<能ある鷹は爪隠せ?>
ばたばたせわしなくはしゃぎ回っているわけではないが、なんとなく浮き足立っている学園の変化を感じ取ったのか、リーヤは正面で本を読んでいる友人に問う。
「なーぁラウロ」
「……なんだ」
「なんかちがわねー?」
「ああ……そろそろ武術大会だからだろ」
武術大会とは年に二回開催される学園内の大会で、魔法、剣、格闘、などなどのジャンルに分かれて競い合う、一種の運動会のようなものである。
無論、その専門の講義に積極的に参加している生徒は有利になるが、純粋にかけっこという可愛らしい競技はない。
「そろそろエントリー申し込み期間のはずだけどな」
「どんなのがあんだよ?」
「全部門男女混合。魔法、剣、格闘武器ありと武器なし、それにまあ華は総合だな」
「総合? 全部ありってこと?」
「そう、全部あり」
ふーんと幾度か頷いていたリーヤは、ふっとその顔を上げると小首を傾げて聞いてきた。
「ラウロはでねーの?」
「出ない」
一応魔法はできないわけでもないが、ラウロは自分は全く向いていない事を分かっていた。
向いていないというか、嫌いだ。
どっちかというと後ろで指揮を……の方が性に合っている気がする。
「それに肉弾戦系列はどうしても年上の方が有利……って出るつもりかリーヤ」
「商品ねーの?」
「……各部門優勝者はメダルと名誉を。総合優勝者にはメダルと学食半年タダ券」
「タダ!」
目を輝かせた友人を見て、ラウロは首を横に振った。
「止めとけ、総合部門は本気でなんでもありなんだ。目潰し仕込み武器に事前の飲み物に薬入れる奴だって」
どこまでやっても命に別状がない限り、「それも作戦」で片づけるグリンヒル精神もどうかと思わないでもない人はまずここにこない。
……のかどうかは不明だが、少なくともラウロは「それも作戦」タイプだった。
「実戦に近いってことだろー?」
「リーヤ、お前たしか武術系の講義何も取って……」
なかったような。
「取るつもりだったんだけどテッドが一緒に覗いて、絶対取るなって言ってさー……」
そうぼやいたリーヤは、でも半年タダ券はいいよなとにかっと笑う。
「…………」
しばらく一緒に……というかお互いつるむ相手がいないので自然とそうなる……いて、ラウロがリーヤについて知りえた数少ない事柄は大きく二分される。
一つ、かなり非常識な環境で非常識な人間に育てられたという事。
おかげでリーヤの価値観がものすごい事になっていて、骨董品の値段を聞いても顔色変えずに扱う……割にはケチ。
目上の尊敬云々の前に、いっそ見下している感も否めないくらいのでかい態度。
二つ、本人もいたって非常識という事。
おそらくここの学園の教師だからこそ読めるのであって、一介の知識人では歯がたたなそうな文献を楽々読み飛ばし、どっから仕入れたのか不明な知識も多々。
魔力もそこそこ高いらしく、魔法の講座を取らない事を教師が著しく残念がっていた。
とりあえず頭がいいので、よくも悪くも注目される。
可愛らしい性格だったりご機嫌取りに回れるような性格であればともかく、ラウロのように冷淡で子供らしくなかったり、リーヤのようにお世辞の一つも言えないと、子供の環からはじき出される。
「下手に注目されるとまた……」
入学早々、かなり激しいいじめの洗礼を受けた事を言外に指摘すると、ふてぶてしい顔でリーヤはのたまった。
「有象無象の評価なんてどうでもいいね」
「……意味わかって言ってるだろうなそれ」
「まああれはあれで楽しーし?」
「頭の上からチョークの粉やら教科書が泥沼の中やら、歩いていたら足引っ掛けられたり泥団子投げつけられるのがか」
