<里帰り 下>





一応事態を理解――する心の準備を――して、ラウロは目の前でにこにこと笑っている人を見つめた。
ええと、名前は。

「なんでお前の育て親が海の英雄クロスにグラスランドの破壊者なんだ……?」
「拾われたから」
あっけからんと返すリーヤを睨んで、ラウロは溜息を吐く。

「なんで生きてるんですか」
「それは横に置いといて」
「おいておかないで下さい、二百歳なんて人じゃありません」
「……すげぇ、シグールと真っ向に向き合ってる」
「末恐ろしい十四歳だね」
「……何か含みがあるなルック」
「ああ、僕もこいつと会った時はそれくらいだったなあと」
「マジでか!?」

可愛いなあ、子供やっぱり好きだなあとラウロの髪をくしゃくしゃやりつつ微笑むシグールに、クロスが苦笑しつつ言う。
「シグールは子供「で」遊ぶのが好きなだけじゃないか」
「子供は遊ばれるものだよ」
「違います」
シグールへ真顔で突っ込んだラウロのような所業ができるのは、この世界にも片手で数えられるほどしかいないという事を知らないのが幸福なのか。
勇猛な少年ラウロは、ですから、と話を軌道へ戻す。
「なんで二百年とか三百年とか前の人たちが生きてるんですか!?」
「ラウロー、ンなこと一々気にしてたら、気にするだけで一年終わるぞ?」
「……それは」

そうかもしれない。
リーヤの言葉にラウロは逡巡する。

「とりあえずご飯にしようか?」
首傾げていった「海の英雄」に、ラウロはくらっとくるものを感じる。
これで英雄。
これが英雄。
……偶像が。

「そういえばラウロはシュウのファンなんだってねー」
「……は、はあ」
「よーし、じゃあ夕食の話題はシュウの悪行に決定だね」
「……あの人は」
「色々凄いよね」
「あ゛ー……」

苦い思い出を思い返して、しみじみと感慨にふける三人を手招きし、シグールは嬉しそうにラウロの背中を押す。
それにくっついて行くリーヤを見て、テッドは軽く溜息を吐いた。

「どうしたのテッド」
「いや、予想通りの展開というか」
少年の未来を久しく歪ませてしまったなあとか、そういう後悔はないらしい。
「全く、なんで普通の子なんて連れてきたのさ」
「……普通か、あれは?」
「いや、シュウの一件は置いといてさ」
「シグールに食ってかかれるって相当だぞ」
声をひそめるテッドに、小声でクロスが返す。
「そりゃまだシグールがお兄さんモードだからでしょ」
「……本性出したら頑張って止めてね」
「俺は五百歳になっても子守りですか」

項垂れたテッドはすたすたと歩いていってしまったクロスとルックを追いかけた。










「凄い!」
夕飯の席でシュウに悪行をつらつらと一番詳しいシグールに教えてもらい、ラウロは目を輝かせてそう言った。

「……これを聞いて凄いと言うか」
「逆にその精神の方が凄いよね」
「あはははははは」
「テッド……俺、なんだかラウロが遠い人に見えんだけど」
「安心しろ、お前の友人選びの目は正しい」
は? と思わず聞き返したリーヤを流して、テッドは食後のコーヒーをすする。
クロスとルックの間に座るリーヤは、ホットミルクを飲んでいた。

「ラウロ様、紅茶、コーヒー、ミルクなどありますが何にいたしましょう?」
やんわりと控えていた執事に声をかけられ、ラウロは思わず身を引いた。
「えっ……」
「じゃ酒」
「シグール様、申しわけありませんが、コーヒー、紅茶、ミルクのどれにいたしましょう?」
言ってみただけなのにと口を尖らせたシグールのかわりに、テッドがコーヒーにしておけと言う。
「んもーっ、いいじゃん一杯くらい」
「お前の場合一杯が一瓶になるからな」
「いいじゃん一瓶くらい?」
「言い換えりゃいいってもんじゃねーんだよ」

そんな掛け合い漫才を見ていたリーヤは、ここも変わらないと思いながら隣のクロスへ視線を向けた。
「そーいやーさー」
「ん?」
「なんで塔じゃねーの?」
「……今塔にレックナート様のお客さんが来ててねえ」
「なんでそれで追い出されんだよー?」

レックナートが家事は……あまり……できないというかしないのはリーヤでも知っている。
根本的に物臭なようで、当然掃除なんてしない。

「……来てる人が来てる人っていうか」
「なんでのこのこ来るんだろうねほんと」
「そもそもの因縁とか忘れてるんでしょ、お互い歳も歳だし」
適度に毒を吐いていた二人を「?」という顔で見ていたリーヤだったが、正面に座って聞きかじったテッドは頬を引きつらせる。
それって。

「テッド〜、いいよね〜一杯くらい食後に」
「……食後に一杯な」
「うん、一杯だけv」
隣から笑顔を向けられて、うやむやになった――否、うやむやにしておいた。










いつのまにか夕食が終わり、就寝時刻――……とクロスが勝手に言い切った。
隣り合うように並べられたベッドにもぐりこんで、照明を落としてラウロは隣にいるリーヤに、ずっと疑問だった事を問う。

