったなと思いつつ、表通りに戻るべく身を翻した。
ガゴッ
鈍い音がして、ラウロの意識はそれっきり途切れた。
――聞いていることは聞いていた。
最近グリンヒル近辺に、タチの悪い人攫いが出るのだと。
狙うのは子供で、男女の見境はないがさらわれた子供達の行方はさっぱり知れない。
……まさか、こんな真昼間に、それもグリンヒルの中央に、いるなんて。
「痛……」
殴られた頭を庇いながら、ラウロは自分のおかれた状況を整理する。
両手を後ろで縛られ、両足も縛られている。
数回手首をひねったものの、きっちり縛られていて外れる様子はない。
座っているのは石畳、灯っているのは蝋燭、おそらくここはどこかの家か何かの地下だ。
現在監禁中の身分なんだが、妙に冷静なのは長期休みの度に会うあのメンバーが、ずいぶんと逞しくしてくれたからだろうか。
……リーヤが、大人しくラウロの不在に気がついて、大人しく大人に報告してくれればいいんだが。
――余計な事するなよ、頼むから。
「おう、起きたかガキ」
「こんなことしても、何にもなりませんよ」
入ってきた巨躯の男は、にやりと薄い闇の中笑った。
「俺は何もしないさ? ガキは高く売れるんだよ」
「……子供を売買してるのか」
抑えた声でそう言うと、そうだぜと男は太い声で笑う。
ラウロは蒼白になっているであろう唇を噛み締めた。
これは、救助が遅いとラウロの身柄は危なそうだ――まあ殺される事はなくなったわけだが。
安心ができるほど立場は好転していないので、溜息混じりに吐息を吐いて、覚悟を決めた。
きっと、リーヤが何か手を打ってくれるはずだ。
先に帰ったと思っても、寮に行ってもラウロがいなければ不審に思うだろうし。
……とりあえず信じよう、とそう殊勝に思った半端、どたどたと上階で足音と怒声が響く。
「何があった」
ラウロの見張りをしていた男に、階段を下りてきた音とともに彼より若そうな声が響く。
「ガキが一人乗り込んできやして」
「ガキ? ひっ捉えたか」
「やったら抵抗しやがったが、とらえやした」
「ここに放りこんでおけ」
そんな会話の直後、巨躯の男と入れ替りにぺいっとラウロの隣りに放り投げられたのは。
「あ、ラウロ!」
体をよじって顔をあげ、ぱあっと輝かせて笑った彼は。
「なっ……にをしているんだこの馬鹿!!」
思いっきり身体をねじり、ラウロは両足が縛られたままの不自由な姿でリーヤに蹴りを叩き込んだ。
「ってーっ! なにすんだよ!」
「一人で乗り込んできてどうするつもりだったんだお前はっ!」
「ラウロ助けに」
「お前まで捕まってどうやって僕を助けるんだって……?」
あ、とその時初めて気付いたような顔をして、リーヤはばつが悪そうに笑った。
「失敗」
「…………」
蹴る気力もないと呟いて、それで、とラウロは尋ねた。
「連絡はしたんだろうな?」
「え?」
「……まさか、誰にもここに来ることを告げずに……」
こくりとリーヤは首肯した。
「……絶望的だ」
「ごめん」
漏らした言葉に即返答をもらって、ラウロはこれ以上怒る気も失せ、呆れた顔でリーヤをみやる。
「なんで一人で突っ込んだんだ」
「……大人の五人くらいなら平気かなーって」
「アホか」
自信過剰な態度が招いた罰だ。
「それに、ほっといたらラウロがあぶねーし」
「誰にも連絡入れなかったのか」
「ああ」
てことは、寮母が二人の不在を察するには夕食時まで時間がかかる。
拉致されたのは昼過ぎだったから、まあしばらく時間がかかるだろう。
その間に――まあどっかへ移される可能性は高い。
ラウロがいきなり消えたから心配したんだぜと、言い訳がましく言うと、睨みつけられる。
少々自信過剰で乗り込んだは事実だが、ほんとにここがねぐらの本星だとは思っていなかったのだから仕方ない。
「だって、普通民家の表に屈強な男が一人ずーっと立ってんだぞ!?」
「……わかりやすっ」
乗り込んで話を聞こうと思ったら、おっとびっくりこれが――……。
「しっかしまーどーなんかなー……」
「運がよければ今日中に出れる」
「運が悪ぃと?」
「売り飛ばされる」
「……そっかー……」
呟いてリーヤは壁に背をもたらせかけ、天井を仰ぐ。