淡々としたトーンで冷静に責められ、しかしリーヤは堪える様子もなく飄々とした態度で応じる。
「いーじゃねーの、殺されるわけでもなし。じゃあ俺「総合」参加すっから」
「やめとけって」
「半年タダ券〜」
「……あのな」
カンカーン
ゴングが鳴り響き、試合が始まった。
「ほんっとーに出るのか」
「もち」
きゅっと髪を縛りなおして、リーヤは笑う。
その手には紋章がつけられていた。学校のほうで任意につけてくれるものだ。
「待ってろよーただ券」
「……よくもまあ……」
出場が決まったその瞬間から、かなり凄まじい嫌がらせがきたのだが。
「対戦相手、リーヤ!」
「へーい」
総合部門は華と呼ばれるだけあって、観客の数が半端ではない。
中央に設けられた闘技場にてリーヤを待っていたのは、背の高い年上の男子。
隆々とした筋肉に、手に持つのは木製の剣。
これならば相当な力で叩きつけても、骨が折れる程度で済みそうだ。
「……なんだ」
てっきり真剣勝負かと思っていたリーヤは気抜けした表情になった。
「武器は」
審判を兼ねる教師に問われ、中央に山と積まれてある武器の山から双剣を引っ張り出す。
……ナルホド、この武器は競技中にとっかえてもいいわけだ。
「では、はじめっ!」
総合部門は本当になんでもありである。
格闘、武器、魔法、とにかく全てを駆使して相手を倒す事が目的だ。
闘技場外に出なければ自分は何をやってもいいが、当然相手も同じだという事を忘れてはならない。
「へっ、負け面見せてもらおうか!」
自分より頭二つはありそうな相手に思い切り打ち込まれても、リーヤは動じた様子なくひらりとかわすと背後へ回る。
剣を使わずあえて蹴りを背に叩き込み、一気に間合いをとる。
思わぬ反撃を食らって唖然としている相手の無防備な背中目がけて、柄を前にして思い切り剣をぶん投げた。
がごん
いい音がして相手は床に沈む。
「……勝者、リーヤ」
湧き上がったブーイングに、リーヤは顔色一つ変えずたんっと闘技場から下り立つ。
「酷いな」
「敵に背を向けるのが悪ぃ」
息一つ乱さずそう言いきったリーヤは、薄笑いを浮かべてラウロを見上げた。
「回避能力だけはあるからな、俺」
この言葉は絶対嘘だとラウロが確信するのに昼を待つ必要はなかった。
次の対戦相手はさっくりと懐から滑り込んで一発でしとめたリーヤだったが、さらにその次の相手を見てああと呟く。
相手の手には紋章、トーナメント戦なのでそろそろレベルが上がってきた。
「対戦相手、リーヤ」
呼ばれてリーヤは闘技場の上に乗る。
ここを勝てば、上位十六人に入ったりする。
……つまり、あと五回勝てばこんにちわタダ券だ。
「……まったく、こんな餓鬼相手に何苦戦してるんだろうね」
そう言ってびゅんと手にした杖を振った女生徒は、その薄い色素の髪を揺らして、深い青い目でリーヤを見る。
「覚悟しなよ餓鬼」
「……似てる……」
肩ほどの髪の毛も、整った顔立ちもその声も物言いも。
「うっわー……」
やはり自分の養い親其の一は男性というよりは女性だと、深くリーヤは感じ入った。
「っつーかやりにっくー……」
まあ目の前の彼女は、当然あの人よりはるかに弱いだろうし。
なんせ、かの人の一撃はそりゃあもう痛い。
魔法使いの癖に、後援の癖に、っていうか防御力自分よりなさそうなのに。
魔法の威力も、絶対的に向こうのが高いのだから。
「……んじゃ」
呟いて剣を構えた。
むこうが魔法を使おうとするその僅かな隙をついて横に飛び、武器の山の中から弓を引っ掴んで横っ飛びに飛び退りつつ、教わった通りの構えで弓を引く。
びいん