「クロスさんとルックさんがお前を育てたんだよな?」
「そーだけど」
「あの二人って、別に血縁関係とか……あるわけないよな」
かたっぽ三百年以上前の人間だし。

「んなわけねーだろ」
「でも、一緒に住んでるんだろう?」
「……ああ」
しばしの沈黙の後、リーヤが暗闇で頷く気配がある。
同時に、かすかな溜息も。
「そうか、普通おかしいよな」
「おかしい」
断言されてリーヤは小さく唸った。
「んー……でもほら、あの二人恋人だから」

「……え?」


「え、恋人」

「いや、恋人?」


話が通じてないんじゃないかと互いに訝しむ事しばし。



「リーヤ、恋人っていうのは」
「知ってるっつーの」
「いや知らないだろ、恋人ってのは男女が」
「だから?」
「……男女だよ」
「男同士はダメなのか?」
「ダメだろ」
「友達は男同士でもいいんだろ?」
「当たり前だ! じゃなくて、違うんだよ!!」

はーはーぜーぜー。
怒鳴ったせいで咳き込んだラウロに、リーヤが「そーなのか?」と重ねて尋ねてくる。
なんでそんな根本的な常識がないんだと言ってやろうと思って、止めた。
……あの面子の中にいたら、当たり前の気がする。

「男同士って、普通……」
「恋人なんてありえないから、だいたい」
「だいたい?」
「……や、なんでもない」
どうやってするんだよ。
そう言いたかったが、相手が自分より三つばかり年下なのを思い出して止めておいた。
「でもあそこは恋人同士だと思うけど」
「だから!」
「……キスとかしてるぜ?」
「え゛!?」

「シグールとテッドも恋人だって言ってた」


「……ぇ゛」


…………。
寝よう。
もう寝ようホントに寝ようしっかり寝ようすぐさま寝よう、そして綺麗に忘れよう。
固く目を瞑ってそれっきりラウロの意識は途絶えた。















破天荒なメンバーにも慣れてきた数日後、いきなりルックが手を引っ張って。
……ああ、これが転移ってやつね。
慣れない内は確かに嫌だね、いきなり体がぐわっとなってふわっとなってどすっと到着。

「……え」

ここはどこですか。
そう聞く事も出来なかった。
だって、左右に並ぶ柱に、壁にかかれた紋章は。

「……ええと」
毎日手にする硬貨に刻んであるそれは。
つまり彼が今住んでいる場所の。

「ここって」
「やっほージョウイv」
「久しぶりだねテッドにクロスにルックにリーヤ……と、ラウロ君か」
「おいジョウイ、僕は無視か」
真っ先に手を振ったシグールを無視した金髪の青年は、にこりと目の笑っていない笑みを向ける。
「ああ、すみませんね見えませんでした」
「あははは、言うようになったねえ、ちょっと彼岸の向こうでも拝んでくる?」

わき
手袋をした右手を目の前にかざして微笑むシグール。
そういえば外しているのを見た事がないなとラウロは遠い目をして思う。

「はいジョウイ、ケーキ」
「ありがとう、セノも喜び」
「おひさしぶりですっ!」

タタタタタ
軽快な足音を立てて走ってきたその人は、ぺこりとお辞儀をしてから特にシグールに笑みを向けもう一度お久しぶりですシグールさんっ、と言った後、後ろに立っている青年の手の中にある物を見つけて目を輝かせた。
「ケーキ!」
「お茶の用意はさせておいたから、後で切って食べようね」
「うん! ……で、えーっと、ラウロ君?」

初めてまともに声をかけられ、ラウロは唖然としたまま自分とさほど背の変わらない相手を見る。
今までの会話から判断するに、金髪の青年がジョウイで、ケーキに目を輝かせたこの子供がセノ。

……亡国の皇王ジョウイに、デュナンの王セノ。

「セノって言うんだ、よろしくね」
「…………」
「……ラウロ?」
返答のない友人を不審に思ってリーヤが顔を覗き込む。
ラウロは、無表情で固まっていた。
「ここ、デュナンの、おう、きゅう」
「そうだよー?」
「あなたは、英雄の、王の」
「うん、まーね」
真面目に逐一答えるセノから視線を逸らし、ラウロの怒りなのか悲しみなのか驚きなのか……悲喜交々の冷たい視線は隣へ向いた。
「……リーヤ」

「俺かよ!」



 

 

 



***
里帰りはこれにて終了。
これを機にラウロの性格はたいそうひねくれた事でしょう、合掌。




 

 

 


<後日談>


平和を取り戻した塔の一室。



「クロス、リーヤから手紙」
「なんて?」

「…………
『あの休みからラウロが常識常識うるさい、テッドが何か吹き込みやがったみたいだ。
問い詰めたら「常識なしで世間渡れると思うな馬鹿者」とか冷たく言われる。
冷凍光線も強力になった。不機嫌なルック相手にしてるみたいで疲れる。
それにあんなに好きだったのにすっぱり歴史の授業やめちまった、変なの。
代わりに剣の授業取るんだって、何考えてるんだろうなぁアイツ。

そういえばそろそろ創設祭があるんだけど、一般客参加OKだって。去年は言い忘れた。
くるならシグールは絶対ダメ。
ルックもダメ、クロスもやだ、テッドにしろ』

……だって」


「創設祭かー……行きたいよねーるっくん?」
「別に」

そんな塔の別の部屋で。



「……ラウロですか、なかなか見所のある少年ですね、あのシグールに食ってかかれるとは……まあ若さゆえの何とやらといいますが……面白いことになりそうです」


とか呟くお方がいたとかいないとか。