<里帰り 上>





学問好きでも学者でも、知識欲旺盛でも。
所詮人の子。
というわけでかのグリンヒルとはいえ、学園を閉める時期は存在する。

まさか国境跨いで若干十一の子供を行き来させるわけにもいかず、迎えに来た彼は笑顔で手を振ってきた子の隣を見て目眩を覚える。

「テッド! ラウロも来るって」
「…………」
彼は言ったはずだった。
お前の素性は極力伏せろと。
当然長期休み中に友人を家に呼ぶのだって素性を明かす行動の一環だ!

「えっと……よろしくお願いします」
「…………」
真面目そうな顔でお辞儀をする少年を無言で見つめる。

ラウロ。
リーヤから送られる手紙に書いてある友人の名前。
成績優秀、冷静沈着、憧れてるのはデュナン初代宰相、シュウ。
その時点で「普通じゃない」と知り合い全員に断言された少年。
しかしこう見ればかなり普通の子供なんだが。

「テッドさん……ですよね」
無言で厳しい顔つきをしている青年におずおずとラウロは声をかける。
リーヤは「へーきへーき」と言っていたが、普通に考えていきなり家に押しかけるのは迷惑千番だ。
「あの、すみませんご迷惑なら無理は」
「いーって。だいたいテッドの許可じゃねーだろっ」
「……リーヤ」
「ん?」
「手紙に、一言したためろ」
疲れたような声で言って、男性はラウロへ笑みを向けた。
「俺はテッド、よろしくなラウロ」
「あ、はい」

まあいいか、どうせシュウに憧れるようじゃろくな大人にならないだろうし。
っつーかこの先リーヤに常識叩き込むなら、どういう境遇で育ったか知っててもいいよな。

そんな、真実を知るという事が一人の少年の未来を久しく歪ませる事を知っていながら、テッドは頷く。
「じゃあとりあえず行くか」
さりげなくリーヤとラウロの荷物を持ってくれたテッドを見て、いい人だなあとラウロが思いつつ、リーヤの後に続いて学園を出て行く。
これが自分の今後の人生観を徹底的に変える滞在になろうとは、全く予見せずに。





デュナン・トラン間の国境を抜ける旅は結構日にちがかかるとラウロは見積もっていたのだが、テッドは全く荷物を持っている様子がない。
「テッドさん」
「ん?」
「あのー……今夜はどこに泊まるんですか?」
彼らが今いる場所は普通に荒野で、どう見ても宿がありそうではない。
「ああ……まあ、もうちょっと」

そう彼が答えるが早いか、辺りがぱあっと明るい光に包まれる。
え? と反応するより早く、足元が揺らいで、視界が回って。
ええっ!?
そう心の中で叫んだ頃には、既に足元は再びしっかりと固まっていて。
……あれ?



「「……え?」」

子供二人が呆然と呟く。もちろん理由は異なるものだっただろうが。
反応の早かったのはリーヤの方で、テッドを見て首を傾げた。
「ここって」
「今、塔は使用不可だから」
二人ともこっちに来てる、と言われてリーヤは「そっかー?」と言う。
三人が見上げているのは巨大な屋敷。
巨大な屋敷。

「でかい……」
「お帰りなさいませテッド様」
中年の男性が歩み出て礼をする。
「ああ、客が一人増えたから部屋の用意を」
「同じ部屋でいい」
「かしこまりました」
リーヤの言葉に頷いて、彼は扉を開き中を示す。
「皆様お待ちです」

「テ、テッ」
ラウロがぎこちなく口を開こうとした時、「リーヤ!」と声が響いて三階窓からひらりと飛び降りてくる人影が。

三階から人影が。
飛び降りて。

「おかえりーv」
すんなり着地して何事もなかったかのように駆け寄ったその人は、満面の笑みを浮かべてリーヤをぎゅっと抱きしめる。
「寂しかったよー」
「……クロス」
「ん?」
「飛び降り……いや、ううん、いい」

あ、その子ひょっとしてラウロ君? と言ってクロスは視線を唖然としたままの彼へと向ける。
「僕、クロスね、よろしく」
「……あ、あの」
「いきなり飛び降りるからびっくりしてんだよ」
「えー? なんで?」
「……もう、いい」
俺って一年前こんなに非常識だったっけ。
過去の自分に思いを馳せるリーヤ十一歳。
横のテッドが頷いているから、たぶん今考えた事は当たっていたのだろう。
……読むな、人の心を。

「ラウロ、これがクロス」
「リーヤのお父さんでーす」
「違うだろ」
ぱかっといい音を立てて後ろからクロスにチョップをかましたテッドは、心底呆れた顔で言った。
「ほら、中入れ」
「……テッドさん、って」
「ん?」
「大貴族……?」
その言葉に困ったような顔をして、テッドは顔の前で手を振る。
「……いや、ここ、俺の家じゃないし」
「テッドはただの居候だよね」
「ヒモだろ?」
「……お前ら、似たもの親子って言葉知ってるか?」
口々に言ったクロスとリーヤを振り向いてそう言ったテッドに、真顔で二人は返す。
「「レックナート様とルック」」
「……ラウロ、とりあえず、入れ」