木製のひじりが真直ぐに的確に飛び、彼女の服を貫く。
「っ!?」
驚いて動作を止めた次の瞬間、死角に回ったリーヤが双剣でもってきつく足を打つ。
「!!」
痛みに堪えきれず、しかし果敢に杖で防御し、さらに攻撃までかけてきた彼女は既に次の魔法の準備に入っていた。
それを見て取ったリーヤは、すぐに間合いを取ると、自身の右手を差し出して言う。
「火炎の矢」
伸び上がった火が相手へ向かって飛びかかり、悲鳴をあげた彼女はへたり込む。
「――勝者、リーヤ!」
にっと笑ったリーヤが降りてきて、ラウロの横に並ぶ。
「ほんとうに、魔法使えたんだな」
「次は昼の後かー」
「だいたいお前、あの身のこなしはそう簡単に」
「ラウロ、喉渇いたんだけど」
「リーヤ、お前一体……」
「飲み物ー」
「……わかった」
無料提供の飲み物を持って戻ってくると、リーヤが数名の男子生徒に囲まれていた。
「何をしているんだ」
「おーや、ラウロ様のご登場だ」
「優等生様はこんなところで何をしていらっしゃるんで?」
口々にはやしたて、笑う彼らを睨みつけるに留まったラウロだったが、リーヤはけっと吐き捨てる。
「なに、集団でよってたかんのがはやりなわけ? それとも午後の分のウォーミングアップに付き合ってくれんの、さっきの準備運動にもなんなかったんだけどー」
あれでかよ。
思わず内心突っ込んだラウロはともかく、男子生徒は頭に血を上らせる。
それが、リーヤの目的であったのに。
「んだとこらぁ」
唸ってリーヤの襟に手をかければ、軽々とその身体は持ち上がる。
見かけよりずっと軽いリーヤに、生徒達の口に笑みが浮かぶ。
「やっだねー、でかいだけの能なしって」
これみよがしに言って、リーヤは詠唱を始める。
その魔法にラウロはその場にいた誰よりも早く気付いて、青ざめた。
「燃え上がる壁」
「総合部門優勝――……」
「…………」
「…………」
「タダ券……」
「まだほざくか」
冷たい目でリーヤを見下ろし、ラウロは溜息を吐いた。
リーヤの放った魔法は彼の周囲にいた者全員に遠慮なく襲いかかり、ちょっかい出してきた者は全員倒れたものの。
……それ以外の無関係者も右に同じくで。
ラウロはかろうじて踏みとどまったが、かなりの大騒ぎになってしまった。
もちろんそんな騒ぎを起こしたリーヤは参加資格を剥奪された。
かろうじてラウロの証言により、それ以上の罰を与えられるのを逃れたが。
当のリーヤは総合部門優勝者決定まで部屋にて教師の説教を受けていた。
それなのになんでこう、彼の眼には反省の色がないのだろうか。
「リーヤ、他人を巻き込むな」
「なんで」
「……なんで?」
こいつの保護者に会いたい。
会ってなんでこんな教育ができたのか知りたい。
……もしこれと同類だったらどうしよう。
「あーあ、はりきって損したぜ、っとに」
っつまんねーのとぼやきながらリーヤは盛り上がる群集に背を向ける。
「リーヤ? どこへ」
「医務室」
「……ああ」
謝りに行くのか。
そうか、言えば分かるじゃないか。
「いいことだ」
「だろ? 皆そろって頭カラッポだったみてーだから、俺とラウロに二度と手ぇだすなーって言っておかねーと」
「……違う!!」
怒鳴ったラウロの声が聞こえなかったのか、既にリーヤの姿はそこになく。
「……」
毒づいてラウロはリーヤの後を追わんと足に力を入れた。
***
リーヤはアレな人とアレな人に育てられ、アレな人に遊んでもらい、アレな人とアレな人がかろうじて常識らしきものを刷り込もうとするも、
アレな人に伝記と棍で遊ばれるので、こんな感じになりました。
だんだんラウロが毒されています。