思えば、あの時拾ってもらえて今日まで生きていたのが奇跡なわけで。
自分は死のうが売り飛ばされようがいいのかもしれないけど。
この友人はそうなるべきじゃなかったわけで。
「どーにか出る方法ねぇの?」
「あったらとっくに出てる」
「……歯でロープ噛み切るとかどーよ」
「やってみればいいだろう、一ヶ月はかかる」
ん〜と考え込んだリーヤに、ラウロの声がかけられた。
「――助けに来たことについては礼を言ってやる」
「あ? ああ、失敗したけど」
「だから、自分はどうでもいいと思うなこのスカタン」
「スかっ……ラウロ最近口悪くねぇ?」
誰のせいだと言われて、リーヤは笑う。
「出る方法……は、とりあえず足だか手だかを外させないとな。食事を持ってくるだろうからその時が勝――」
言いかけたラウロが止めたのは、人の入ってくる気配がしたからではなくて。
ドン
ガスン
ドシャン
ゲスッ
―――ギャああああああァ
「……俺は今悲鳴が聞こえた気がした」
「……聞こえたな」
―――ヒィィいいイイいい
―――助けてくれぇぇ
「救いを求める声も聞こえるな」
「な、何が起こってンだよ?」
どたどたどたっと階段を下りる足音がして。
バン、と二人の閉じ込められていた部屋の扉が蹴り破られる。
片手に灯りを持って、すたすたと入って来たのは。
「あ、テッド!」
「テッドさん」
蝋燭の明かりに照らされた、柔らかい茶の髪を持つ青年は、無言で二人の縄を切った。
人攫いの噂はグリンヒルから王都にまで届き、芳しくない捜査状況に焦れた王がとっとと精鋭を派遣したそうな。
もちろんデュナンの王っていったらセノの事で、精鋭というのは――
「ああ、ご苦労ジョウイ」
「後は販売ルートを潰すだけ……面倒だ、シグールに任せよう」
事後処理をしてきたジョウイがテッドの隣に腰を下ろす。
フットワークの軽いジョウイ&テッド二名に、セノが命令――ではなくたぶんお願い――をしたので、はるばるここにまで出向いてきたわけである。
「で、なんでお前ら二人とっ捕まってたんだ」
「僕がさらわれまして」
「俺が助けに」
ベシ
テッドのチョップがラウロ及びリーヤの脳天に決まり、いってーと二人彼が声を上げる。
「単独で突っ込むアホがどこにいる!」
「…………」
「ラウロもラウロだ、十四にもなってさらわれるな嘆かわしい!」
「…………」
「だいたい体お前らは二人とも」
「ま、まあまあテッド」
俯いた子供二名を思いやってか、ジョウイがやんわりテッドを制しする。
「……ジョウイ、じゃあお前が何か言いやがれ」
諦めたようなテッドに首肯して、ジョウイは子供二人に向き直る。
「外出する時は武器か紋章を持つように」
「違う!」
「いいじゃないか、どうせこれからもこんなことあるだろうし」
「……平穏な人生送るかもしれ……」
「それは僕らに関った時点でありえない」
きっぱりと言い切ったジョウイの方がなんだか正論を言っているように見えて、リーヤとラウロは頷いた。
「じゃあ紋章買ってくれよー」
「僕も購入しておきます」
「…………」
「テッド?」
「テッドさん?」
唸って頭を抱えたテッドは、しばらくして顔を上げて諦めた表情で言った。
「……買ってやる。何がいい」
「俺、火」
「僕は土で」
「……お前らの先行きが俺は不安だ」
合わせたら焦土だ。
***
「一度痛い目を見せておいた方がいい」という相方の言葉に捧げます。
……結局痛い目を見たのは人攫いだけのような気がするよ。
焦土、合体魔法。全体に1800のダメージ。……極悪。
リーヤ「そーいやぁ、あの悲鳴って?」
ラウロ「ああ、すごかったんですけど、なんですかあれ」
テッド「あ? ありゃ室内だからあんまり広くなくて弓が使いにくくて」
ジョウイ「敵だけはやたらと多いし、しかも一々相手してたら面倒で」
テッド「こう、「冥府」でさくっと」
ジョウイ「「どんよくなる友」でさくっと」
リーヤ「…………」
ラウロ「…………」
テッド「火の紋章は火事になったら困るしなー」
ジョウイ「雷だと一々面倒で」
テッド「土なんて土台が崩れたら面倒だし」
ジョウイ「風も家を壊したら証拠なくなるからね」
ラウロ「……冥福を祈ろう、リーヤ」
リーヤ「……おう」