その客人への促しは、どう見ても現実逃避だった。





吹き抜けホールとかだだっ広い廊下とか迷いそうになるほどに案内された挙句、一行が辿り着いたのはとある一室だった。
ノックなしでクロスがドアを開けると、そこは白を基調にまとめられた清涼な雰囲気の漂う部屋で。
やや右手よりの椅子に座って、本を読んでいたその人は、ドアが開けられたのに反応して本を開いたまま振り返る。

日光が差し込み部屋を明るく照らす中、肩ほどの長さの髪が揺れて。
陶磁器のような肌に深い翠の目が、瞬いた。

「お帰り、リーヤ」
「……ん」
頷いたリーヤから視線をラウロへと移し、その美貌の女性は小首を傾げる。
「それ、誰?」
「あっ……えっ、あの」
「ラウロ君だって」
「ああ、リーヤの友達の」
「ラウロ君、彼はルック」

「えっ……彼?」
「…………」
一気に室内温度が氷点下にまで降下する。
冷やかな光を双眸に満たしたルックは、壮絶とすら言えるほどの表情で唇を僅かに吊り上げた。
「文句でも?」
「あっ、ちがっ、その……えーっと、綺麗な人だなあって」
「るっくん褒められたよ?」
「……嬉しくない」
不機嫌そうに呟いたが、気まずそうな顔で二人を見ているリーヤに、少し険を崩す。

が。


「いいじゃない、顔くらいしか取りえないんだし?」
また部屋が氷点下へ。
いや、そのさらに下へ。
とっさにテッドの脳裏によぎったフレーズ、「アルコール凍りそう」。

「し、ぐー、る」
「やあリーヤ。可愛いお客さんだね」
「……ラウロ、これがシグール」
「始めましてラウロ君。僕ここの主人のシグール=マクドールね」
にっこり笑顔で手を差し伸べて来た黒髪の少年に、やっと焦点を合わせてラウロはなんとか手を差し出す。
ぎゅっと握った彼は、自分より二つばかり年上の。
さほど離れていそうとは、思わず。

「シグール=マクドール……?」

何度も試験に書いた名前。
何度も本で読んだ名前。

「トランの建国の英雄のご子孫ですか……?」

「あ、本人」



さくっと告げられた言葉にラウロは視線を泳がせた。















すみません整理させてくださいっつーかこいリーヤ。
青ざめたラウロに引っ張って行かれたリーヤを見送って、シグールはところでさあと話を変える。
先ほど自分のせいで部屋が凍りついた事は、分かってるだろうが無視している。
「なんでクロスにルックがここにいるの?」
「塔が使用不可だから」
「使用不可って、雷でも落ちた?」

違うけど、とクロスは苦笑する。
それ以上何も言わない二人を「??」と言う顔で見ていたシグールだが、まあいいかと一人勝手に頷く。
興味を失ったらしい話題を継続させる事もないので、彼は別途の事を口にする。

「で、なんかばれちゃったみたいだけど」
「……いいよ、どーせ一緒に里帰りすればばれるのは、リーヤもわかってたと思うしね」
「子供一人くらい、わからせれば問題ないでしょ」
「わからせればな」
誰がするんだそんな事。
そう言おうと思って瞬時にああ俺かと弾き出せたテッドは黙っておいた。

じゃあいっそセノたちにも会わせる? とのシグールにやめとけと異口同音にツッコミが……飛ぶはずもない。
「んじゃ、暇な時期を聞いておく」
「お土産にケーキ焼こうかな〜」
他国の人間を堂々と王宮に入れていいのか?
……この面子相手では愚問の一言で片づけられるだろう。


丁度そこにリーヤが戻ってきた。
「ラウロ君は?」
「いるけど」
入って来いよと言われ、ついには腕を引っ張られ、室内に入ってきたラウロは視線をどこか彷徨わせたまま口を開く。
「トランの建国の英雄、シグール=マクドール。グラスランドの戦いの破壊者一行リーダー。群島諸国での英雄クロス」
順々にそう言っても、三人に否定の表情が現れないので、ラウロは何かを堪えるように米神に手をやる。
「なんで……」
「なんでだろうねえ」
「なんでだろうなあ」
「…………」
「なんで生きてるんですかーっ!?」

「「え、そこ!?」」

五人に一斉に驚かれ、ラウロははらはらと涙を流れるに任せた。

 

 

 


***
よく考えればそこに驚くべきですよね、紋章の事にはあまし触れてないだろうし。
そう考えると最初に知った時のリーヤの反応もおかしい。(さすがあの二人の子だ

美しいルックが好きです(逃